第343話 『 狂獣咆哮 』
――クリスの死より一時間前。
……風の谷、北部。
「俺の勝ちだ――〝おろち〟」
……夜凪夕は〝さそり〟と〝おろち〟に勝利した。
〝さそり〟は氷付けとなり、〝おろち〟は血塗れで地に平伏していた。
(……残り時間四十秒、まずまずだね)
〝八咫烏〟の能力発動限界は一分。この戦いでは二十秒、充分節約できたと言えよう。
「……まだだ」
……そう、戦いはまだ終わっていなかった。
「まだ、手は残しているよね――〝おろち〟」
……〝おろち〟はまだ死んではいなかった。
「……」
「狸寝入りは無駄だよ、お互いに初対面って訳でもないでしょ」
俺は地面に横たわる〝おろち〟に話し掛け続けた。
「――〝脱皮〟、だっけ? まだ使ってないでしょ」
「……」
――ゆらり……、と〝おろち〟が立ち上がった。
「……ああ、痛いなぁ」
〝おろち〟は虚ろな瞳で僕を見つめる。
「痛くて、痛すぎてェ」
――ガッッッ……! 〝おろち〟が頭に指を引っ掻けた。
「 生 れ う
変わ
ま ちゃ 」
――バリバリィ……! 〝おろち〟は皮を剥ぎ、その中から無傷の〝おろち〟が出てきた。
「……キモいね、それ」
「あー、頭も身体もスッキリしちゃうねェ」
〝おろち〟はユラユラと身体を揺らしながら、辺りを見渡した。
「寒いねー」
〝おろち〟は皮と共に脱いだ血塗れの服を着衣して、再び俺と対峙した。
「準備はいいかい、今度は殺すよ」
「あははー、恐いねェ」
俺の挑発に〝おろち〟は呑気に笑った。
「そっかー、僕を殺すんだー」
「うん」
俺は〝刃〟を構えて即答するを
〝おろち〟は元仲間だけど、放っておけば俺の仲間が危険に晒される――だから、殺さないといけないんだ。
無論、元仲間を殺すことに一切の抵抗がない訳ではない。しかし、それ以上に今の仲間を失う方が恐かった。
(……それに何だか胸騒ぎがするしね)
……〝おろち〟を放置してはならない。
何だかそんな気がした。
「だから、殺す」
「うん、りょーかい♪」
〝おろち〟は無邪気に笑った。
「 じゃっ、逃げよー♪ 」
――〝おろち〟は俺に背中を向けて駆け出した。
「――」
「バイハーイ♪」
〝おろち〟は逃げる、俺には目もくれず深い森を駆け抜ける。
「――て、逃がすかよ!」
――俺は逃げる〝おろち〟の背中を追い掛けた。
〝おろち〟に恨みはないがあいつは危険すぎた。
(この森にはフレイがいるんだぞ! 〝おろち〟を放っておけばフレイの命が危ない!)
だから、捕まえる。だから殺さなければならないんだ。
――俺は〝刃〟の切っ先を〝おろち〟の背中へ向けた。
「〝幻影九麗〟、弐の型」
……貫け。
伸
――ドッッッッッッッッッッ……! 神速の突きが〝おろち〟へ放たれる。
凄まじい速さで伸びる刃が木々を貫き、〝おろち〟の背中を狙う。
――ズンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 巨大な何かが俺と〝おろち〟の間に落下した。
「――なっ」
……何だ、これ?
〝おろち〟へ放った〝伸〟は落下した〝何か〟に遮られ、奴へ届くことはなかった。
「何だ、何だよ、これっ」
……それは異形の〝何か〟であった。
――ブンッッッッッッッ……! 〝何か〟の何かが空を切る。
「――っ」
俺は反射的に〝刃〟でガードした。
――が
……俺の身体が吹っ飛んだ。
(――重い)
俺は咄嗟にガードしたものの、そのあまりの斥力に堪えきれず、宙へ吹っ飛ばされた。
俺は吹っ飛ばされるも、空中で回転して、着地――靴の踵を削りながらも静止する。
(……速くて重い――強敵だね)
俺は改めて異形の〝何か〟へと視線を転じた。
――怪物
……哺乳類でも爬虫類でも魚類でも甲殻類でもない異形の生物。まさに、怪物と形容する他なかった。
『 オッ 』
――怪物がこちらを向いた。
「――」
――俺は咄嗟に跳躍した。
……風が吹く。
……この葉が舞う。
――怪物の巨体が俺の足下を抜けた。
「――速っ」
……見てから動いたら間に合わない。それ程の速力であった。
この怪物――並みではない!
「だったら俺も本気だそうか
――閃ッッッッッッッ……! こちらを向いた怪物の口が激しく発光した。
「マジで」
終 焉 の 光
――破壊の光線が俺へと放たれた。
その光線の威力は凄まじく、遮る物を全て薙ぎ倒しながら迫り来る。
「――ッ」
俺は光線をかわすように跳ぶ。
光線が俺のつい先程までいた場所を通過する。
「あっぶねー」
……まさに紙一重であった。
――閃ッッッッッッッッッッッッ……! 目映い光が俺を呑み込んだ。
(……まさか連射
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 破壊の光線が俺の周囲一帯ごと呑み尽くした。
あ、
「危なかったー」
……俺は咄嗟に〝八咫烏〟を発動し、〝朧〟で透過して、光線を回避することに成功した。
(……にしても、あの威力を連射できるなんてね)
油断していたとはいえかなり危なかった。
(……けど)
――34
「おっと、解除解除」
俺は急いで〝八咫烏〟を解除した。
(……発動限界まで残り三四秒。節約には気を付けないとね)
最早、〝おろち〟を追い掛ける余裕もなかった。
「倒す……それとも逃げる?」
正直、目の前の怪物の扱いに困っていた。
(戦う必要も倒す必要もない。けど、向こうには明確な殺意がある)
普通に考えれば、逃げに徹して姿を眩ます方がいいだろう。
「……逃げ、ね」
俺はチラッと怪物の方を見た。
『 オッ オッ お ッ オッオッ オーッ ォォ お オッ オッ オッ 』
……怪物は興奮した猿のように涎を滴らせ、八つある眼光は妖しげに発光していた。
「逃がしてくれるかねー」
速さもパワーも射程も未知数な相手に確かなことなんて何一つなかった。
逃げ切れるかわからない上に、放っておいても危険な相手――逃げる訳にはいかないだろう。
……じゃあ
……どうする?
「……殺す、か」
――トンッ……。俺は側頭部を軽く叩いた。
同時。巨大な閃光が目と鼻先まで迫る。
「 〝八咫烏〟 」
――どぷんっ……! 俺の身体が地面に沈み込んだ。
「 〝蛇〟 」
(――残り時間)
俺は地面を影となり泳ぐ。
――33秒ッッッッッッッッッ……!
……そして、俺と怪物の戦いが始まった。




