第349話 『 暗闇の中で……。 』
……僕は深い闇の中にいた。
「……」
その暗闇の中で、僕は一人膝を抱えて泣いていた。
「……ごめんよ、〝糸氏〟、本当にごめんよ」
僕は今まで殺してしまった人間に謝っていた。
……僕はずっと〝白絵〟を殺すことばかり考えていたんだ。
だけど、それは行きすぎた感情だと気づいてしまったんだ。
〝白絵〟が殺した家族は本当は僕の家族なんかじゃなくて、ただ僕を拾って育ててくれた善良な一家であった。
確かに、スカーレット家には五年間無償で育ててくれた恩義があったし、〝白絵〟の記憶操作に関わらず大切な人達であることには変わりなかった。
だから、〝白絵〟が憎いことは変わらない。心底、ぶん殴ってやりたいと思う。
――でも、殺すほどではないと思ってしまった。
……ましてや、彼に関わる人間を殺してまで復讐しようだなんて間違っていると思った。
僕は殺したいと思っていたし、それを邪魔する人間を殺したりもしたけど、本当は、本当は――……。
「 人を殺しなんてしたくなかったんだ 」
……それが僕の本音だ。
誰かを恨むこと、誰かに恨まれること、誰かを傷つけること、誰かに傷つけられること……全部嫌だったんだ。
でも、もう何もかもが遅かった。
……僕は自分の意思で人を殺した。
……正気じゃなかったとはいえ、関係のない人も殺した。
……そして、今も大切な仲間を傷つけてしまった。
「……僕は悪だ」
それ以外の何者でもなかった。
僕は間違えてしかいない。それも、やり直しようのないことばかりであった。
殺した命は蘇らない……そんなこと、子供でもわかることであった。
「 お前はいつでも泣いているね 」
――声が聴こえた。
「……誰?」
この暗闇の中で僕以外の人間と初めて会った。
「本当につまらない人間だ」
――白
それはくすみのない純白の長髪であった。
「〝白絵〟っ!」
「二時間振りだね、カノン」
……まさか、僕の精神世界にまで顔を出すとは思いもよらなかった。
「……図々しい人だね、人の許可もなくこんな所に足を運ぶなんて」
「僕が何処に行こうがお前ごときに咎められる筋合いはないよ」
「……」
……口の減らない奴である。そういうところが昔から気に入らなかったのだ。
「……悪いけど一人にしてくれないかな、今は誰かと話す気分じゃないんだけど」
――だけど、殺したいとは思えなかった。
……嫌いだし、憎くて仕方がなかったけど、僕の中に〝白絵〟を殺したいという感情はなかった。
「ふーん、本当につまらない人間になり下がったね」
〝白絵〟が溜め息を吐いて、僕の前へと歩み寄る。
「もう一回記憶を改竄しても良かったんだけど、やっぱりする必要はなかったようだ」
〝白絵〟は一瞬だけ失望の眼差しを向けたが、すぐにいつもの飄々とした雰囲気に戻る。
「 こんな腑抜け、今更タツタの相手にはならないだろうしね 」
――〝白絵〟はそう言って、呆然と立ち尽くす僕の横をすり抜けていった。
「だけど、一つだけ勉強にはなったよ」
〝白絵〟は歌うように言葉を紡ぐ。
「復讐心は人を強くする――だけど、そこまでだ」
僕は興味もないのに〝白絵〟の言葉に耳を傾けていた。
「過去に囚われたままじゃ前へは進めない。前を見て歩んだ者にこそ未来はある」
これが〝白絵〟のカリスマ。圧倒的な強さ故のカリスマであった。
「お前はタツタにも僕にも届かない。一生惨めったらしく地面を這って生きていけばいいさ」
……それだけ言って〝白絵〟は僕の中から消えた。
「……………………わかってるよ」
……〝白絵〟は勝手に来て、好き勝手言って、勝手に帰っていってしまった。
「全部、わかってるさ。お前なんかに言われなくたって」
――僕は弱い。
……力も無い。貫き通す信念も強い心も無い。だからすぐに揺らぎ、折れてしまう。
たった一つあった〝白絵〟を殺すという信念も簡単に折れてしまった。
(……僕は半端者だ)
最早、僕は何の為に生きているのかわからなかった。
僕が生きてもいい理由は何処にあるのだろう? 僕に生きていて欲しいと思う人はいるのだろうか?
――カノン!
そんなことを考えるとT.タツタの皆の顔が脳裏を過った。
僕が生きてもいい理由も、僕に生きていて欲しいと思う人達もそこにいた。
「 だけど、手離したんだろっ……! 」
……僕は独り吼えた。感情が高まるあまりに不意に大きな声を出してしまった。
「確かに、タツタくんに出ていけと言われたから僕は出ていった。だけど、僕が復讐を諦めればずっと一緒にいられたんだっ」
……絆の鎖を断ち切ったのタツタくんだ。だけど、断ち切った鎖を手離したのは僕自身であった。
「今更、仲間にしてくれなんて言える訳、ないじゃないかっ」
本当はまたあの場所に戻りたかった。
タツタくんがいて、ギルドさんがいて、フレイちゃんやクリスちゃんがいて、ドロシーさんやユウくんがいるT.タツタに帰りたかった。
だけど、もう手遅れだった。
もう、僕は化け物になってしまった。
償い切れない罪を犯してしまった。
「 ……………………もう、死ぬしかないのかな 」
……僕は考えてはいけないことを考えてしまう。
それは沼。一度深みにはまったら最後、後は沈むしかなかった。
(……もう、どうでもいいや)
僕の足が暗闇に呑まれてしまう。
(……考えることも疲れちゃったよ)
沈む。
沈む。
沼の底へと沈んでいく。
(……生きることも……戦うことにも疲れたよ)
気づけば、僕の身体のほとんどが沼の中に沈んでいた。
ありがとう、T.タツタの皆。
ごめんなさい、奪ってしまった命よ。
「ああ、さようなら。この世の全てよ」
……沈む、沼の底へ。
「ああ、ありがとうっ、ごめんなさいっ、さようならっ……!」
僕は暗闇に手を伸ばす。
「 さようなら、クソッたれな人生 」
――どぷんっ……。僕の身体は完全に沼の中へと沈んでしまった。
(……誰でもいい)
……どうか、僕を殺してください。
――ガシッッッッッ……! 何者かが沼に手を突っ込み、僕の腕を掴んだ。
「 バーカ、勝手に死んでんじゃねェよ 」
「――ッ!」
……この声。
……空上タツタの声だ!
――グンッ……! 僕は手を引かれ、身体ごと引っ張られる。
「やめろッ! 僕を引き上げるなッ!」
僕は咄嗟に怒鳴った。
「もう、僕は死にたいんだッ! もう、僕のことは放っておいてくれッ!」
「 できねェよ 」
……やめろ!
……やめてく
――バシャンッッッッッ……! 僕は無理矢理沼の底から引き上げられた。
「 お前は俺の友達だ 」
タツタくんの手は力強かった。熱くて、固くて、生命力に満ち溢れていた。
「そんな友達が泣いてんだ! 放っておける訳ねェだろッ……!」
……馬鹿だ。
……筋金入りの馬鹿だ。
「……勝手なことをっ」
「ああっ、勝手だよッ!」
タツタくんが吼えた。
「俺はカノンに生きていて欲しいんだよ! また、一緒に旅がしたい! 海に行きたい! 花火だって見たい! そうだよ、これは俺の我儘だ!」
タツタくんの言葉は飾り気のない純粋な感情で、だからこそ一言一言が胸に響いた。
「生きていく理由が無いなら俺の我儘に付き合ってくれ! お前が辛いなら俺が支えてやる!」
……僕は悪だ。
……沢山の罪を犯した。
「お前は俺の一番の友達だ……!」
……そんな僕でも生きてもいいのかな?
「だから、生きることを諦めないでくれよ……!」
……生きても、いいのかな?
「カノン=スカーレットッ……!」
――つぅ……。涙がこぼれ落ちた。
「……………………たい」
これは僕の我儘だ。
だけど、そんな我儘がもし許されるのなら。
……許されるのなら?
「 僕は生きたいっ……! 」
……それは僕の我儘であり、そして、心の底からの本音であった。
……………………。
…………。
……。
「 カノンッ! 」
……声は僕の真上から聴こえた。
「……」
僕は重い瞼を開いた。そこには――……。
「カノンッ!」
……心配そうに僕を見つめるタツタくんの顔があった。
「……」
僕はキョロキョロと周りを見渡した。
荒れ果てた大地に森の奥から差し込む朝日。
タツタくんと同様に、心配そうにこちらを見つめるギルドさんやドロシーさん。
「……あっ」
僕は現状を理解し、小さく口を開いた。
「 ただいま 」
……何故か、そんな間抜けな言葉が第一声で出てきた。




