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 第284話 『 ガチンコ勝負 』



 「……どんな手品を使いやがった」


 ……意味がわからなかった。

 俺は確かに〝極大・黒鎌鼬〟を放ち、タツタは直撃した。


 (……今に思えば違和感もあった)


 〝極大・黒鎌鼬〟は通常の〝鎌鼬〟の五倍の威力を誇る〝黒鎌鼬〟の更に三倍の威力を込めた一撃だ。

 それなのに巻き起こした被害は建物の窓を割ったり、砂埃を舞わしたりする程度であった。


 (……あまりに弱すぎる)


 この程度の被害で収まる筈がなかった。


 「説明しやがれッッッ……!」



  黒   鎌   鼬 ・ 乱



 ――俺は計八発の〝黒鎌鼬〟をタツタ目掛けて放った。


 「 無駄だ 」


 ……しかし、タツタは一歩も退かずに正面から〝黒鎌鼬〟を受けた。


 「俺に〝黒鎌鼬〟は通用しない」


 ……舞い上がる粉塵。

 ……吹き抜ける突風。


 ……タツタは平然と立っていた。


 「……打ち消した、だと」

 「ああ」


 タツタは静かに頷く。


 「これが〝零の境地〟だ」

 「……零の……境地?」


 ……初めて聞く言葉であった。


 「なあ〝空門〟。お前、魔力を出し切ったらどのくらいで完全回復できる」

 「……あ゛っ?」


 タツタがいきなり質問してきた。


 「お前は魔力〇の状態からマックス一〇〇パーセントまでどのくらいの時間で復活できるんだ」

 タツタの質問に答える義務はなかったが、隠すことでもなかった。


 「だいたい三時間だ。まあ、そのときの体調もあるがな」

 「俺もだよ」


 ……だから、何だと言うのだ。


 「俺が言いたいことは魔力の完全回復する速度はおおよそ皆一緒ってことだよ」

 「だから何だって言うんだよ……!」


 タツタの遠回しな言い回しに俺は苛立ちを覚えた。


 「まだわからないか、俺達は約三時間掛けて〇から一〇〇まで回復するんだ……周囲の〝魔素〟を吸収してな」

 「――」


 ……そこで俺はタツタが言いたいことを察した。


 「そうお前の五倍の魔力量の〝空龍〟も周囲の〝魔素〟を吸収し、三時間で完全回復するんだ」

 「……成程な」


 カラクリは解けた。

 〝空龍〟に限らず、全ての人間は空気中に存在する無数の〝魔素〟を取り込み、魔力に変換してそれを元に魔術を行使している。

 確かに、タツタレベルであれば例え全力で〝魔素〟を吸収しようとしても、その速度はたかが知れている。

 しかし、〝空龍〟の魔力は違う。〝空龍〟の魔力量はタツタのおよそ二十五倍、その吸収速度は凄まじく、空気中の〝魔素〟どころか人や魔術からも〝魔素〟を吸収するのだ。

 ……これが〝零の境地〟の正体であった。

 タツタは〝空龍の呼吸〟を発動し、一度一挙に放出する。すると、身体はタツタの意識とは無関係に〝魔素〟を吸収するのだ。

 それは〝魔素〟で構築された魔力、魔力で構築された魔術も同様に吸収されるということである。

 この〝零の境地〟は大量の魔力量の者であれば誰にでもできる……という訳ではない。

 通常、〝魔素〟には種類があり、適合した〝魔素〟以外の〝魔素〟は身体が受け付けないようになっている。

 しかし、〝空龍〟は無属性……あらゆる魔術を操れない代償に、あらゆる〝魔素〟を取り込むことができるのだ。

 故に、タツタの〝零の境地〟に吸収できない魔術はなかった。


 「……だが、気に食わねェな」


 俺には一つだけ引っ掛かることがあった。


 「何故、俺に〝零の境地〟の正体をバラした」


 そう、バラさなければ俺はあと何発か無駄撃ちをし、魔力を消費していた筈であった。


 「……できれば使いたくなかったんだ」


 ……それがタツタの答えであった。


 「この勝負は空上龍太と〝空門〟の戦いだ。だからこそ、俺は〝空龍〟の力にはなるべく頼りたくなかったんだ」


 タツタが〝空龍の呼吸〟を解除し、同時に俺への〝闇黒染占〟も解除された。


 「だけど、使わざるを得なかった。そうでもしなければお前に勝てないからだっ」


 タツタは心の底から悔しそうに歯を食い縛っていた。


 「俺には俺の帰りを待っている奴がいる、必ず強くなって帰ってくると誓った仲間がいる……だから、どんなに格好悪くてもてめェに勝つ」


 タツタが刃を構えた。


 「俺、空上龍太は今日この日を以て〝空門〟を超える……!」



 ――ゴッッッッッッ……! 俺は建物の壁を殴り付け、大きな亀裂が走らせた。



 「 格下が一丁前にフェア精神掲げてんじゃねェぞ……! 」


 ……やはり俺は納得していなかった。


 「それに勝ちたいんだったら〝空龍の呼吸〟解除してんじゃねェッ、そういう態度がムカつくんだよォ……!」


 そう、〝空龍の呼吸〟の作戦はまだ攻略されていなかった。なのに、タツタは早々に作戦を終わらせていた。


 「やるんだったら徹底的にやりやがれ! この半端野郎がよ……!」


 「 勘違いしてんじゃねーよ 」


 ……煽られていた筈のタツタが不敵に笑んだ。


 「俺は甘さや義理で〝空龍の呼吸〟を解いたんじゃねェし、ましてやお前を舐めてもいねェ」



 超  ・  闇  黒  染  占



 ――ドッッッッッッ……! タツタから〝闇〟の魔力が吹き出した。


 「気づかなかったか?」


 タツタが圧倒的初速で飛び出した。


 「俺がずっと魔力が回復するのを待っていたこと」


 ――タツタの刃が空を切る。


 「そして、お前の魔力も」


 ――俺も刃を振るう。


 「 既に九割近くを失っているってこと 」



 ――衝突する二本の刃。



 ……押し負けたのは?




 ――俺の身体が宙へ弾かれた。




 「 俺はただ〝空龍の呼吸〟を下げたんじゃない、〝闇黒染占〟で勝ちに来たんだよ……! 」


 俺の身体が建物に叩きつけられ、窓をぶち抜き、部屋の中を転がった。


 「……っ!」


 俺はすぐに立て直し、立ち上がる。


 (……俺が押し負けるとはな)


 タツタの言う通り、今の俺の魔力とタツタの魔力はほぼ互角であった。


 (……まさか〝闇黒染占〟でここまで魔力を失っていたのか)


 ここまで魔力を失ったのは久し振りであった。


 「……ハッ、いいじゃねェか! ギリギリ上等! 戦いってやつはこうでなくっちゃなァ……!」


 俺は建物から飛び出し、再びタツタと対峙した。


 「今度はこっちから行かせてもらう」


 ――ドッッッッッッ……! 俺は真っ正面からタツタに斬りかかる。


 「 ぜ! 」


 空  龍  心  剣  流


 ――居合い切りの構えをする。



     羅     せ



挿絵(By みてみん)


 「――」


 ……視界が真っ暗になった。



   第    六    感



 ――頭上から殺気を感じた。


 「上か……!」

 「正解」


 ――俺の刃とタツタの刃が交差する。


 「クソうざってェ〝特異能力スキル〟だなっ……!」

 「そっくりそのまま返すよ、その台詞」


 俺とタツタは後ろへ跳び、間合いをとる。


 「行くぞ」

 「いつでもどうぞ」


 俺が斬り掛かる。


 ――タツタは俺の刃を受け流し、すぐに斬り掛かる。


 ――俺は身を翻して斬撃を回避する。


 「うらァ……!」


 ――タツタの土手っ腹に蹴りを叩き込んだ。


 「――ッ!」


 タツタは十数メートルと吹っ飛ぶも、鉄の柱に着地する。


 「今度はこっちから行くぞ」



   黒    飛    那



 黒い斬撃が放たれる。


 「やっと来たか……!」


 ――俺は〝黒飛那〟を叩き斬る。


 ――スカッ……! 刃が空を切る。


 (――フェイクか


 「 正解 」



 ――偽〝黒飛那〟を壁に、タツタが懐まで迫っていた。



 「 〝超〟 」



  闇   夜   崩   拳



 ――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 〝闇〟の魔力で強化された拳骨が土手っ腹に叩き込まれた。


 (――おっ……重ッ!)


 俺は弾丸のように弾かれ、建物一つ突き破って空中へ投げ出される。


 (……早く……体勢を立て直さ)


 ――タツタが俺の上空へ回り込む。


 (……やべェ、空中じゃ避けらんねェ)


 「 〝超〟 」



  あん      すい   しょう



 ――ゴッッッッッッッッッッッッ……! タツタの強化された正拳突きを叩き込まれ、俺は勢いよく落下した。


 「――くぁッ……!」


 〝闇〟の魔力で強化された二連撃、流石に効いた。


 (……やべェ、ちょっと食らいすぎたな)


 辛うじて立ち上がれはするが、足元がふらついた。


 (……パワー勝負では互角。だが、〝極黒の侵略者〟による小細工が邪魔くせェ)


 まさか、物をただ黒く染めるだけの能力にここまで追い込まれるとは思わなかった。


 「足元が覚束ないようだが、もうギブアップか」


 タツタが俺の前に立ち、挑発する。


 「バーカ、誰がギブアップなんてしてやるかよ」


 俺は中指を立てて、挑発し返した。


 「そうかい」


 タツタが刃を構えた。


 「だったら留目刺してやるよ……!」


 ――そして、圧倒的初速で飛び掛かった。


 「……」


 ……俺は考えるのをやめた。


 ……向いていなかったんだ、あれこれ考えながら戦うことに。



 ――斬る。



 ……それだけでよかった。


 ……それが最も大事なことだった。










 ――斬ッッッッッッ……! タツタの斬撃が俺を切り裂いた。



 「……かわさ……なかった?」


 ――ガシッ……! 俺は動揺するタツタの手首を掴んだ。


 「……斬る」


 ――斬。


 ……頭の中にはその一文字しか無かった。


挿絵(By みてみん)




 ――斬ッッッッッッッッッッッッ……!



 ……斜め一閃。俺はタツタを切り裂いた。


 「――ッ!」


 タツタは俺の腕を弾いて、後ろへ下がった。


 (……粘りやがる。斬撃の瞬間、咄嗟に身体を捻って致命傷を避けやがった)


 とはいえ傷は深い。そう長くは立ってはいられないだろう。


 「――ごふっ」


 ……俺も血を吐いた。


 「……こっちもヤバいかもな」


 流石に食らいすぎた。こっちも限界が近かった。


 「……なあ、タツタ」

 「……何だよ、〝空門〟」


 俺は刀を地面に刺して何とか立ち続けていた。


 「もう、互いに限界が近い……お前もそうだろ」

 「勝手に決めんなよ、アホ」


 タツタも強がってはいるが、鉄の柱にもたれ掛かっていなければ立っていられない程に疲弊していた。


 「俺も全然余裕だがそろそろてめェと殺り合うのも飽きたんでな」


 アイツが強がるので俺も強がる。


 「次の一撃で決めようじゃねェか」

 「……ハッ」


 俺の提案にタツタは強気に笑った。


 「その話乗るぜ。俺もてめェの顔は見飽きたからよ」

 ……何とか話はまとまった。


 「そんじゃあ、幕引きだ」


 タツタが抜刀の構えをした。


 「そうだな、幕引きだ」


 俺も抜刀の構えをした。



 ――ドッッッッッッ……! 両者、同時に飛び出した。



 「「 てめェの死でなァ……! 」」




     神     月



     鎌     鼬




 ……そして、二つの刃が交差した。


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