第395話 『 歪神 』
――魔力が消えた?
……ハッタリ、ではなかった。
「……あんた、何をしたの?」
「〝精霊王〟になった♪」
「意味不明だよ」
しかし、冗談ではないようであった。
あたしは右手をギルドに突きだす。
光 の 射 手
「……」
……発動しない。発動する兆候すら見られなかった。
(――精霊……王?)
そのとき、頭の中のピースが埋まる。
(〝精霊王〟の能力は領域内の魔術・〝特異能力〟の完全封殺。ギルドが言う通り〝精霊王〟になったと言うならばその能力を発動したということ?)
よく見ればギルドの雰囲気は以前と僅かに違っていた。
「ほら、使えないでしょ」
ギルドが愉しげに笑う。
「試しに〝無幻格牢〟でも使ってみたら?」
「……」
あたしは無言で〝無幻格牢〟を発動する――しかし、やはり〝特異能力〟は発動しなかった。
「これはただの速撃ち勝負。アークが先に〝無幻格牢〟を発動すればわたしは〝精霊生転〟を発動できない」
つい先程まではあたしが圧倒的に優勢であった。それは〝無幻格牢〟を発動していたからだ。
「だけど、わたしが先に〝精霊生転〟を発動すれば、アークは〝無幻格牢〟を発動できない」
しかし、今は完全に状況が逆転していた。それは、ギルドに〝精霊生転〟の発動を許してしまったからだ。
「あんたのミスは二つ。集中力を切らして〝無幻格牢〟を解除してしまったこととわたしに〝精霊生転〟を発動させてしまったこと……どっちも慢心が生んだ結果だよ」
「……っ」
クソッ、腹立たしい。
我が姉ながらなんてムカつく女だ。
(……ムカつくけど、ギルドが言っていることは正しい)
〝無幻格牢〟を発動した時点であたしは勝利を確信し、慢心していた。
ギルドはその慢心を見抜き、体術であたしの集中力を崩し、〝無幻格牢〟を突破したのだ。
(この〝無幻格牢〟は〝魔将十絵〟最強の〝額〟ですら破れなかったのに、まさか破られるなんて……)
どうやら、目の前に立つ女は想像していたよりも遥かにやり手のようである。
「 まっ、わたしも魔術使えないんだけどね☆ 」
「……」
……ギルドはテヘペロっとお茶目に笑った。
「……何でよ」
「だって、今のわたしはギルド=ペトロギヌスじゃなくて〝精霊王〟だから、使える魔術が一つも無いんだよねー」
「そうじゃない……!」
「……?」
ギルドが白々しく小首を傾げる。そんなリアクションに尚更、腹が立った。
「……舐めてんの? 何でわざわざ自分の弱点バラしてんのよ!」
確かに現状ではあたしの方が不利であった。しかし、敵に塩を贈られて腹が立たない筈がなかった。
「だって、どうせすぐバレるだろうし。あんたにどや顔で推理されるのが嫌だったからね……これじゃあ、理由にならないかな?」
憤るあたしとは裏腹に、ギルドは飄々としていた。
「だけど、イラついて冷静さを失っているあんたを見たら、少しは効果あったのかもね」
「……っ」
……どうやら、あたしはギルドの掌の上で踊らせれているようであった。
(……落ち着け、あたし。あいつのペースに乗せられるな)
冷静沈着
頭脳明晰
大胆不敵
……ギルド=ペトロギヌスは並ではなかった。
(……ほんっと、ムカつく)
大嫌い
憎い
(……ムカつく)
それなのに――……。
魔術は天才的
白兵戦闘も隙がない
頭も切れる
簡単に動じることのない精神力
……誉め言葉しか出てこなかった。
(……大嫌いだったのに……殺したいほど憎かったのに……何でよ)
腹立たしいことにあたしはあいつを尊敬し始めていた。
――……せよ。
しかし、脳裏にはある言葉が響き渡る。
否 定 せ よ 。
……それこそがあたしの意志であった。
ギルドの言葉
ギルドの強さ
ギルドの存在
「 否定してやる……! 」
否定しなければ崩れてしまう。
今までのあたしの人生も、〝黒魔女〟として生きたあたしの時間も、全て否定されてしまう。
(……そんなこと耐えられないよ)
今までどれだけの命を奪った?
今までどれだけの罪を背負った?
(今更、平穏な生活なんて戻れる筈がないんだ)
だから、拒絶してやる。ギルドが差し伸べた手を何度だって振り払ってやる。
あたしにはそれだけの力がある。
「 〝究極変体〟 」
あたしの身体に肉の鞭が絡み付いた。
(……良かった。肉体操作はまだ使えた)
全身の骨格が歪み、赤黒い肉の塊となる。
「……アーク」
「あんたに見せてあげる」
しかし、それはやがてヒトの形となる。
「これがあたしの答え。そして――……」
――だが、やはりヒトではない。
目が無い。
両腕には巨大な刃、背中には巨大な翼が生えている。
臀部には悪魔のような尾が伸びる。
「 あんたを殺す化物の姿だよ 」
歪 神
――〝歪神〟
……それは〝白絵〟様があたしにくれた、この姿の名前であった。




