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 第333話 『 圧倒 』



 ……全ては〝怠惰手帳〟に書かれた通りであった。



 グレゴリウスが空上龍太という男と戦い敗れること。


 〝竹聿〟と〝彩〟が俺を殺しに来ること。


 俺が二人から逃げ切れること。


 そして、昏睡から覚醒したグレゴリウスが到着すること。


 ……それら全てが〝怠惰手帳〟に書かれていた。


 「……だが、これははっきり言って予想外だぞ」


 確かに、〝怠惰手帳〟によれば敗北を糧に覚醒したグレゴリウスが到着するとは書かれていた。


     だ     が


 「……これは超越しすぎだろ」


 ……この威圧感。まさに怪物と形容するに相応しかった。


 (……〝怠惰手帳〟を見なくてもわかるよ)


 今のグレゴリウスを敵に回せば――即殺される。そのぐらいの実力差があった。


 (敗北が人を成長させるとはよく言ったものだ)


 ……まあ、成長しすぎだがな。


 「 ブラトニー 」


 グレゴリウスが俺の名を呼んだ。


 「何だ、グレゴリウス」

 「念の為に確認するんだけど――……」


 グレゴリウスが〝竹聿〟と〝彩〟の方へと目線をやった。


 「コイツらが敵かい?」


 「その通りだ」


 ……グレゴリウスの質問に俺は即答してやった。


 「オーケー、すぐ終わらせるよ」

 「「……」」


 グレゴリウスと二人が対峙する。


 「すぐ終わらせる? 相手を見ていいなよ」


 〝竹聿〟が白い羽を背に、〝彩〟より一歩前に出た。


 「この〝白い羽〟はただの羽じゃないよ」


 白い羽がグレゴリウスを威嚇するように広がった。


 「この羽はね


 「 聞こえなかったかい? 」


 ……白い羽が舞う。


 ……グレゴリウスは既に〝竹聿〟の視界から消えていた。


 ……ぽつり、ぽつりと赤い雨が降り、白い羽を赤く染めた。



 「 すぐ終わらせるって言ったんだけど 」



 ……〝竹聿〟の上半身が跡形もなく消し飛んでいた。


 「……えっ?」


 〝彩〟が戸惑いの声を漏らした。


 ……〝竹聿〟の下半身が地に落ちる。


 ……舞い上がった白い羽が全て地に落ちる。



 ――ダッッッッッッッ……! 〝彩〟が全速力で逃げ出した。



 「無駄だ」


 ……俺は独りでに呟く。


 「〝怠惰手帳〟でお前の死は確定している」



 ――トンッ……。逃げる〝彩〟の前にグレゴリウスが舞い降りた。



 「遅いね」


 「……………………いっ」


 ……静かに笑むグレゴリウスと涙目で狼狽える〝彩〟。


 「〝空門〟はもっと速かったよ」


 「イヤァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」


 ……深い夜。


 ……満天の星空。


 ……少女の悲鳴がこだました。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「お疲れさん、助かったよ」


 ……俺はグレゴリウスに葡萄酒を瓶ごと投げた。


 「どーも」


 グレゴリウスは葡萄酒の入った瓶をキャッチして、手刀でその口を切った。

 そして、豪快に葡萄酒を喉に流し込む。


 「うん、やっぱりここの葡萄酒は旨いね♪」

 「そりゃ、光栄だ」


 グレゴリウスは再び葡萄酒を飲み、二口で一瓶を空にしてしまった。


 「何にしても助かったよ、流石の俺も〝魔将十絵〟二人相手じゃ荷が重かったからな」

 「そうかい? 大したことなかったみたいだけど」

 「そりゃあ、お前が強くなり過ぎたんだよ」


 グレゴリウスはそう? といまいち自覚が無いようであった。


 「折角強くなったんだ、空上龍太にはリベンジしなくていいのか?」

 「うーん、そうだね」


 意外にもグレゴリウスは頷かなかった。


 「何かどうでもよくなったんだよね、何でだろ?」

 「それはお前が大人になったんだろ」

 「そうかもね♪」


 昔から飄々とした奴だったが、今はもっと掴み所がなかった。


 「とにかく、今は眠くて仕方がないね」

 「良いベッドを手配しよう、最高にな」


 グレゴリウスは命の恩人だ。怠惰な俺でも面倒臭がったりはしなかった。


 「ありがとう♪ お言葉に――……」


 ――ばたんっ、グレゴリウスがその場で倒れた。


 「……すぅー……すぅー」

 「もう、寝てやがる」


 どうやら、空上龍太との戦いは相当熾烈なものだったらしい。


 「まっ、ありがとな」


 俺は二度目の感謝の言葉を述べた。


 「……」



 ……無論、爆睡中のグレゴリウスは聞いてなどいなかった。







 ――ヲゼ大陸、ケルバニア大陸。


 「……」

 「おはよう、よく寝てたね」


 ……目が覚めると〝しゃち〟がワシに微笑み掛けた。


 「……」


 ワシは〝しゃち〟を見て、周囲を見渡し、最後に自分の姿を見た。


 「……どうやら、ワシは敗北したようじゃな」


 「うん、まあね」


 ワシの言葉を〝しゃち〟は遠慮なく肯定した。

 ワシは炎で奴は水、確かに相性は最悪であった。

 敗北、それは仕方のないことなのかもしれなかった。

 しかし、ここまでとは流石のワシも予想外であった。


 「……まさか、傷一つ付けることができなかったとはな」


 ……そう、この戦い奴は攻撃を一切食らうことなく勝利したのだ――この〝四大賢者〟の一人であるワシを相手にしてだ。



 ――圧倒



 ……〝しゃち〟とワシの力の差は歴然であった。


 しかも、驚くべきはそれだけではない。


 「お主、手を抜いておったじゃろ」

 「どうかな♪」


 ワシの問い掛けに〝しゃち〟は飄々とはぐらかす。


 ……そう奴は本気を出していなかった。


 それでいて、奴はワシに圧勝したのだ。

 完敗という他なかった。


 「……殺せ、ワシにもう戦う力は残っとらん」

 「別に殺さないけど」

 「……?」


 ……確かに〝しゃち〟から殺意のようなものは感じなかったが、奴の攻撃的な性格から発せられた言葉としては違和感があった。


 「いや、別にあんたの命になんて興味ないよ……僕の目的はあんたの研究成果と決闘の機会だけだからね」

 「……」


 ……確かに最初に言っていたが本気だったのか。


 「という訳で、教えてよ――研究成果の保管庫の在処を」

 「よかろう、約束じゃからな」


 勝者は〝しゃち〟で、敗者はワシだ。敗者は勝者に従う義理があった。


 「今から話す場所へ向かうといい、そこにワシの書庫がある」

 「……♪」


 素直に服従するワシに、〝しゃち〟が恍惚な笑みを浮かべる……大方、書庫を焼き払う光景を想像して興奮しているのだろう。


 (……呆れた狂人じゃな)


 ワシは心中で溜め息を吐いた。


 「話すぞ。ここから西へ二キロ離れた洞窟へ向かい――……」


 ……そして、ワシは隠し書庫への道程を話した。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「 賢者様、無事ですか! 」


 ……〝しゃち〟がいなくなってからしばらくして、カムベルト兄弟が駆け寄ってきた。


 「……これが無事に見えるか」


 魔力も体力も果てたワシは一歩も動けなかった。


 「まあ、命に別状はないが」

 「すみません、我々が護衛に付いておきながらこのような不甲斐ない結果になってしまうとは」


 兄弟が二人揃って頭を垂れる。


 「頭など下げなくてよい、我々三人は生き残ったのだ」


 そう、我々は生き残った。


 「寧ろ、頭を下げるべき人間はワシじゃ」


 ……何名もの若い命を犠牲にして。


 「今回の戦いで多くの命を失わせてしまった、すまなかった」


 こんな老いぼれの為に一体何人の若い命を失った。それを考えると胸が張り裂けそうになった。


 「……皆っ」


 レオン=カムベルトも悔しそうに俯いた。無理もない、レオンは今回の作戦の班長だったのだ、誰よりも悔しい筈であった。


 「……兄貴」


 弟のシオン=カムベルトも兄レオンを心配そうに見つめる。


 「今は悔いても仕方ない、生き残ったワシらにできることは亡くなった皆の分も戦うことだけじゃ」

 「……そうですね」


 レオンが俯いていた顔を上げた。


 「まだ戦いは終わっていませんでしたね」


 レオンが強がりの笑みを浮かべた。


 「生き残るぞ、シオン」

 「……兄貴」


 レオンにはまだシオンがいた。だから、立ち上がることができた。


 「それが死んだ皆へのせめてもの手向けだ!」

 「おう!」


 ……世界でたった一人の兄弟がいるのだ。何も恐いものないだろう。


 「ふむ、若いのぉ」


 そんな二人が眩しくて仕方がなかった。


 「とにかく、安全な場所にでも移ろうではないか」

 「はい」





 ――ズンッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!





 ……〝何か〟が我々の目の前に落ちてきた。


 『……!?』


 ……それは巨大で、醜悪なおぞましい〝何か〟であった。







 ――〝何か〟、上陸から五分後。



 ……〝何か〟は風の谷へと向かっていた。


 しかし、その道中、〝何か〟は三名の敵と遭遇した。


 敵と遭遇後、十秒後――戦闘は始まる。


 そして――……。



 ヴァン=シエルスタン



 レオン=カムベルト



 シオン=カムベルト




 ――死亡。



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