第335話 『 逆転勝利? 』
「魔族の屑が、生意気にも都を歩きよって」
……ボクが都を歩くと、大抵の人が笑みを消して、ボクへ視線を集めた。
「……腹、空いたなぁ」
ボクは覚束無い足取りでパールの都をさ迷っていた。
「……あかん、もう三日も何も食べてへん」
そして、最後に食べたのもゴミ捨て場で漁った残飯であった。
ボクは空腹に耐えきれず、路地裏で座り込んだ。
ぐぅぅぅ、とお腹の音だけが虚しく響く。
しかし、誰かが食事を恵んでくれることなど有り得なかった。
……ボクは都の人から嫌われていた。
幼くして魔術を操るボクは、魔術師を神への冒涜者として否定するパールの民から差別の目で見られていた。
両親もいたが、ボクが魔術を使えるとわかった瞬間、ボクを置いて何処かへ行ってしまった。
それから毎日、ボクは残飯漁り、辛うじて命を繋ぐ日々を過ごしていた。
一人で狩りもできないし、何か職になる技術もないボクには、薄汚いドブネズミのような生き方しかできなかった。
「……」
ふと、運命を恨むこともあった。
もう少し上手く生きれたのではないのかと後悔することもあった。
……しかし、何もかもが手遅れだった。
運命に逆らう為の体力も気力も残されていなかった。
(……何や、なんもかんもがどーでもよくなってきたなぁ)
生きることに疲れたボクは死すらも恐くはなかった。
「……」
――死
……それは案外簡単に手に入る者であった。
(生きてて楽しいことなんかなんもなかったのが、唯一の後悔やけどな)
今の状況から見て、楽しい未来なんて無理な話であった。
「あー、つまらん人生やったわ」
そして、ボクは瞼を閉じて足掻くことをやめた。
……匂いがした。
……それは焼けた鳥肉の薫りであった。
……匂いはすぐそこからした。
「……………………えっ?」
一生開けるつもりのなかった目を開けてしまった……仕方ない、もうずっと残飯を漁って生きてきたのだから。
「 お前はつまらない死に方をするね 」
……白い長髪が風に横風に煽られ、拡がった。
「僕についてくる気はないかい? 僕なら楽しいことを沢山教えてやれるよ」
「美味しい食事もついでにね♪」とも付け加えた……よく見るとその手には骨付きチキンが握られていた。
「あんた誰や?」
「僕?」
今までゴミ屑みたいな人間しか出会ったことのなかったボクにとって、食事を恵んでくれる人間の存在は理解できないものであった。
だからこそ知りたかったのだ、この男のことを……。
「 〝白絵〟、魔王――〝白絵〟だ 」
――シロエ
……それはとても綺麗な響きだと思った。
「別に強制はしないよ、お前は自由なのだから」
「……自由やと?」
そんな筈はなかった。ボクはもう何年もの間、暗い闇の中にいた。とてもではないが自由とは言えなかった。
「そんな筈ある訳あらへん。今までずっとこの国の宗教に縛られ続けてたんや、ボクは自由なんかじゃあらへん」
「……」
ボクの言葉に〝白絵〟は骨付きチキンをボクに渡して、背中を向けて歩きだした。
「なるほど、この国なんだね――お前を縛る鎖は」
「……?」
〝白絵〟が路地裏から外へ出た。
「ならばその鎖、全てこの場で断ち切ろうか」
――トンッ……。〝白絵〟が地面に手を当てた。
(……何をする気や)
……しかし、その疑問はすぐに晴らされた。
――震ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!
……パールの都が激しく揺れた。
……あまりの揺れにボクはとてもではないが立っていられなかった。
(……これは地震?)
しかも、今まで体験したことのないレベルの震度であった。
地面は割れ、建物は崩壊し、栄えていたパールの都が一瞬にして、廃墟の街と化した。
「こんなところかな」
「……嘘やろ」
やがて揺れは収まり、華やかな都は嘗ての姿の見る影もなかった。
「ほら、自由じゃないか」
「……!」
……そこには一面の青空が広がっていた。
建物が崩れて、何物にも遮られていない本物の青空が広がっていたのだ。
「お前は自由だ。ここにお前を縛るものなんて何一つとしてないんだよ」
「……出鱈目すぎやろ」
言うこと為すこと、何もかもが出鱈目であった。
「……」
ボクは周りをふと見渡した。
……廃墟と化した都に、泣き叫ぶ人々の姿がそこにはあった。
酷い景色だし、諸悪の根元である〝白絵〟は大量殺人者であろう。
「なあ、一つ頼みがあるんや」
「何だい?」
……殺人者
……破壊者
「ボクを連れてってくれへんか」
――だけど、ボクは〝白絵〟のことが好きになっていた。
「もう少しあんたの側にいたいんや」
「構わないよ」
〝白絵〟はボクの言葉を聞き終える前に歩みだしていた。
「何度も言っただろ、お前は自由だとね」
〝白絵〟は振り向くことなく歩み続ける。
「おおきにっ!」
……ボクはその中を追い掛けた。二度と後ろを振り向くことはなかった。
……………………。
…………。
……。
(〝白絵〟様はボクのことを気にしてへんやろうけど、ボクにとってでっかい存在やねん)
……ボクは今、〝むかで〟という男と対峙していた。
(だから、自己満足であろうと〝白絵〟様の為に戦うんや……!)
しかし、戦況は既に終盤であった。
「苦しそうだな」
……劣勢であった。
「勝手に決めへんといてーな」
「……」
……と、強がってはいるもののボクの魔力はそう長くはもたなかった。
(……タツタ君と戦いでも結構魔力を使って、今も戦いが始まってから三十分は経っとる)
魔力を保存できないからできれば魔力を節約したかったが、〝むかで〟が絶えず攻撃を繰り出す為、中々〝箱庭〟を解除する時間がなかった。
(〝箱庭〟の発動には多量の魔力を消費する! もう、長くはもたへんで……!)
ボクは怨めしそうに〝むかで〟を睨み付けた。
「その様子ではやはり魔力は減っているようだな」
「それはどうやろなぁ」
ボクは弱点を見破られないようとぼけた。
「とぼけても無駄だ。先程から魔力の発動を節約して、防御に徹していることなど戦い方を見れば一目瞭然だ」
「……」
……既に〝むかで〟はボクの弱点に気がついていた。
(……ボクは魔力を保存できへん。何故なら、消費と保存には矛盾が生まれるからや)
〝箱庭〟は魔力を消費して、時間を止める能力である。しかし、〝箱庭〟にも止められないものがあった。
それが魔力や酸素・食物といった、消費を前提としたものである。
魔力は魔臓を経て魔術や〝特異能力〟へ変換される。
しかし、魔力量を保存すると魔術や〝特異能力〟への変換ができなくなるのだ。
それも当然である。保存されているということは、僅か一瞬であっても増減しないということである。
解りやすく言うなれば……。
魔力→変換(魔力消費)→〝箱庭〟発動
が基本として、魔力を保存しようとすれば……。
魔力→魔力消費ができない→そもそも〝箱庭〟が発動できない
……このように魔力を消費しなければ〝箱庭〟は発動しない為、魔力保存をしてしまうとそもそも〝箱庭〟発動すらできないという理屈である。
この魔力保存を相手にすれば、その者は魔力を消費することができなくなる為、魔術を発動することができなくなるのだ。
(……これが、タツタ君が魔術を使えなくなった理由や)
故に、ボクは魔力を保存することができなかった。
酸素や栄養も同じである。
保存すれば減らせなくなる為、体内に吸収させたり燃焼させることもできなくなるのだ。
ボクの能力は水の入ったコップに蓋をする力であって、けっして万能な力ではなかった。
「……キッツイ展開やな」
こちらの攻撃は全く通用せず、ただただ魔力だけを浪費していた。
「ギブアップするか? すれば楽に殺してやる」
「……」
ボクの魔力はほとんど残っていないのに〝むかで〟は見るからに余裕そうであった。
(……かなり厳しい展開やな)
攻めきれない、守りきれない、体力も残っていない……勝利は絶望的であった。
「……やるしかないようやな」
――奥の手を使う!
……ボクがそう決めて一秒後。
( 〝箱庭〟ァ……! )
――静止しろ。
「 〝むかで〟の半径十メートルッッッッッ……! 」
――止ッッッッッッッッッッ……! 〝むかで〟を中心とした半径十メートルが静止した。
次 の 瞬 間 。
――グシャッッッッッッ……! 〝むかで〟と半径十メートルがぺしゃんこに潰れた。
「逆転勝利や……!」
……これは〝箱庭〟の応用である。
この地球は〝白絵〟様曰く、常に自転と公転を繰り返すらしい。
そこで〝むかで〟周辺の座標を固定すれば自転や公転に付いていけず、潰れるか、吹っ飛ばされるという理論である。
人に試すのは初めてであるが見事に成功したようである。
「何にしても生き残ったで、〝白絵〟様」
これで、またボクは〝白絵〟様の為に戦えた。今はそれで充分であった。
「すまんな、〝むかで〟」
ボクは〝箱庭〟を解除して、ぺしゃんこに潰れた〝むかで〟を背に歩き出した。
「 あんたとは背負うもんが違うんわ 」
……かくして、ボクは〝むかで〟に勝利を収め




