第342話 『 地を這う者 』
「 目を覚ましたか、空上龍太 」
……目を覚ますとそこには嘗て、刃を交えた男が倒木に腰掛けていた。
「……〝むかで〟」
「久しいな、空上龍太」
俺は現状をすぐに理解できていなかった。
俺の周りは更地となっており、至るところに霜が張っていた。
「……何があったんだ」
いや、それよりも――……。
――つぅ……。俺の頬から涙が滑り落ちた。
「……俺……何で泣いてんだ?」
……俺は泣いていた。
(……そうだ、確かクリスが夢の中に出てきて。それで、それで)
――バイバイ、タツタさん
「……クリスは?」
……夢の中で別れを告げたクリス、現実世界ではどうなのであろう。
「クリスはどこにいるんだ?」
俺は辺りを見渡して、銀髪の少女の姿を捜した。
「 俺が殺した 」
――〝むかで〟が静かに呟いた。
「――はっ?」
俺は反射的に〝むかで〟の方を向いて、睨み付けた。
「 〝クリスティア〟は楪に捕食され、既に死んでいる 」
「――」
……クリスが死んだ?
……〝むかで〟に殺されて?
「……………………ふっ」
……クリスが殺された。
……コイツに殺された。
「ざけんなよ、てめェッッッ……!」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッ……! 俺は〝むかで〟の頬に拳骨を叩き込んだ。
〝むかで〟は物も言わず、地面を転がった。
「何で! 何でだよ!」
……しかし、俺の怒りは収まらなかった。
「何でてめェなんかにクリスを殺されないといけねェんだよッ……!」
俺は倒れた〝むかで〟の胸ぐらを掴み、再び拳を打ち込んだ。
「クリスは俺達の大切な仲間なんだよっ!」
殴る。
「まだ幼くて、小さな女の子なんだよっ!」
殴る。殴る。殴る。
「優しくて、誰かの為に命を懸けられる立派な奴なんだよっ」
殴る。殴る。
「こんな情けない俺を好きだと言ってくれたんだ」
殴る。
「……愛してる、て言ってくれたんだ」
殴
「……ちくしょう……何でだよ」
俺は力無く項垂れた。
「……クリス……クリスッ」
……〝むかで〟を殴ったって変わらない。
……クリスが蘇ることなんてない。
(……そんなことはわかってるよ)
だけど、この怒りを、不甲斐なさをどこへ吐き出せばいいのかわからなかった。
「 満足したか? 」
――〝むかで〟が無機質な声で話し掛ける。
「……満足……する訳、ねェだろ」
俺は拳を振り上げた。
「……」
……しかし、すぐに拳を降ろした。
「…………何でお前はやり返さないんだ」
「……」
……そう〝むかで〟程の実力者がやられっぱなしな筈がなかった。
それなのに〝むかで〟からの反撃の気配がなかった。
「 その必要が無いからだ 」
……それが〝むかで〟の回答であった。
「今の貴様の腑抜けた拳などかわすに価しない」
〝むかで〟は俺を押し退け立ち上がる。
俺は大して力を入れられていないにも拘わらず腰を付いてしまう。
「たかが仲間が一人死んだくらいで立ち止まるような輩に用はない――すぐにでも失せろ」
「……わかったようなこと、言ってんじゃねェぞっ」
俺はすぐに立ち上がり、〝むかで〟の胸ぐらを掴んだ。
「クリスはなっ……!」
「 〝クリスティア〟は強かったぞ 」
――〝むかで〟の言葉に俺の身体は固まった。
「奴は命を懸けて貴様の命を守った。己の命を投げ出してでも貴様の生を選んだのだ」
「……」
……〝むかで〟の言葉に俺の頭の熱が退いた。
「それなのに当の貴様は癇癪に身を委せ、己の不甲斐なさを他人にぶちまけるだけ……これでは死んだ彼女も浮かばれないな」
「……………………わかってるよ」
……俺は胸ぐらを掴む腕を力無く降ろした。
「喚いたって仕方ないって、お前を殴ったって仕方ないって……でも」
……それでも
「クリスは俺にとって大きな存在だったんだよ。死んだから吹っ切れましょうなんてできるような奴じゃないんだよ」
……クリスの死を割り切ること等できなかった。
「……そうか」
〝むかで〟は俺に背を向けて、歩き出した。
「 だが、俺は歩み続けるぞ 」
〝むかで〟は同情する訳でも、叱咤するでもなく、ただ背中を見せた。
「貴様が立ち止まろうが関係ない。仲間が幾ら死のうが関係ない。例え、手足をもがれようとも、地面を這ってでも俺は前へ進む」
……淋しげな背中。だが、同時にとてつもなく力強かった。
「楪を救う――俺の人生にそれ以上もそれ以下もない」
〝むかで〟は茂みに横たわる〝精霊王〟を両腕で抱える。
よく見ると〝精霊王〟は苦しそうに呻いていた。
昔、ギルドが教えてくれた〝捕食の準備〟をしていなかったせいなのかもしれないと思った。
「……だから、クリスを殺したのか」
「そうだ」
俺は遠退く〝むかで〟の姿を追い掛けなかった。
「許せとは言わぬ。正当化等するつもりはない。俺は俺の目的の為に彼女を殺した」
……今の〝むかで〟は遠すぎた。
「だから、俺に復讐したければ好きにすればいい。貴様にはその権利がある――だが」
……強さも
……覚悟も
「彼女がそれを望むとは思えないがな」
……俺と〝むかで〟では格が違いすぎた。
「……行けよ、〝むかで〟」
「言われなくともそのつもりだ」
俺は地面に腰を下ろし、〝むかで〟の背中を見送った。
「だが、いつか必ずてめェに追い付いてやる……! てめェを越える男になって、俺は俺の目的を叶えてやる……!」
……これは誓いだ。〝むかで〟に対してではない。自分自身とクリスに対してだ。
「そのときになったら全力でてめェをぶん殴ってやる! 覚悟しやがれ……!」
「ああ、楽しみに待っているよ」
……〝むかで〟はそれだけ言って姿を消した。
「……」
一人になった俺は空を見上げた。
空は僅かに明るくなり、もう一時間もしない内に日が登るであろう。
「……クリス、ありがとな」
俺はここにはいないクリスに感謝の気持ちを告げた。
「お前が守ってくれた命、大事にするから」
俺は立ち上がり、瞼を閉じる。
――タツタさん
……クリスとの思い出が蘇る。
クリスとの出逢い。
〝むかで〟との死闘。
初めて海で遊んだこと。
泳ぎを教えたこと。
〝水由〟との死闘。
一緒に回ったお祭り。
船や海辺での喧嘩。
そして、最期の別れ。
――つぅ……。涙がこぼれ落ちた。
「……天国があるならそこから見ていてくれよ」
俺は再び瞼を開き、空を見上げた。
「俺は前に進むから、お前が守ってくれた命は無駄にしないから」
……俺は涙を拭った。もう、涙は止まっていた。
「 ありがとう、クリス 」
……今まで一緒に戦ってくれて、
……今まで側にいてくれて、
「ありがとうっ」
……お疲れ様。
……さようなら。
「 ありがとう……! 」
空は群青に染まる。
気づけば、辺りの霜が溶けている。
……そして、俺はクリスに別れを告げた。




