第350話 『 男の戦い 』
「 ああっ、おかえりッ! 」
……「ただいま」と言った僕にタツタくんがそう返した。
「……」
僕は周りを見渡す。
荒れ果てた大地と傷だらけな皆がいた。
僕は全部覚えていた。
(……全部、僕がやったんだ)
化け物にされて正気じゃなかったとはいえ、皆を傷つけるなんて許されることではなかった。
「……ごめん」
僕は静かに謝った。
「傷つけて、殺そうとして……今更、謝ったって遅いかもしれないけど、本当にごめんなさい」
「……」
謝る僕にタツタくんが笑う。
――軽く小突かれた。
「あんま気にすんなよ、それに俺だってちょっと前にお前らに迷惑をかけただろ」
「……」
タツタくんは恐らく〝水由〟との戦いで、暴走したときの話をしているのであろう。
「迷惑をかけたり、傷つけたり、色々あるかもしんねェけどさ、仲間ってのはそういうことを許してやることも大事だと思うんだ」
「……でも」
「でももヘチマもねェよ。俺はそういうじめじめした空気が嫌いなんだよ」
強引なタツタくんの理論によって、僕の謝罪は流されてしまった。
「……そうだね。もう、卑屈になるのはやめるよ」
「それで良し!」
タツタくんがニカッと笑った。それだけで僕は許されたような気がした。
「……」
「……くはっ」
僕らは無言で互いの顔を見て、思わず笑ってしまった。
「カノンはこれからどうするんだ?」
タツタくんが訊ねてきた。
「僕はもう復讐はやめるよ。〝噛み千切る者〟も抜ける……それでもし皆が良ければ」
僕はタツタくんと皆の方を見た。
「もう一度仲間に入れてくれないかな」
復讐をやめたとはいえ、今まで散々迷惑を掛けたのだ、断られる覚悟はあった。
「 当たり前だろ! 」
――タツタくんが即答した。
「わたしも賛成です♪」
「私もカノンくんと一緒に旅をしたいです」
ギルドさんとドロシーさんも頷いた。
「にしても、だ。復讐をやめるなんて一体どういう風の吹き回しだよ」
「……そうだった。まだ、タツタくんには話してなかったね」
それから僕は、〝白絵〟に記憶操作をされていたこと、家族も赤の他人であったことを話した。
「……なるほどな。お前の事情はわかったよ」
タツタくんは腕を組んでうんうんと頷いた。
「それじゃあ、改めてよろしくな――カノン!」
「うん……!」
僕とタツタくんは握手を交わした。
――つぅ……。僕の鼻から鼻血が出た。
「……えっ?」
……ぶつけた記憶はないけど、あれだけ激しい戦いをすれば鼻血ぐらい出てもおかしくなかった。
「……ごめん、別に何でもないよ」
僕は鼻血を拭い、目を見開いた。
……腕の皮が、ぽろぽろと崩れたのだ。
「……何だよ、これ?」
訳がわからなかった。それは本当に突然のことで僕の理解が追いつかなかった。
「カノン、大丈夫か?」
タツタくんが怪訝そうに顔を覗かせる。
……しかし、身体の破壊は止まらなかった。
「ギルド! 治してくれ!」
「はいっ!」
タツタくんに呼ばれ、ギルドさんがすぐに駆け寄ってきた。
祝 福 の 鐘
――ギルドさんが治癒魔法を発動した。
(……ギルドさんは一流の回復術師だ。ギルドさんならきっと治せる筈だ)
――さらっ……。しかし、ギルドさんが治癒魔法を使っているのにも拘わらず、僕の身体は砂のように崩れていった。
「タツタさん、駄目です! 治癒魔法では止まりません!」
ギルドが涙目で叫んだ。
「何だよ、これ!」
僕は悲痛な叫びを漏らした。
――ニヤリ
……一瞬、一瞬だけ笑う〝白絵〟の姿が脳裏を過った。
「……まさか、〝白絵〟?」
僕の中に疑惑の念が膨らんだ。
「お前は本当にどれだけ人の命を踏みにじれば気が済むんだ」
これはあくまで憶測である。
〝白絵〟は恐らく、〝white‐canvas〟を三重に仕込んでいたのだ。
一つ目は強制怪物化。
二つ目は暴走。
そして、三つ目。
「……暴走解除後の肉体破壊」
……そして、それは他者からの妨害を自動で受け付けない命令式が組み込まれていた。
(……あいつ! やっと仲直りできたってのに!
)
僕は悔しさに奥歯を噛み締めた。それでも僕の破壊を止めることはできなかった。
(……どうする! どうすれば止められる!)
考える。考えて、考えてまくった。しかし、答えなんて出る筈もなかった。
「カノン!」
タツタくんが僕の名前を呼ぶ。それには励ましの意図や何か案はないのかと糾弾するものであった。
「……」
僕は一度、瞼を閉じて、深呼吸をした。
「……………………ごめん、タツタくん」
……そして、静かに笑った。
――カノンが死ぬ。
……そんな言葉が脳裏を過った。
「……ごめん、て何だよ」
俺はカノンに言葉の真意を問い質した。
「……何で、お前が謝るんだよ」
俺はカノンの死を認めたくなくて、悪足掻きをした。
「これからT.タツタ皆で旅ができるのに諦めんなよ」
「……ごめん」
カノンが再三となる謝辞を述べる。
――嘘だ。
俺は目の前の現実を否定する。
――カノンが死んじゃうなんて嘘だ。
しかし、目の前のカノンはゆっくりではあるが確実に崩壊していった。
(……クリスを失ったばかりなのに、お前までいなくなるのかよ)
残酷。そう現実は残酷で容赦を知らなかった。
「死ぬな、カノン! 諦めんなよ!」
「無理だよ」
俺の言葉をカノンは静かに否定した。
「僕の身体だからわかるんだ。カノン=スカーレットはそう長くない未来に死ぬ」
「……そんなのって」
――ゴンッッッッッッッ……! 俺は苛立ちを地面にぶつけた。
「……そんなのって、ねェだろっ」
泣いても喚いても、カノンの破壊は止まらない。
「……」
どうすれば止められる。
どうすればカノンは生きられる。
(……駄目だ! 何も思いつかねェ!)
俺は指をくわえて見ていることしかできないのか!
……何か。
……何でもいい。今、俺ができることはなんなんだよ。
「……」
……俺に、できることは?
「……………………」
……できること。
「……………………カノン」
―― 一つだけあった。
「……お前、まだ戦えるか?」
「……」
カノンは救えない。
どうやったって救えない。
「銃を抜け、カノン=スカーレット」
だから、決着をつけるのだ。
「そして、今から俺と――……」
……空上龍太とカノン=スカーレットの全てを!
「 戦え 」
自分でも馬鹿だと思う。
だけど、他に思いつかなかったのだ。
俺とカノンは好敵手だ。
そんな、好敵手との因縁の終わりは一つしかないと思った。
それが戦うこと、己の全てをぶつけて戦うことであった。
「――いいよ、喜んで」
……そして、空上龍太とカノン=スカーレット。二人の最期の戦いが始まった。




