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 第398話 『 たった一人だけの 』



 ……イクサスの街に特大の銃声が響き渡った。


 「……」

 「……」


 ――ガシャンッ……。〝黒朧〟が地面に落ちた。


 「……どうして?」


 アークは戸惑い、わたしに問い質す。


 「どうして、あたしを撃たなかったの?」


 「……」


 わたしは〝黒朧〟をアークに撃たなかった。


 「……当たり前じゃん」


 アークの問いにわたしは笑って返す。


 「だって、わたし……」


 〝黒朧〟の反動で全ての魔力を消費したわたしは、静かに崩れ落ちる。


 「……アークのお姉ちゃん、だもん」


 わたしはその場で倒れた。

 魔力も、体力も、精神力も使い果たしたわたしの身体は限界に達していた。


 「お姉ちゃんっ」


 閉ざされた瞼、真っ暗な世界でアークの声が響き渡る。


 「お姉ちゃん……!」


 ……何か返事をしよう。そう思うも、意識は落ち、わたしは眠りについた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……」


 ……掌に温もりを感じた。


 「……」


 ……枕のようなものが頭の下にあり、わたしを再び眠りへと誘う。


 「……起きたの、お姉ちゃん」


 ……アークの声がする。わたしは重い瞼を静かに開く。


 「……アー……ク」



 ……わたしはアークの膝の上に頭を乗せていて、その手はアークの掌に握られていた。



 「……わたし、どうなったんだっけ?」


 記憶がぼんやりとしていた。

 アークと命懸けの戦いをして、最後〝黒朧〟を空撃ちしたわたしは、魔力と体力を失い気を失った。

 その後のことはよく覚えていない。


 「――いッ」


 少し腕に力を入れたら激痛が走った。それに肋骨も折れているせいか横腹も痛かった。

 そう、わたしとアークは間違いなくこの場所で死闘を繰り広げていたのだ。


 「動かない方がいいよ。右腕と肋骨が折れてるし、頭も強く打っていたからね」

 「……そうする」


 怪我をしていることを置いても、アークの膝枕は心地好くて、ずっと横になっていられた。


 「……お姉ちゃん」

 「どうかしたの?」


 アークがわたしに話し掛けてくる。


 「……」

 「……?」


 しかし、すぐに言葉の続きを口にすることなく、暫しの間、閉口して沈黙してしまう。


 「……えっと、その」

 「……」


 わたしは焦らずに待つ。この程度の我慢などアークと離れ離れになった四年間に比べれば可愛いものであった。


 「……ごめんなさい」


 ……アークは頭を垂れて、そう言った。


 「……沢山傷つけたよね……沢山酷いこと言ったよね……だから、ごめんなさいっ」

 「……アーク」


 ――涙


 ……アークは泣いていた。その滴は自由落下に身を委ね、わたしの頬へ降り注ぐ。


挿絵(By みてみん)


 「〝魔人〟になってからずっと辛かったけど、だからって誰かを傷つけていい理由にならないのに、あたしはずっと誰かに八つ当たりをしていたの」


 アークは人を殺した。


 悪人も、

 善人も、


 多くの人を殺した。

 それは決して許されざる罪であった。


 「何人も殺したし、世界でたった一人のお姉ちゃんすらも殺そうとした最低な奴なんだよ」


 アークの小さな肩が罪の重さに震えた。


 「だから、あたし。お姉ちゃんになら殺されてもよかったんだ。こんな汚れたあたしがのうのうと生きていていい筈がなかったからね」

 「……」


 ……だから、アークは笑ったのだ。


 〝黒朧〟の銃口を向けられ、死の間際を前にしていたのにも拘わらず、アークが笑っていたのにはそういった意図があったのだ。


 「〝白絵〟様はあたしの命の恩人だから、その力になりたかった。だけど、同時に誰かがあたしを殺してくれることも願っていたんだ」


 だから、アークはわたしとギリギリの死闘を繰り広げていたのだ。

 〝白絵〟から与えられた使命を果たす為、助けてくれた恩義を応える為に……。


 「あたしは〝魔人〟で〝黒魔女〟で、死を望まれることはあっても生きていてもいい理由なんて一つもないから」


 アークはずっと苦しんでいたのだ。罪の意識に苛まれていたのだ。


 「……だから、お姉ちゃんに最期のお願いがあるの」


 ――お願い


 「その銃口をあたしの心臓に当てて、そして――……」


 アークが自身の胸元に手を添える。



 「 どうか、あたしを殺してください 」



 ……それがアークの願いであった。


 「……」


 「……お願い、お姉ちゃん」


 「……」


 アークの目はとても真剣で、恐れはあれど迷いなんて一ミリも見当たらなかった。


 (……ずっと苦しんでいたんだね)


 そうでなければ「殺してくれ」だなんて、とても口にすることはできないであろう。


 (……アークは〝魔人〟だ)


 〝魔人〟は人に殺される。

 〝魔人〟は人を殺す。

 〝魔人〟は救われない。



 ……皆、逃れようもなく。



 今まで多くの〝魔人〟を殺してきた。


 ルクスベル姉妹


 〝人魚姫〟


 研究所の〝魔人〟


 (……それなのにアークだけ特別扱いだなんて)



 許 さ れ る の か ?



 「……」


 ――わたしは無言で左腕を挙げる。


 「……アークの気持ち、ちゃんと伝わったよ」



 ――しかし、すぐにその腕を降ろした。



 「――だけど、殺さない」


 ……それがわたしの答えであった。


 「……………………どうして」


 アークが綺麗な顔を悲しみに歪ませる。


 「あたしはお姉ちゃんを沢山傷つけたっ、沢山の人を殺してきたっ、そんなあたしが許されていい理由なんて無いでしょっ……!」


 アークが苦しげに吼える。

 無理もない。泣いて、苦しんで、身を引き裂かれる思いで死を受け入れたのに、それを否定されてしまったのだ。

 辛くない筈はない。失望したに違いない。

 それでも、わたしはアークを殺さない。


 「お姉ちゃんだって、今まで何人もの〝魔人〟を殺してきたんでしょっ、なら、あたしを殺せるでしょっ、あたしだけを特別扱いしないでよっ……!」


 「 アークはわたしにとって特別だから 」


 ……アークは世界でたった一人だけの姉妹だ。


 「だから、誰に何と言われたって、それは間違っているって言われたって、わたしはアークを特別扱いしてやる……!」


 特別だった。


 大切だった。


 「アークは絶対に殺さない! わたしはアークのお姉ちゃんで、アークはわたしのたった一人だけの妹だから! だから!」


 わたしは一度降ろした左腕をアークの胸元へ差し伸べる。



 「 仲直りしよう! 」



 ……ずっと言いたかった言葉。


 ……四年間の旅の目的。


 ……それを今、伝えることができた。


 「……………………仲直り?」

 「うん!」


 戸惑うアークと一歩も退かないわたし。わたしは差し伸べた腕を降ろさない。


 「アークの罪も、アークの悲しみも、一緒に背負うから! これから楽しいことや幸せを一緒に探すから! きっとできるよ、だって!」


 ありふれた言葉。だけど、故に覆ることのない真実。



 「 姉妹だから! 」



 「――」


 ……伝えた。


 ……吐き出した。


 ……想いの丈を全部。


 「……………………いいのかな、生きても」


 「生きてもいいよ、お姉ちゃんが保証してあげる」


 「…………笑ってもいいのかな」


 「笑うなって言う奴がいたら、お姉ちゃんがぶん殴ってやる」


 「……お姉ちゃん、仲直りしてくれる?」


 「喜んで」



 ――アークがわたしの差し伸べた手を握った。



 「今まで酷いことして、ごめんなさいっ、お姉ちゃん! 大好きっ、世界で一番大好きだよ!」


 「うん、わたしも大好きだよ」


 四年間。


 長い長い旅の果て。



 ……わたしとアークの長い姉妹喧嘩は終わりを告げたのであった。


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