第337話 『 氷龍の咆哮 』
――二ヶ月前。
「 〝伝説の八頭の龍〟の伝承を聞いたことはあるかい? 」
……それはサカズキさんの下で、フレイちゃんと一緒に修行をしていたときのことである。
「火龍、氷龍、電龍、嵐龍、光龍、闇龍、空龍……昔、世界には八頭の伝説の龍がいたんでしたっけ」
サカズキさんの問い掛けにフレイちゃんが思い出しながら答えた。
「そうだね。だけど、君達は八頭の龍を見たことがないんじゃないかな」
「まあ、そうですねー」
「というか、ほとんどの人がそうだと思いますが」
伝承が残ってはいるものの、その存在はまさに伝説、見た者などいなかった。
「それはそうだろうね。だって、彼等は人の姿に化け、本人も化けたことを忘れているのだからね」
「へえー、それはけったいな話ですね」
サカズキさんのそれは、まるで伝説の八頭の龍を見たことがあるかのような口振りであった。
「……サカズキさんは、伝説の龍を見たことがあるんですか?」
如何にもそんな感じであったので、わたしはサカズキさんに訊ねた。
「 あるよ 」
……やっぱりという感じである。
「 てか、ボクの目の前にいるよ♪ 」
……それは予想外であった。
(……てか、目の前?)
サカズキさんの向く方向にはわたしとフレイちゃんしかいなかった。
「……」
……まさか?
……いや、そのまさかである。
「……えっ? まさか?」
「うん、その通りだ」
動揺するわたしの予想をサカズキさんはすぐに肯定した。
「 伝説の八頭の龍と〝八精霊〟は同一人物なんだよ 」
「「……っ!?」」
これには流石のわたしとフレイちゃんも驚いた。
「〝八精霊〟の正体は、人に化け、記憶を亡くした八頭の龍のことなんだ」
「「……」」
驚愕したわたしとフレイちゃんは言葉を失った。
「今の姿が仮初めだなんて言うつもりはないけど、君達は元々は龍であったんだ」
「……そんな」
正直ショックであった。
わたしは自分のことを精霊だと思っていて、サカズキの言葉は今までの自分を否定するものであったからだ。
「辛いかい?」
「……はい」
わたしは素直にサカズキの問いに頷く。
「だけど、悪い話ばかりではないよ」
「「……?」」
サカズキの言葉にわたしとフレイちゃんは首を傾げる。
「 〝八龍〟はとても強かった 」
……サカズキは唄うように呟いた。
「狂暴な龍、穏やかな龍、自由奔放な龍、色々な龍がいたが、どれも共通して言えることはただただ強かったという話だ」
……〝八龍〟は強かった?
わたしはイマイチ話が呑み込めなかった。
「君達は強くなりたかったんだろ?」
そこでフレイちゃんが気がついた。
「わたしも強くなれるんですか!」
フレイちゃんの言葉にわたしもハッとした。
「 無論 」
――サカズキは迷わず肯定した。
「本当の力を使えば君達は世界でも戦うことができるだろう」
朗報、それはとてもいい話であった。
「クリスちゃん、やったね♪」
「うんっ」
これなら強敵とも戦える。タツタさんの為に戦えるのだ。
「 だが、推奨はできない 」
……カグラの言葉にわたしとフレイちゃんは凍りついた。
「……どうしてですか?」
「そうです! わたし達は強くなりたいんです!」
わたしとフレイちゃんは言葉の真意を確かめたくて、サカズキさんに詰め寄る。
「 危険だからだよ、凄くね 」
サカズキさんは真剣な表情で質問に答えた。
「〝八精霊〟は任意で〝八龍〟へと姿を変えることができるんだ。それは本当に簡単で難しい儀式や莫大な代償等は必要ない」
しかし、それが推奨されないということはかなりのリスクが伴うのだろう。
「多少のリスクなら負います、どうか龍へ戻る方法を教えてください」
わたしもそう簡単には引き退がらない。どうしても、強くなりたかったからだ。
「 多少というレベルではない……! 」
サカズキさんは珍しく強い口調で話した。
「君達の覚悟を認めて教えるけど、できればやらないでほしい」
サカズキさんは心の底からわたし達の身を案じていた。
「呪われし禁術には名前がある」
……そう、禁術には名前があった。
「それこそが龍への回帰――……」
「 〝龍華満開〟 」
……それが、禁術の名前であった。
――腕
「……あっ」
腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕
「アアアァァァァアアァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ……!!!」
痛い!
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」
激痛が波のように襲い掛かった。
痛くて、壊れてしまいそうで、頭の中が真っ白になった。
(……………………そうか)
……一瞬。一瞬だけ冷静になった脳みそが分析した。
――〝超重力の網〟
……相手の速度を遅くする代わりに自身の痛覚を増大させる、諸刃の剣。
(……血……出てる)
出血により頭の血も抜けたのか少しだけ冷静になれた。
(……止めない、と)
――わたしは斬られた腕を氷結して、無理矢理出血を止めた。
(良かった。凍らせたお陰で感覚が少し麻痺してくれた)
さっきよりも激痛は収まっていた。
「……大丈夫、まだ戦える」
わたしは失った右腕の代わりに氷の義手を造ってその場を凌いだ。
「へえ、けっこーしぶといんだねー♪」
「まだ、戦えるんだから……!」
――わたしは無数のつららを〝おろち〟へ撃ち出した。
「むーだー♪」
明 鏡 止 水
――巨大な鏡が召喚された。
「〝明鏡止水〟は全てを跳ね返す魔導具だからー」
無数のつららは巨大な鏡に吸い込まれ、そして――……。
「 返す♪ 」
「 !? 」
――無数のつららがわたし目掛けて放たれた。
「……っ!」
わたしは迫り来るつららを回避するも、幾つかのつららが手足を掠めた。
(……攻撃を跳ね返す魔導具!)
接近戦だけでも不利なのに、魔導具まで使われたらたまったものではなかった。
「――て」
視線を前に戻すと、そこに〝おろち〟の姿は見当たらなかった。
どこに消え
――ゴッッッッッッッッッッッ……! 〝おろち〟の前蹴りが横腹に叩き込まれた。
「どーん♪」
「かはッッッッッ……!」
気づけなかった。
まさか、一瞬の隙にここまで接近されていたなんて……。
「ブッ飛べェ!」
わたしは堪らず吹っ飛ばされた。
「――ッ!」
わたしは地面をバウンドしながら減速する。
( 流せ……! )
地面と衝突した際の衝撃を受け流しならバウンドした。
やがて、蹴られたときのベクトルは弱まり、やっとのことで静止できた。
「――ィッ!」
……横腹に激痛が走った。
(……完全に肋折れてるね)
――トンッ……。〝おろち〟が既に真横に立っていた。
(速い……!)
「今度も横腹ァ!」
〝おろち〟は再び蹴りをを繰り出した。
わたしは回避しようと地面を蹴
――横腹に激痛が走った。
そのせいで回避が間に合わなかった。
「だったらァ……!」
――わたしは蹴りに対して手を伸ばした。
(柔術で受け流す……!)
「――と、見せかけてー」
――ピタッ、直前で蹴りが止まった。
「やっぱり、グー♪」
――ゴッッッッッッッッッッッ……! 頬に拳骨が叩き込まれた。
再びわたしは吹っ飛ばされた。
殴られた瞬間、口の中で火花が散ったような気がした。
「頑張ってる君には悪いけど、君と僕とでは戦士としての格が違うよ」
わたしは地面を転がり、やがて倒れたまま静止する。
(……身体……痛い)
わたしは地面に横たわったまま動けなかった。
(……もう、嫌だよ)
――折れそうであった。
片腕を無くして、
蹴られ、殴られ、
……わたしの心は折れかかっていた。
〝おろち〟の言う通りだ。わたしと〝おろち〟では実力が違いすぎた。
勝てない、勝てる筈がなかった。
――限界
……もう立ち上がれなかった。
ガッッッ……! 頭を思いっきり踏まれた。
「もう終わりー?」
「……」
……もう終わりなのかもしれない。
……わたしは死ぬ、この人に殺されて。
「つまんないなー、殺り足りないなー」
〝おろち〟は周りをキョロキョロと見渡した。
「 じゃーあー♪ 」
〝おろち〟は見た、人一人がが隠れらる程度の茂みを……。
「 あそこで寝てる人も殺そうかなー 」
ド ン
ッ
ク
……駄目だ。
……それは絶対に駄目だ。
――クリス!
……あの笑顔を失うなんて絶対に駄目なんだ。
――ガシッッッッッッ……! わたしは〝おろち〟の足首を掴んだ。
「……ん?」
「……させない」
……タツタさんはわたしにとって世界で一番大好きな人。
「タツタさんは絶対に殺させないっ」
……だから、タツタさんを守る為だったら死んだって構わない。
「 あなたを殺してでも……! 」
――そのとき
二ヶ月前のサカズキさんとの会話を思い出した。
龍へ回帰する禁術――〝龍華満開〟。それにはリスクが伴うとサカズキさんは言っていた。
――50パーセントという高確率で、術者はは強大な力の反動で死ぬ。
……しかも、それだけではなかった。
――更に、たとえ50パーセントの壁を乗り越えても、越えた後の50パーセントの確率で人の姿には戻れない。
……無事でいられる確率は僅か――25パーセント。
博打をするにはあまりに歩が悪かった。
(だけどやる……!)
やらなきゃ、タツタさんを守れないから。
「……………………ごめんなさい」
わたしはここにはいないサカズキさんに謝った。
わたしとフレイちゃんはサカズキさんと約束していたのだ。
「わたし、使います」
……そう、約束したのだ。
「今がそのときだからです」
――〝龍華満開〟を使ってもいい。だけど約束してほしい
……それは
「 〝龍華満開〟 」
――世界で一番大切な者を守り通すとき
『――ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ……!!!』
……何処からか〝氷龍〟の咆哮が聴こえた。
……それは、わたしの咆哮であった。




