第340話 『 愛してる 』
「 さあ、大人しく投降してもらおうか 」
……わたしの目の前には〝むかで〟がいた。
「……最悪っ」
わたしは目の前の状況に毒づく。
〝むかで〟とは過去に一度対峙したがあるが、その強さは圧倒的であった。
(それでも実力を抑えていたんだろうけどね)
そうでなければわたし達は、あのときの戦いで全滅していたであろう。
(……状況は最悪の中の最悪ってとこかな)
タツタさんは未だに目を覚ます気配はないし、わたしももう戦う体力は残っていなかった。
それでいて相手は〝むかで〟だ。取り付く島もないとはこのことであろう。
(だけど、何もしないなんて有り得ない)
わたしはタツタさんを守る最後の砦だ。ここでわたしが折れてしまえば、タツタさんもわたしも全員死んでしまうであろう。
「……」
――キッ、わたしは〝むかで〟を睨み付けて構えた。
「 失望したよ、空上龍太 」
……〝むかで〟が低い声で呟いた。
「その様子では〝額〟との戦いに敗れたようだな」
「……」
〝むかで〟の言葉にも意識のないタツタさんは答えられない。
「嘗て、俺に土をつけた男とは思えぬな」
「タツタさんのこと、馬鹿にしないでっ」
わたしは聞き捨てならないと、タツタさんの代わりに言い返した。
――冷たい眼差しがわたしを貫いた。
「――」
あまりの威圧感に堪らず硬直してしまう。
「俺は今、空上龍太と話している」
――トンッ……。〝むかで〟は既にわたしの前に立っていた。
「餌は少し黙れ」
――バキッッッッッ……! 〝むかで〟に殴られ、わたしは堪らず地面を転がった。
……あっ
……これは駄目だ
「……」
わたしは地面に横たわったまま動けなかった。
(……げん……かい?)
そう、限界であった。死闘を繰り広げ、死力を出し尽くしたわたしの体力は限界を迎えていた。
「脆弱だな。たったの一撃でこの様か」
「……」
最早、言い返す体力も残っていなかった。
「貴様もすぐに楪に喰わせてやる」
「……」
……何で身体は動かないのだろう?
いくら起き上がろうとしても、身体が地面に吸い付くように張り付いていた。
(……動いてよ)
わたしは無理矢理にでも身体を動かそうとした。
……しかし、身体は動かない。
(今、動かないと駄目なの! だから、動いてよ!)
……それでも身体は動かない。
(動けェェェェェェェェェッ……!)
――動かない。
(……何でかな)
動かなきゃいけないのに、守らなきゃいけないのに、身体は何一つ言うことを聞いてくれなかった。
(こんなのってないよ、死にきれないよっ)
愛する人の為に戦うことすらできないなんて、あまりに残酷であった。
「俺は貴様に言った筈だ。次に会うときは絶対に殺す、とな」
〝むかで〟はわたしを無視してタツタさんに話し掛けた。
「だが、貴様が〝白絵〟の雑兵にすら劣る弱者だとは思わなかったよ」
〝むかで〟は淡々とタツタさんに毒を吐き続ける。
「何度も言うが失望した。貴様は俺と戦う価値すらない」
……一匹の巨大なムカデが〝むかで〟の服の裾から姿を見せた。
「 もういいな、貴様はここで死ね 」
巨大なムカデがタツタさんに指向された。
――ガシッ……。何者かが〝むかで〟の足を掴んだ。
「……させない」
……わたしだ。わたしは地面を這って〝むかで〟の足下までたどり着いたのだ。
「……タツタさんは絶対に殺させない」
……限界?
……勝てない?
(……関係ないね)
タツタさんが大好きだから、タツタさんを守る。何一つおかしなことなんてないんだ。
(……タツタさんは大切な人。死んでも守り通したいと思える人だから)
だから!
だから、だから、だから、だから!
「 この手は死んでも離さないから……! 」
「……」
わたしの啖呵に〝むかで〟は静かに睨み返した。
「……貴様はこれから楪に喰われて死ぬ。それは既定事項だ」
〝むかで〟はわたしの手を払ったり、頭を踏みつけたりすることはなかった。
「たとえ、空上龍太が生き残っても貴様は死ぬ。もう二度と言葉を交わすことはできないだろう」
「……」
〝むかで〟の言葉から感情を読み取ることはできない。しかし、何かを確かめようとしているような気がした。
「それでも貴様は戦うのか? それでもその手を離すつもりはないのか?」
「 うん 」
――わたしは〝むかで〟の問いに即答した。
「大好きだから、タツタさんが生きていてくれたらそれでいい」
……難しい問ではなかった。
「それにどうせ死ぬのなら、せめて大好きな人に生きていてほしいと思うから」
……それがわたしの最適解であった。
「…………そうか」
……〝むかで〟は静かに呟いた。
「手を離せ、俺は空上龍太を殺さない」
「……?」
〝むかで〟の言葉をすぐに理解することはできなかった。
「聞こえなかったか? 空上龍太は殺さない、貴様はこの場で楪の糧になってもらうがな」
〝むかで〟は確かに言った。空上龍太を殺さない、と。
嘘ではない、という保証はない。しかし、〝むかで〟からすれば嘘を吐く必要性はなく、殺そうと思えばいつでも殺せるのであろう。
故に、今の〝むかで〟の言葉は信じるに値するものであった。
――わたしは〝むかで〟の足から手を離した。
「……俺には力がいる。その為に貴様等には楪の糧になってもらわなければならない」
〝むかで〟はわたしに背を向けて歩き出した。
「だから、貴様は殺す。それは覚悟しろ」
「……」
〝むかで〟は少し離れた茂みに姿を消した。
「五分やる。最期の時間だ、好きに使うがいい。だが、五分後必ず貴様を殺す」
「うん、わかった」
――わたしとタツタさんの、最期の五分であった。
「それでも約束しよう。貴様が命懸けで守った空上龍太は、目を覚ますまでの間、俺が必ず守り通してやる」
……そして、〝むかで〟の気配はいなくなった。
「……ありがとう」
わたしはここにはいない〝むかで〟に謝辞を述べて、再びタツタさんの方を向いた。
……タツタさんは穏やかな表情で眠りについていた。
「……馬鹿」
人が死に物狂いで戦っていたというのに、なんて間抜けな顔で眠っているのだろう。
わたしは小さな身体を引きずりながらも、タツタさんのすぐ横まで移動した。
「ほんとに馬鹿だよ、タツタさん」
いつも一生懸命で、大切なものの為なら形振り構わなくて、周りの心配にも気づいてなくて……。
今回だってそうだ。ただのんびりと生きるだけなら簡単なのに、誰も彼も救おうとして、無茶をして、今も死にかけていた。
ウィンドベルを仲間にするのだって、ギガルドさんに嘘を吐いて、こっそりウィンドベルを捕まえてしまえばいいのに、襲撃者の制圧を手伝ったりと無駄が多かった。
〝白絵〟を救う。
カノンさんを救う。
風の谷を救う。
「無茶しすぎだよ、ほんと」
……タツタさんは優しすぎた。
「タツタさんは馬鹿だよ」
……何もかもを救うことなんてできる筈がない。
「少しエッチだし」
……少しぐらい楽をしたり、ズルをしたりしてもいいのに。
「デリカシーもないし」
……呆れるぐらいに真っ直ぐな生き方しかできなかった。
「わたしを子供扱いするし」
……だけど
「……」
……だけど
「 大好き 」
……わたしはそんなタツタさんを好きになったのだ。
「わたしはタツタさんのことが大好きだよ」
――最初は一目惚れであった。
……格好よくて、逞しくて、ファーストキスまで奪われたタツタさんのことが好きになったのだ。
それから一緒に旅へ出て、死線を潜り抜け、楽しいことも沢山経験した。
本当に楽しい毎日だった。
「ギルドさん、カノンさん、ドロシーさん、ユウさん、フレイちゃん」
皆、大好きだったよ。
もっと皆と一緒にいたかった。楽しいことも沢山したかった。
(……ギルドさんとも決着つけたかったな)
振り返れば楽しい思い出ばかりであった。
大切で欠け代えのない、宝石のようにキラキラした思い出だった。
「だけど、楽しい時間はもうおしまい」
……淋しいけど、名残惜しいけどわたしの旅はここまで。
わたしに明日は二度と訪れない。
――つぅ……。一筋の涙がこぼれ落ちた。
……切なくて、恋しくて涙がこぼれ落ちた。
「ああ、やっぱり死にたくないなぁ」
わたしはまだ生きていていたかった。
「もっと皆と一緒にいたかった。海で泳ぎたい、ショッピングもしたい、お誕生日会もお祭りもしたいよ」
……だけど、それは叶わない。
「ただ一緒にいるだけでいいから、特別なことなんてしなくていいから、それだけで十分だから」
……それも叶わない。
「酷いよね、こんなに願っても神様は何一つ受け入れてくれないんだ」
……なんて残酷な世界だ。
……祈りも希望もあったもんじゃない。
「……………………でも、もういいんだ」
……それだけ皆との時間は楽しかった。
「宝物は沢山もらったから、一生分の幸せはもうわたしの胸の中にあるから」
……欠け代えのない思い出はここにあった。
「だから、ありがとう」
……死ぬことが恐くない筈がない。だけど、それ以上に感謝の気持ちで一杯であった。
「思い出、楽しい時間をありがとう」
……わたしはここで終わり。
……だけど、皆には未来がある。
「皆、大好きだったよ」
……今はそれだけで幸せであった。
わたしはタツタさんの方を見た。
もうすぐ五分。終わりの時間はもうすぐそこまで来ていた。
「皆、大好きで欠け代えのない存在だけどね、一番大好きなのはタツタさんだよ」
……側にいるだけで胸がドキドキした。
……ほんの少しだけ触れただけで胸の中が一杯になった。
「ずっと、ずっと好きでした。世界で一番大好きです」
……恋人になれたら、なんて何度も思った。
……結婚して夫婦になれたら、なんて何度も思った。
「だから、特別なプレゼントをあげる」
わたしはタツタさんの顔を見下ろした。
「 タツタさん 」
――唇と唇が重なる。
愛 し て る
……さようなら
……どうか貴方の未来に幸あることを祈ります。




