第31話 『 東の大賢者 』
「〝KOSMOS〟……!?」
……わたしは目の前に立つ二人の男に驚愕した。
「……おや? 僕たちのことを知っているんだね」
〝しゃち〟と名乗る糸目で軽薄そうな優男が笑った。
「……」
〝おにぐも〟と名乗る寡黙で大柄な男が無言で頷いた。
……まずい、どっちもわたしより遥かに格上だ。
逃げるにしたって、レイくんとリンちゃんを残して逃げるわけにはいかないし、二人を庇いながら逃げるのは至難の技だ。
まさに、絶体絶命といえよう。
「……あれ?」
そういえば、この二人は何の目的でわたしたちの前に現れたんだろう?
「覚悟はいいかい?」
〝しゃち〟の声でわたしは思考を切り上げた。今は目の前の相手に集中しなければならないのだ。
「 ニア=クラシエ 」
……その言葉はわたしの後ろに立つ、双子の母親に投げ掛けられた。
「……ニア……クラシエ?」
わたしはその名前を聞いたことがあった。というより、この世界の住人であれば大抵の人が一度は耳にしたことがあるだろう。
何故ならば、ニア=クラシエ。その肩書きは――……。
――東の大賢者。
……だからだ。
魔王、〝白絵〟を除く、最も偉大な魔導師が四人いるのだ。
北の大賢者――クルツェ=シファー。
南の大賢者――ヴァン=シエルスタン。
西の大賢者――ベル=リーン。
東の大賢者――ニア=クラシエ。
……この四人は全大陸の中でも抜きん出た実力であり、人は彼らのことを〝四大賢者〟と呼び、崇拝していたのだ。
「知らないわ、そんな名前」
しかし、双子の母親はその名を否定した。
……ボッ、双子の母親の魔力がじわじわと吹き出した。
「ニア=クラシエはもういない。今、ここにいるのは」
魔力が上がる……!
「 ニア=アクアライン 」
上がる……!
「 レイとリンの母親よ! 」
――ズァッッッッッッッッッッッッッッッッ……!
……魔力が爆発した。
「……凄い」
それしか言えなかった。
それ以外にこの目の前の魔力を表現する言葉が思いつかなかった。
(……強い)
これが東の大賢者。
これが旧名、ニア=クラシエ。
……圧倒的に強い!
「それで盗賊風情がわたしに何の用かしら?」
圧倒的に魔力と威圧感を発しながらニアさんが〝KOSMOS〟の二人に問い質した。
「欲しいものがあるんだ」
しかし、〝しゃち〟は至って平静にその質問に答える。
「あんたが長年書き溜めた禁術の魔導書――それを戴きに来たよ」
「……」
〝しゃち〟が笑い、〝おにぐも〟も無言で頷いた。。
ニアさんもニアさんだが、〝KOSMOS〟も〝KOSMOS〟だ。
……まるで次元が違う。ここはわたしが立っていい舞台じゃない。
「断ると言ったら?」
「愚問だね。僕らは盗賊、欲しいものは力ずくで」
蹂 躙 す る 水 壁
「 奪い取る♪ 」
……影が差す。
……轟音が響き渡る。
……迫り来るそれは高い高い――津波だ。
「……あり……えない」
……規格外の規模。
……規格外の威力。
こんなの一人の魔導師がやる魔術じゃない。
「 そこの貴女 」
……ニアさんが呼んだ。わたしのことだ。
「名前、何て言うの?」
「……えっと、ギルドです」
「ふーん、じゃあギルドさん」
ニアさんがわたしの方を見た。
「 息子と娘を頼んだ 」
そして、すぐに津波と向き合った。
「わたしはちょっくら」
……ニアさんが笑う。
「 遊んでくるわ 」
……笑う。
凍 界
……信じられない。
わたしは目の前の光景が信じられなかった。
……だって、そうでしょ。
〝しゃち〟が発動したあの巨大な大津波――〝蹂躙する水壁〟が……。
――全て氷結し、静止していた。
「 買ったはその喧嘩 」
……ニアさんが氷結した大津波を触れた。
「 んで 」
――パリイィィィィィィィィィィンッッッ……! 氷結した大津波が粉々に砕け散った。
「 即行でぶっ飛ばして、格の違いを教えてやる……! 」
……氷の結晶が降り注ぐ中、ニアさんが宣戦布告した。
「 ふーん、やってみれば 」
……そんなニアさんに〝しゃち〟が不敵に笑った。