第405話 『 百花繚乱 』
――跳べ!
……俺は考えるよりも先に地面を蹴っていた。
空 龍 の 呼 吸
――駆ッッッッッッッッッッ……! 俺は神速で、ドロシーの下へ飛び出した。
〝白絵〟がドロシーの肩に触れて一秒後。俺はドロシーの腰に腕を回していた。
「ドロシーにッッッ……!」
――ぐいッッッ……! 俺はそのままドロシーを引き寄せ、抱き抱え、神速で離脱する。
「手ェ出すんじゃねェッッッ……!」
僅か一瞬で俺は〝白絵〟からドロシーを奪取することに成功した。
「――♪ 腕を上げたね。ただ速いだけならともかく、ドロシーに負担が掛からないよう運ぶのは至難の技だよ」
そうだ。この僅か一瞬の間、俺は周辺の空気を支配し、ドロシーに風圧が掛からないようにしていた。
「〝黒土〟の〝黒檻〟からも出られたみたいだし、順調に成長していて僕も嬉しいよ」
「……」
〝白絵〟は以前会ったときと変わらない、飄々とした雰囲気で語り掛ける。
「世間話をしに来たんじゃねェんだろ、さっさと用件を言いな」
「……用件?」
〝白絵〟は笑みを崩さず、言葉を紡ぐ。
「僕はただ、お前の後ろにいるドロシーを殺しに来ただけだよ」
「……っ!」
……ドロシーを殺す?
「……させると思うかよ」
「……」
俺は半歩前に出て、〝白絵〟に刃を向ける。
「……………………くくくっ」
――〝白絵〟が笑った。
「……何がおかしい」
〝白絵〟は依然と笑い続ける。
「何がおかしいっ!」
「いや、すまない。あまりに滑稽過ぎてね」
「……っ」
……嫌な予感がした。
「ドロシーを殺させない、か。悪いけど」
俺は不意に後ろを向く。
「 手遅れだよ 」
「――っ!」
……俺は目に映る光景に絶望した。
「……?」
……桜色の花弁が舞う。
「……ドロ……シー」
……それは元はドロシーの手であったものだ。
「――〝百花繚乱〟……触れたものを花弁に変える魔術だよ」
……花弁に……変える?
「――タツタ、くん」
――ドロシーの左脚が花弁となり、ドロシーは堪らず、倒れる。
「ドロシー……!」
俺は倒れるドロシーを抱き抱えた。
「……」
嘘 だ 。
(――また守れなかったのか?)
嘘 だ 。
(……クリスの次はカノン、カノンの次はドロシー。俺はまた仲間を守れなかったのか?)
嘘 だ 。
(俺は死んでも仲間を守るんじゃなかったのかよ……!)
――バイバイ、タツタさん
……クリスに守ってもらった。
――幸せな時間をありがとう
……カノンを救えなかった。
――ドロシー=ローレンスは空上龍太のことが大好きでした……!
……こんなを俺を大好きだって言ってくれた。
嘘 だ 。
……こんなのってねェよ。
……救いがなさ過ぎるだろ。
どうして、俺の大切なものはいつも簡単に手から溢れ落ちてしまうのだ。
「……やめろ……行かないでくれ」
俺は情けなく懇願する。しかし、ドロシーの崩壊は止まらない。
「死んじゃ駄目だ、頼むから消えないでくれ」
……止まらない。
……確実にドロシーは破壊されていく。
「……約束したんだ……フレイに仲間を守るって……約束したんだ……〝LOKI〟に……ドロシーを絶対に守り通すって……」
「……」
……結局、俺は口だけなのか?
「……約束したんだっ……約束したんだよっ」
「……」
……俺は口約束一つ守れない、そんな情けない男なのかよ。
「――泣かないでください、タツタくん」
……ドロシーの残った腕が俺の頬に触れた。
「……ドロシー」
その手は温かくて、優しくて、死に際とは思えない程に瑞々しく生きていた。
「……少しだけお話を……最期にお話をしませんか」
……最期。ドロシーの口から出たその言葉に、俺は静かに覚悟を決めた。




