第339話 『 執念 』
……身体が壊れていくのがわかった。
鱗も、牙や爪もまるで老いが加速したかのように抜け落ちていく。
(……恐いよ)
まるで砂のように崩れていく巨大な体躯に恐怖心を募らせる。
(何でそっちを引いちゃうのかな)
わたしは自分の運の悪さを恨んだ。
崩れていく躯、これが死を現していることは何となくわかった。
やがて時が経てば、わたしの躯は砂となって風化してしまうだろう。
(……仕方ないよね)
死は下より覚悟の上での〝龍華満開〟であった。
そう、覚悟を決めて、自らの意志で決めたことであった。
(タツタさんを守れたんだ。目標は達したんだ、それで十分な筈だよね)
仕方ない、対価、犠牲……諦めの言葉が脳裏を過った。
(そう、良かったんだ。タツタさんが生きている……それが何よりも大切なことなんだ)
――つぅ……。〝氷龍〟の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
(……………………そうだよね)
……死ぬのが恐くない筈なんてなかった。
(……やっぱり死にたくないや)
……わたしはまだ生きていたかった。まだ皆と一緒にいたかった。
(また海に行きたいよ)
……海も、ショッピングも、お祭りもどれもいい思い出ばかりで、何度だってしたかった。
(……タツタさん)
……もう会えなくなると思うと胸が張り裂けそうになった。
その声が聞きたくて、その肌に触れたくて、堪らなくなって涙がこぼれ落ちた。
恋人になれなくたって構わない。ただ一緒にいられれば十分だった。
ひたすらにいとおしくて、切なくて仕方がなかった。
――生きたい
……わたしは強く強くそう思った。
(生きたい……!)
……わたしは心の底で叫んだ。
(絶対に生きるんだ……!)
――ガシッッッ……! わたしはか細く、脆い糸を掴んだ。
(絶対に諦めてやるもんか! 足掻いて足掻いて最後まで足掻ききってやるんだ……!)
……だから、この命の糸は絶対に手離さない!
躯の崩壊は止まらない。意識も油断すると一気に持ってかれそうになる。
頭が痛い。身体も引き千切れそうなほどに痛い。
(皆に会いたい! 生きてやるんだ!)
……わたしは絶対に手を離さなかった。
何度も何度も心が折れそうになる。その度に皆の顔を思い浮かべた。
何時間経とうが、何日経とうが、わたしの心は絶対に折れない。
(皆がいるから……!)
ここには居なくても、皆の存在が、皆との思い出がわたしを支えてくれた。
(生きるんだ……!)
――ピシッッッ……! 〝氷龍〟の体躯に巨大な亀裂が走った。
「 わたしは絶対に生きてやるんだ……! 」
――パリィィィィィィィィィィィィンッッッ……! 〝氷龍〟の巨大な体躯が崩壊した。
……崩れ行く氷の躯。
……積もる氷の欠片。
辺りは静けさに支配され、空気はとても澄んでいた。
……終わったのだ。
……クリスティアの孤独な戦いが今、この瞬間をもって終わりを告げた。
――ズボッッッ……! 積もる氷の山から小さな手が飛び出した。
……わたしの勝利で。
「……………………生きてる」
わたしは氷の山から身を出し、空を見上げた。
「……わたし……生きてるんだ」
――ぽつりっ……。涙がこぼれ落ちた。
「良かったっ、本当に生き残ったんだっ……!」
嬉しくて、嬉しくて次から次へと涙がこぼれ落ちる。止めようとしたって止まらなかった。
わたしは乗り越えたのだ。
〝おろち〟との死闘。
50パーセントの死。
50パーセントの異形。
……全部、乗り越えたのだ。
「夢じゃないっ、夢じゃないんだっ」
こぼれ落ちる涙も、その温かさも、心臓の鼓動も全部本物だった。
夢じゃない、これは現実であった。
――ふらっ
……わたしは再び氷の山に倒れた。
「……ふふっ、駄目だ、力入らないや」
わたしは疲労感に堪えきれず倒れのだ。
ボロボロで、片腕も無くして、体力も魔力もすっからかんで、もう何もできなかった。
「……ふふ」
……でも、生きている。今もこうして笑っていられた。
何もかもが上手くいった。遥か格上の〝おろち〟を倒し、タツタさんを守りきり、それでも尚、生き残れた。
「冷たいや」
この冷たさも生きている証と思えば心地が良かった。
とはいえ、いつまでもこうしていては風邪を引いてしまうので、わたしはフラフラになりながらも起き上がった。
「……タツタさんの所に行こ」
わたしは覚束ない足取りでタツタさんの下へと向かった。
(わたし、タツタさんを守りきったんだよ)
本当にそれは大変なことであった。
(タツタさん、起きてくれたら誉めてくれるかな)
死の縁なんて何度も潜った。
(頭撫でてくれるかな)
それだけで十分だった。それだけでわたしは満たされた。
(……早く、目を覚ましてほしいな)
……今はただ、あなたの声が聞きたかった。
「 捜したよ、クリスティア 」
――声が聴こえた。
……それはわたしが聞きたかった声ではなかった。
「……何でかな」
……だけど、わたしはその声を知っていた。
「……折角、生き残ったのに」
……その人は凄く強くて、凄く恐い人だ。
「……こんなのって……ないよっ」
……そう、わたしの前に現れたのだ。
「 悪いが命を諦めてもらおうか 」
……〝KOSMOS〟の首領にして、〝七つの大罪〟――〝強欲〟。
「 〝むかで〟……! 」
……そう、〝むかで〟がそこにいたのだ。




