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 第341話 『 氷華、散る 』



 ――タツタさん



 ……声が聴こえた。


 俺は真っ白な世界にいた。


 (……確か、俺は〝額〟に負けたんだっけ)


 ……思い出せるのはここまで、それから俺はずっとこの白い世界にいた。


 「てか、クリスか」

 「うん、そだよ」


 ……何故かクリスが白い世界にいた。


 「何でお前がここに?」

 「愛の力、かな?」

 「……ふざけているのか」


 相変わらずなクリスに俺は頭を抱える。


 「それでその愛の力とやらで何しに来たんだよ」


 俺は珍しくクリスの話に乗ってやった。


 「お話をしに来たんだ」

 「……何だ、そりゃ」

 「いいじゃん、暇でしょ」

 「まあ、いいけど」


 ……暇なのは確かであった。


 「やったー。それじゃあ、思い出話をしよう」

 「思い出話?」


 ……相変わらずの訳のわからなさである。


 「うん、タツタさんとわたしの思い出話♪」

 「まあ、いいけど」


 そんな訳で、俺とクリスは記憶を辿った。


 「初めて会ったときのことを覚えてる?」

 「まあな、確か封印を解いて、お前が落ちてきたんだっけ?」

 「そして、キスしたんだよ」

 「……そっ、そうだっけ?」

 「あっ、タツタさん照れてる?」

 「照れてねェし!」


 今思えばあの頃からクリスには振り回されてばっかりであった。


 「また、キスしてあげようか?」

 「しねーよ、バカ」

 「ふふっ、また照れてる」

 「……」


 ……十歳近く年の離れている少女に振り回されてる俺は情けないのかもしれない。


 「その後は、〝むかで〟にリベンジマッチを挑んだんだっけな」

 「うん、〝むかで〟さん、凄く強かったね」


 あれから一度も会ってはいないが、次戦ったら生きて帰れる保証はない……そのぐらい〝むかで〟は圧倒的に強かった。


 「もう二度と戦いたくねーよ、あいつとはな」

 「そだねー、ほんとに」


 クリスの返事はやけに棒読みであった。


 「でもさ、タツタさんだって負けてないと思うよ」

 「よせよ、自分の実力ぐらい弁えているつもりだぜ」

 「ほんとなのにー」


 頬をぷくぅと膨らませるクリスがリスみたいで可愛かった。


 「それから海にも行ったか」

 「うん、泳ぐのは苦手だけど楽しかった」


 俺達皆で初めて行った海水浴である。


 (……女子組の水着姿が眼福だったなぁ)


 「 鼻の下、伸びてる 」


 ……クリスに即行指摘された。


 「伸びてねーよ」

 「絶対、皆の水着姿を想像してたでしょ」

 「してねーよ」


 ……嘘です。バリバリ想像してました。


 「でも、水着以外にも泳いだり、ビラッグ (ビーチフラッグ)したり、楽しかったな」

 「うん! 凄く楽しかった!」


 クリスも同じ気持ちなのか楽しそうに頷いた。


 「それからパールの都では――……って、乱闘しかしてないな」

 「……だったね」


 ……グレゴリウスや八雲と戦って、ギルドも妹のアークと喧嘩をしたらしいし、あまりいい思い出ではなかった。


 「パールの都から出た後は滝壺で水遊びしたっけな」

 「うん、そこでタツタさんに泳ぎ方を教えてもらったんだ」

 「……………………そうだっけ?」

 「わっ、忘れたの?」

 「ウソウソ、覚えているよ」


 クリスがまたも頬をぷくぅと膨らませて不満を訴える。


 「タツタさんのいじわる」

 「ははっ、たまには仕返ししたっていいだろ」


 ……十歳近く歳の離れている少女と同じ土俵で戦っている俺って。


 「その日、ドロシーの誕生会をして次の日にドロシーがいなくなって、ドタバタした一日だったな」

 「ドロシーさんと〝LOKI〟さんを連れ戻す戦いだったよね」

 「ああ」


 ……〝水由〟との戦いは本当に厳しく、俺も一度死にかけて、皆、満身創痍になるまで戦っていた。


 「あの時はありがとな、守ってくれて」

 「……うん、本当に大変だったんだよ」


 あの時、俺が死にかけた時、クリスが守ってくれなければ俺は死んでいただろう。そう思うと一度や二度の感謝では足りなかった。


 「ありがとな、本当に感謝してるよ」

 「えへへー、どういたしまして」


 頭を撫でるとクリスは嬉しそうにはにかんだ。


 「〝水由〟との戦いも大変だったが、その後の雷帝武闘大会も大変だったな」

 「うん、ギルドさんやカノンさんも一生懸命戦っていたね」


 ……〝七つの大罪〟や〝魔将十絵〟に〝KOSMOS〟と、強敵ばかりであった。


 「でも、夜に回ったお祭りは楽しかったよ」

 「あー、確かにあれは楽しかったな」


 クリスとドロシーと何故か〝魔将十絵〟の〝水〟とのハーレムデート、まさに男の夢がそこにはあった。


 「その後にも、皆バラバラになって修行したり、船に乗ったり、二度目の海に行ったり、本当に色々あったな」

 「今思い返すと、ずっとずっと昔のように感じられるね」


 ……何故かしみじみとしてしまう俺とクリス。


 「まあ、まだ旅は長いんだ。これから楽しいことだって沢山あるさ」



 「 ないよ 」



 ――俺の言葉にクリスが即座に否定した。


 「残念だけど明日なんて来ないよ」


 クリスは怒っている様子でも、冗談で言っている様子でもなく、ただただ優しげに呟いた。


 「……何だよ、それ」

 「言葉通りの意味だよ」


 クリスの表情はとても穏やかであった。


 「タツタさん、今日は思い出話をしに来ただけじゃないんだ」

 「……」


 ……とても、とても嫌な予感がした。


 「本当は――……」

 「クリス、待


 ……この先の言葉を言わせてはいけない気がした。



 「 さよならを、お別れをしに来たんだ 」



 ……この世界は俺の夢の中だ。


 ……だから、全部虚像に過ぎないのだ。


 だけど、

 それでも、


 ……クリスの言葉が嘘だなんてとてもではないが思えなかった。


 「……どうして、だよ」


 俺は振り絞るように言葉を吐き出した。


 「俺達と一緒にいるのが嫌になったのか?」


 「違うよ」


 「ドロシーみたいに一緒にいられない理由でもあるのか?」


 「違うよ」


 「じゃあっ、何だよっ……!」


 わからない。いや、わかりそうでわかりたくなかった。

 言葉にしてしまうとそれが現実になってしまいそうであったからだ。


 「言いたくないや」


 クリスが優しく呟いた。


 「口にしちゃうと本当のことになっちゃいそうだから、だから言いたくないや」

 「……クリス」


 ……クリスも同じ気持ちだった。

 俺達は直接言わなくても、直感でわかってしまっていた。


 「……クリス、お前」


 ……そう、俺はわかってしまったのだ。


 もう二度とクリスに触れることができないこと。


 ここにはいないこと。


 この世界中を捜し回っても見つけられないこと。


 ……そう、クリスは死


 「 駄目だ……! 」


 ……それは簡単に認められることではなかった。


 「そんなの駄目だ! どうにかならないのか!」

 「……」


 俺の苦悶の声にクリスは静かに首を横に振った。


 「もう、わたしの身体はこの世界の何処にも無いんだ。ここに在るのはクリスティアの魂だけ、肉体は既に消滅しているんだよ」


 ……何で!


 ……何でだよ!


 「……何で笑ってられるんだよ」

 「……」


 俺の問い掛けにもクリスは沈黙で返す。


 「何でだよっ」


 俺は畳み掛けるように捲し立てる。


 「お前は平気なのかよ」

 「うん」


 クリスの表情はただただ優しかった。



 「 大好きな人が生きていてくれたらそれでいいから 」



 ……クリスは笑う。


 「……認められる……わけねェだろ」


 ……それでも俺は目の前の現実を認めることができなかった。


 「どうにか手段は無いのかよ! 何か方法は無いのかよ!」


 俺はどうにかしてクリスを繋ぎ止めたかった。


 「何でもするから! どうにかしてお前を救えないのかよ!」


 「 ごめんね 」


 ……何でだ。


 ……何でクリスが謝るんだよ。


 「もっとタツタさんの為に戦いたかった、もっと力になってあげたかった」


 ……クリスが一瞬悲しそうに笑った。



 「 さよなら、大好きだったよ 」



挿絵(By みてみん)



 ……嫌だ。


 ……別れ離れになるなんて嫌だ。



 ――ぽつっ……。クリスの足下に何かが落ちた。



 「…………ぐっ……ぅ」


挿絵(By みてみん)


 「……ぅっ……うっ」


 (……馬鹿野郎)


 俺は堪らなくなって再び俯いた。


 ……辛くない筈がなかった。


 ……いつまでも笑っていられる筈がなかった。


 (クリスはまだ幼い女の子なんだぞ、平気な筈がある訳ねェだろっ)


 俺は改めて、クリスの方を向いた。


挿絵(By みてみん)


 ……クリスは泣いていた。


 それは年相応の泣きっ面であった。


 「――」


 ……気づけば、


 ……気づけば身体が勝手に動いていた。


 「ごめんっ、クリスッ」


 ――俺はクリスを抱き締めていた。


 「今まで守ってくれてっ、今回も守ってくれてっ」


 ……俺も泣いていた。


 「それなのに俺は何一つお前に返してやれてなくて、ごめんっ、ごめんよっ!」


 積み上げてきた思い出が、絆が、涙腺を押し出すように俺は止めどなく涙をこぼした。


 「……ううん……わたしは沢山のものを貰ったよ」


 クリスが消えてしまいそうな声で囁いた。


 「世界がこんなに広いなんて知らなかった、世の中には楽しいことがこんなに沢山あるなんて知らなかった」


 ……いや、消えているのだ。少しずつではあるがクリスの身体は薄くなっていた。


 「……クッ、クリス?」

 「心臓がこんなドキドキするなんて知らなかった、誰かを好きになることがこんなに幸せだなんて知らなかった」


 徐々に消えていく身体にも構わず、クリスは言葉を紡ぎ続ける。


 「全部、タツタさんが教えてくれたんだよ」


 「駄目だっ、消えるなっ!」


 ……俺はクリスが消えないように力強く抱き締めた。


 ――それでも


 ……それでも、クリスの消失は止まらない。


 徐々に身体は薄く、体温も、鼓動も希薄なものとなっていった。


 「――だから、ありがとう」


 「……やめろ……消えないでくれ」


 ……止まらない。クリスの消失も、俺の涙も止まりはしなかった。


 「あなたに出逢えて良かった。あなたを好きになって良かった」


 「……クリス……ずっと一緒にいてくれよ」


 ……消えていくクリス。それに反してクリスとの思い出が次から次へと蘇っていく。


 ――クリス、って呼んでほしいな


 ……初めて会ったときから俺に懐いていて、よく振り回されていた。


 ――わたしはわたしを必要と言ってくれたタツタさんを信じたい!」


 ……まだ出会って間もないのに、命懸けで〝むかで〟相手に立ち向かってくれた。


 ――えっち


 ……小悪魔的な態度によく振り回されたものだ。


 ――その、泳ぎ方を教えてほしいなぁーって、思ったりして


 ……水の精霊なのに水泳が苦手なんて意外だった。


 ――まったく……大寝坊だねっ


 ……命懸けで〝水由〟の刺客から守ってくれたときもあった。


 ――わたしがタツタさんのこと、どう思っているのか。タツタさんは何にもわかってないっ


 ――子供扱いしないでよ……!


 (……そうだよ! 俺は馬鹿だよ! クリスの気持ちも、俺にとってクリスがどれだけ大きな存在になっていたのかもわかっていなかった!)



 ――タツタさん



 「――クリス」


 ……俺は強く強くクリスを抱き締めた。


 「……クリス、ありがとう」


 「……タツタ……さん」


 どんなに強く抱き締めても、クリスの命は砂のように腕からこぼれ落ちた。

 だから、せめて。せめて一秒でも長くクリスの体温を感じていたかった。


 「今まで守ってくれて、今回も守ってくれて、俺達の仲間になってくれて、いつも一緒にいてくれて、こんな俺なんかを好きになってくれて――ありがとう」


 ……俺は吐き出した、心の中にある感謝の気持ちを全部。


 「俺もクリスと出逢えて良かった。俺もクリスが大好きだっ」


 これが最期なのだ。


 後悔なんて残してたまるものか。


 全部だ。全部を伝えるんだ。



 「 本当に、本当に、ありがとう……! 」



 ――ぎゅっ……。クリスが俺を抱き締め返した。


 「……もう充分受け取ったから」


 ……もう心臓の音は聴こえない。


 「わたしは胸を張って幸せだったって言えるよ」


 ……体温も感じられない。


 「ありがとう、タツタさん。大好きだったよ」


 ……ああ、終わる。


 ……命が終わる。


 「 バイバイ 」


 ……クリスが消える。



 「 タツタさん 」



 ……消える。



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