プロローグ 『 腹が減っては戦は出来ぬ。 』
――たぶん、今日、俺は死ぬ。
夕暮れ。
快晴。
……俺の身体はもう動かなかった。
全身は千切れているんじゃないかってぐらいに痛くて、腹から流れる血は体温や意識と共に身体から抜け落ちていた。
身体は金縛りあったかのように、背中を地面から離すことができなかった。
「 辞世の句は、何かあるかい? 」
……そんな俺を見下ろす男がいた。
その男は長い白髪をなびかせ、黒い瞳で俺を見下ろし、雰囲気は雲のように飄々としていた。
「……〝白絵〟」
そいつの名は〝白絵〟。魔王と呼ばれた男である。
俺はこの男に戦いを挑まれ、敗れ――……。
……そして、殺されそうになっていた。
「辞世の句があるなら一つぐらい聞くよ。だが、無ければ黙って死ね」
「……」
……辞世の句、か。
俺は少し考える。
頼む、殺さないでくれ……死んでも言いたくねェな。
親父、お袋、生んでくれてありがとう……いや、二人の顔、全然覚えてねェな。
(……これしかねェな)
――ギロリッ……。俺は〝白絵〟を睨み付けた。
「 てめェが死に晒せ、糞野郎 」
……俺は最期の力を振り絞って中指を立てた。
「 〝白轟〟 」
――白
「ガッアァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」
視界が真っ白になる。
全身に激痛が駆け抜ける。
意識は一瞬にして蒸発する。
死 に た く ね ェ
……俺は心の底から叫んだ。
まだ、やり遺したことが沢山あった。
俺の帰りを待っている仲間がいた。
「 こんな所で死ねるかよッッッ……! 」
――俺は光の中から腕を伸ばした。
「 ならば死ぬまで殺そうか 」
――轟ッッッッッッッッッ……! 無情にも光が更に強くなった。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」
……今度こそ完全に意識がぶっ飛んだ。真っ白になった。
「バイバイ――……」
……消え行く意識の狭間。
「 〝空門〟 」
……遠くから〝白絵〟の声が聴こえた。
「 来世でまた逢う日まで……♪ 」
……そして、俺の意識は途切れ、暫しの眠りにつくのであった。
……誰かを救いたいと思っていた。
目が覚めると暗闇の中にいた。
ここには俺しか居なかった。他には何も、誰も居なかった。
……つぅ、頬に温かい水滴が滴り落ちた。
その世界で俺は何故か泣いていた。
悲しいことがあった訳ではない、歓喜のあまりに泣き出した訳でもない。
……だけど、確かに何かがあったんだ。
何も思い出せないし、何もわからないけど、それだけは何故かわかってしまった。
しかし、それは昨日見た夢のように思い出すことができなかった。
「……俺は誰かを救いたかったんだ」
暗闇の中、俺は一人呟いた。
「だけど、俺はその誰かを守れなかったんだ」
……それだけは何故か思い出せた。
「……思い出せない。思い出せないんだ」
俺はそっと瞼を閉じた。
「……」
……そして、俺は少しずつ記憶を辿っていった。
――俺の家は書道の名家であった。
父も、祖父も、曾祖父も、皆世間に名を轟かせていた。
小学生時代の俺も、そんな父親や祖父に憧れて、プロの書道家を目指していたんだ。
……毎日、字を書いたんだ。
……友達と遊ぶ時間を削って、習字教室に通ったり、大会に応募したりもした。
――お前は俺のようにはなれない。
……親父の言葉。
……突きつけられた現実。
俺に書道の才能は無くて、早い段階で父親からは見切りをつけられていた。
仕方無いと思う。だって、父親はプロでそれで家族に飯を食わせていたからだ。
ある日からか、俺は書道から縁を切ったのであった。
――俺には弟がいた。
そいつは書道の才能に恵まれていた……まあ、才能に恵まれているのは書道だけじゃなかったけど。
父親は弟に付きっきりで書を教えていた。俺に期待を向けることはなかった。
……幼くして、俺は己の存在価値を見失った。
高校卒業の前後の受験戦争に早々に脱落した俺は、実にあっさりとニートになっていた。
努力が何よりも嫌いだった俺らしいと思う。
他の奴らより早く自分の人生に見切りをつけていた俺にとって、努力は何よりも苦痛だった。
だってそうだろ? 努力ってやつは成功や幸せを勝ち取る為の所謂、先行投資なんだ。
だが、俺は自分の人生は下らないものと思っており、未来に希望なんて一ミリも無いと諦めているんだ。そんな奴に努力する必要は無いだろ?
――だって欲しい未来なんて何処にも無いんだから……。
……と、そんな言い訳を五年間は続けていた俺は依然としてニートだった。
あと、彼女もいないし、童貞だし、ヒョロガリで陰険メガネ野郎だった。
顔も性格も根性も腐っている俺だが、家の稼ぎは良く。父親と大学生兼書道家の弟のお陰でニートを続けられた。
……もう、俺、死んだ方がいいんじゃないかな?
そう何度も思ったものだ。
でも、死ななかった。死ぬのが恐いからだ。本当に情けないことに……。
命の尊さなんてわからない。それなのに俺は命にしがみついていた。
ただ純然たる死の恐怖がそこにはあった。
生きたいから生きるのではなくて、死にたくないから生きる。結果は同じなのに中身は全くの別物だった。
……俺はそんな俺が大嫌いだった。
生きる希望も無くて、だからと言って死ぬ勇気も無くて、俺はただダラダラと生きていた。
本当に最低だと思う。思うだけで働く訳ではないが……。
惰性の呼吸。
無意味な日常。
怠惰な人生。
……そんな毎日が続いて、
……それで、
……それで?
「……」
それで? それで? それで? それで? 父さん それで? 思い出せない? それで? 龍二 それで? 母さん それで? 葬式 それで? それで? それで? 思い出したくない それで? 嫌だ それで? それで? 甲子園 それで? 就職 それで? それで? 死にまして それで? それで? 血 それで? 頭痛いよ それで? それで? 脳みそぶちまけて それで? 蝉 それで? 蝉 それで? 蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉蝉――……。
(……あれ? 駄目だ)
……思い出せなかった。
……思い出そうとしても、騒がしい蝉の声が邪魔をした。
――思い出したくない。
そんな風に身体が駄々を捏ねているようであった。
……それから俺は何度も記憶を振り返る。しかし、最後まで思い出すことができなかった。
……………………。
…………。
……。
『 ゲームの説明をいたします。 』
……しばらくすると、真っ暗な世界で声が聴こえた。
……見渡す限り黒色であり、この世界には街も地面も空も、何も無かった。ここにあるのはただの暗闇だけだった。
否、たった一人(?)、何者かがいた。
「……ロボット?」
鉄の皮膚に、機械的な関節、長い金髪にゴシックなデザインのドレスを身にまとった、少女型のロボットであった。
『 ワタクシは今回のゲームの説明を務めさせて頂きます、〝ガイド〟です。以後、お見知りおきを……。 』
……〝ガイド〟と名乗る少女型ロボットがスカートの端を摘まみ、小さく会釈をした。
『早速ですが、ゲームのルール説明をさせて頂きます。』
〝ガイド〟は機械的な口調で説明を始めた。
『 まずはレベルを上げましょう。レベルを上げればゲームを有利に進めることができます。 』
……レベル? 確かにゲームみたいだな。
『 レベルを上げたら魔王をぶっ殺しましょう。魔王を殺せばゲームクリアです。 』
……ぶっ殺すって、オイオイ。
『 ゲームをクリアしたならば死んだ人間を甦らせることができます。 』
……なんじゃ、そりゃ。
『 ただし、死んだらゲームオーバーです。一度ゲームオーバーになった人間は甦らせることができません。 』
……死んだら甦らないのに、どうやって死んだ人間を甦らせるのだろうか? ……〝ガイド〟の話は矛盾していた。
『それでは、これよりゲームを開始します。心の準備は宜しいでしょうか。』
「……ちょっ、ちょっと待ってくれ」
『……何でしょうか。』
俺の制止の声に〝ガイド〟は止まってくれた。
「何で、俺がゲームに参加しないといけないんだよ。俺はただの冴えないニートだ、そんな奴に何ができるんだよっ」
『……。』
……俺の直感は言っていた。
――お前、死ぬぞ
……この先には地獄がある。絶対に行くな。そう脳が囁いた。
それはただの勘。悪寒、不吉な予感。何の根拠のない勘。
しかし、悲しいことに。
(……俺の悪い予感はよく当たる、残念だが)
だから、この誘いは断るべきだと思った。何より〝ガイド〟の話の全てが嘘臭かった。
「悪いが、俺はゲームを降りさせて
――斥力。強大な斥力が俺の身体にのし掛かった。
(――重っ
次 の 瞬 間 。
――グシャッッッ……! 重さ六十キロの肉と血が飛散した。
『 為りません。 』
……〝ガイド〟が静かに、俺の選択を否定した。
『 戻れ。 』
――〝ガイド〟がそう唱えると、飛散した肉と血が一ヶ所に集まる。
「――ッ!?」
……気づけば、俺は真っ暗な床に尻餅をついていた。服や手には血は一切付いていなかった。
『もうゲームは始まっております。ゲームを降りたければ、ゲーム開始後にもう一度死ねば降りることができます。』
「……」
『無論、その時には今の数百倍の激痛が伴いますが。』
「……」
……少なくとも、最低限スタートラインに立たなければならないようであった。
『貴方は逃げられません。戦うしか道はありません。』
「……………………マジかよ」
……どうやら選択肢など、最初から準備されていないようであった。
「……わかったよ。だが、他に聞きたいことがある。構わないか?」
『構いませんよ。参加者に説明するのは〝ガイド〟の義務ですから。』
〝ガイド〟は機械的に頷く。
『それで聞きたいこととは。』
「……何と言うかさ。こういうパターンってさ、チートスキルとか伝説の武器とか貰えたりしないのか?」
『 ありませんよ。 』
……無いんだ。
『一つ付け加えさせて戴きますと、スキルや伝説の武器のようなものは確かにあります。しかし、それは自らの力で覚醒させるか、探し出すしか手に入れる手段はありません。』
「……甘くない異世界だな」
『はい、ですから気をつけてください。』
……何を?
『これから向かう世界は暴力至上主義の弱肉強食の世界です。その世界で貴方は蟻のように小さな存在でしかありません。』
……蟻って。
〝ガイド〟は機械的な声で言葉を紡ぐ。
『 魔王――〝白絵〟 』
『 その配下にいる精鋭――〝魔将十絵〟 』
『 最低最悪の大罪人――〝七つの大罪〟 』
『 最凶最悪の盗賊団――〝KOSMOS〟 』
『 大陸最強の魔導師――〝四大賢者〟 』
『 謎の流浪集団――〝空龍〟 』
『 反魔王組織――〝噛み千切る者〟 』
『……この世界には強者に溢れています。』
「……」
……うん、ヤバそうだな。
「あのー」
『どうかされましたか。』
「やっぱりゲームに参加しないってのは無し、か?」
『 無しです。 』
――突然。強烈な眠気が襲い掛かった。
『それでは〝ゲーム〟を開始します。』
「……」
反論しようにも、強烈な眠気に遮られ言葉が出なかった。
『名は○○○○、年齢25歳、性別男。これより異世界へ精神を転送します。』
「……」
……俺の年は23歳なんだが……まあ、どうでもいいな。
『それでは良い旅を……。』
……元より真っ暗な世界だ。もう、目を開けているのかも閉じているのかもわからなかった。
『 ゲームスタート。 』
――俺の意識は一瞬にして遠退き、間も無くして何も考えられなくなった。
……薄れ行く意識の中、俺はふと思った。
――何で、俺はゲームに参加させられたのだろう?
……そんな疑問を胸に、俺は深い眠りについた。
……………………。
…………。
……。
――ぱしゃんっ……。
「 …… 」
……肌を撫でる風がやけに心地よかった。
……手足には芝生のチクチクとした感触がして、頭の下は柔らかく、温かかった。
……風が草木をなびかせる音、水が跳ねる音が聴こえた。
……草と土の臭いが鼻腔を通り抜けた。
「 ? 」
……俺は恐る恐る瞼を開いた。
……久し振りの陽光はやけに眩しかった。
……ぼやけていた視界がやがて鮮明になる。
「……………………えっ?」
……目の前に広がる光景に、俺は間抜けな声を漏らした。
「……あれ? 目を覚まされたのですか」
……女の子がいた。
……その背景にはエメラルドブルーの湖が広がっていた。
……そして、女の子はすっぽんぽんであった。
「あっ、あまり動かれては傷が開きますよっ!」
そう言って、駆け寄る女の子。
「お加減は大丈夫ですか? わたしが見つけたときからずっと眠っていたんですよ」
「おっ、おぉ」
目の前に裸の女の子がいた。
小動物のような円らな瞳に、絹のように綺麗な白い肌、肩まで伸ばしたセミロングのサラサラな髪、そして、何より目を見張るのは幼い顔立ちとはアンバランスな豊満な胸。
……まごうことなき美少女であった。
「そうですよ! 凄く心配したんですよ、だって怪我は無いのに服は血塗れだったんですからっ」
「……血塗れ? ――うわっ!? 本当だ!」
少女の言うように俺の衣服は血塗れだった。それなのに、身体はどこも痛くはないし、無論怪我も見当たらなかった。
「……身に覚えはないのですか?」
「ああ、何せここでの記憶が曖昧でな」
……俺は突然真っ暗闇な世界に連れてこられて、そこで〝ガイド〟から意味不明な説明を受けて、そして、今ここにいる。それ以外の記憶は無かった。
「……ここでの? 違う大陸から来られたのですか?」
「……あっ、ああ。そんなとこかな」
……「異世界から来た」って言っても話がややこしくなりそうだったので、俺はテキトーに流した。
「 てか、それよりも 」
「……ん?」
少女が可愛らしく小首を傾げた。
「……その……服、着た方が」
眼福ではあるが、流石にいつまでも堂々と見るのは気が退けた。
「……………………ふぇ?」
少女の視線が、俺から自分の身体へ移動する。
「……」
少女は一瞬真顔になる。
「……(カァァァ」
次第に顔が真っ赤になった。
「大変お見苦しいものをお見せしましたーーーッ!」
少女はつむじ風のように、瞬く間に茂みに駆け込み、着替えるのであった。
「……」
……もう少しだけ見とけば良かった、と思った。ちょっとだけ。
……………………。
…………。
……。
「えっと、えー、お名前を御伺いしてもよろしいでしょうか?」
着替えが終わった少女がそう訊ねた。
「……俺?」
「はい♡」
別に名乗る程の者ではないが、介抱してもらった恩があるので、俺は素直に少女の質問に答える。
「 空上龍太 」
……それが俺の名前である。
「タツタさん、でいいですか?」
「……ああ」
俺は頷き、周囲を見渡した。
「……ここは何処なんだ?」
……深い森。
……右手側には西洋風の街並みが広がり、
……左手側には広大な草原が広がっていて、
……空には巨大な鳥が飛び、
……草原には兎と白豚を足して二で割ったような珍生物が駆け回っていた。
「シクロマの森です。タツタさんは向こうの方で倒れていたんですよ」
「……向こう?」
俺はギルドの手を差し出した方、後ろへと視線を傾ける。
……そこには荒れ果てた大地が広がっていた。
抉れ、露出した地面。
焼け焦げた大地。
それが俺の目の前に広がっていた。
「……戦争でもあったのかよ」
「……? 覚えてないのですか?」
ギルドが怪訝にこちらを見つめる。
「……悪い、どうやってここまで来たのか覚えていないんだ」
……覚えていることといえば灰色の青春時代とクソったれなニート時代。それと、ここに飛ばされる直前の〝ガイド〟とのやり取りだけであった。
「そうですかー」
少女は「なら」と一言挟んだ。
「 わたしの名前はギルド=ペトロギヌスです 」
……少女は突然、自己紹介を始めた。
「思い出せないことは仕方がありません。でも、ここで出逢ったのも何かの縁です、もしかしたらあなたがわたしの助けになったり、わたしがあなたの助けになるかもしれません」
ギルドと名乗った少女は優しげな口調で話し掛けてくれた。
「……なのでわたしはその出逢いを大切にしたいと思うのです」
「……そうか」
確かに、今現在、俺は倒れているところをギルドに介抱してもらっていた。ギルドのその考えに俺は救われたのだ。
「……ありがとな、ギルド」
「いえいえ、どういたしまして」
ギルドは朗らかに笑った。何て綺麗な笑顔だろうと思った。
「あの、タツタさん」
「何だ?」
「タツタさんには親しい人はいないんですか? もしくはタツタさんをよく知る人はいませんか?」
「……」
……親しい人、か。
(……いないよな、そんな奴)
……ひねくれもので
……コミュ障で
……人一倍不器用で
……ニートな俺。
(……そんな俺に大切な人なんて)
「……」
(……大切な人なんて)
「……タツタさん?」
……ギルドが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。
少し距離が近くてドキッとした。不覚にも。
「ああー、親しい人か。悪いが記憶が曖昧で覚えていないんだ」
「それはそれは失礼しました」
「……別にいいよ」
……ちょっと空しくなったけど。
(……俺に親しい人はいない。だから、甦らせたい人はいないんだ)
思い返すのは〝ガイド〟のルール説明。
――ゲームをクリアしたならば死んだ人間を甦らせることができます。
……俺の甦らせたい人間って誰だ?
そんな人、誰一人思い当たる節が無かった。
家族は健在で、親戚付き合いもほとんどない、友達もいない。
(……じゃあ、何で俺はこの世界に呼び出された?)
俺に生き返らせたい人なんていないのに……。
――俺じゃなく、あいつが生き残ればよかったんだ
(……いや――いた)
……俺は確かに誰かを生き返らせたいと願っていた。
しかし、思い出せないのだ。
――ズキンッ
……頭痛が追想の邪魔をする。
(……思い……出せない)
記憶にモザイクが掛かっているようなそんな感じであった。
(……記憶が抜け落ちている)
恐らく、あの〝ガイド〟といた暗闇の世界に連れてこられた直前の記憶が無くなっていた。
(……いつか思い出せるのかな)
とにかく、当分は記憶を取り戻す努力をしよう。魔王を倒すかどうかはその後だな。
「 タツタさん 」
――ギルドの顔が目の前にあった。
「どっ、どうした」
……ちょっとビックリした。
「いえ、ぼーっとしているようですが傷でも痛みますか?」
「いや、別に何でもないよ」
……と、その時である。
――グウゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
……腹の虫が鳴った。
「……」
「……………………すまん」
別に悪いことはしてないが謝った。
「あははー、確かにもうお昼の時間でしたね」
ギルドが立ち上がって、街の方を見つめた。
「ご飯食べます? トロントペローナを今から作ろうと思っていたのですが?」
……トロントペローナ、て何?
「……いいのか?」
「はい♪ ここで会ったのも何かの縁ですので」
これはまあ、何とも素晴らしい縁である。
「それじゃあ、戴こうかな」
「任せてください、腕によりを掛けて作ります♪」
俺も立ち上がり、街へ向かうギルドの後ろへ続いた。
(……課題は山積みだな)
わからないことが多すぎる異世界生活。
自分のことすらよくわからない不安な旅の始まり。
(……まあ、今はいいか)
今はギルドの作る昼食とやらを楽しみに待つとしよう。
……「腹が空いては戦は出来ぬ」、昔の偉い人も言っていたのだから。