第283話 『 零の境地 』
……赤。
……真っ赤な血。
……宙を舞う真っ赤な血。
「……ッ!」
……胸から腰にかけて激痛が走る。
……痛みは鮮明なのに意識だけが抜け落ちていった。
「――がっ!」
……俺は堪らず膝を着いた。
――迫り来る凶刃。
「――ッ」
俺は咄嗟に刃でガードする。
――刃と刃が交差する。
「 ぬるいな 」
……俺の足が地面から離れた。
「お前はもう負けてんだよ……!」
――俺の身体が宙へ弾かれた。
(なんてパワー
――ゴッッッッッッッッッッッッ……! 俺は巨大な電波塔に叩きつけられた。
「――がッッッ……!」
電波塔が崩れ落ちる。
俺の真上には既に瓦解した電波塔が迫っていた。
「……クソ……がっ」
――俺は瓦礫に押し潰された。
(……後一歩だったんだけどな)
俺は瓦礫の中で思考した。
別に出ようと思えばすぐに出られたが、今出ても〝空門〟と戦うことには変わらない……だったら、少しでも休憩した方が得であった。
(……さて、どうしたものか)
――短期決戦作戦。
その作戦は既に破綻していた……作戦と言うにはあまりにも練られていない策ではあったが。
(魔力もほとんど残っちゃいねェな)
指先が微かに痺れて震えていた……今更ながら、魔力切れは酸欠の感覚に近いような気がした。
(恐らく、奴の魔力はまだ半分も削れちゃいねェ)
なんせ、〝空門〟の魔力量は俺のそれと比べて五倍はあった。
だからこそ、俺は短期決戦で決着をつけようとしたのだ。
(……にしても、不思議なくらい気持ちは落ち着いてるな)
あの〝空門〟とほぼ魔力切れの状態で戦わないといけないのだ。正直、状況は絶望的であった。
(だけど、何とかなるような気がするんだよなぁ)
……楽観?
……過信?
どちらも今の俺には当てはまらないような気がした。
――ィィィィィィィイイ……。何か巨大な何かが空を切る音が聴こえた。
「 来たか 」
俺は瓦礫を押し退け、すぐに身を屈ませた。
――ズバッッッッッッッッッッッッッ……! 俺の頭上に〝鎌鼬〟が通り抜けた。
「いつまで寝てんだよ! タツタァ……!」
「おはよう、でいいか」
俺は服に着いた砂埃を払い、立ち上がった。
「余裕だな、てめェ」
「別に余裕じゃねェよ。ただ、慌てふためいても良くはならないからしないだけだ」
――〝空門〟のプレッシャーが更に羽上がる。
「そのポーカーフェイス剥ぎ取ってやるよ……!」
鎌 鼬
――風の刃が俺に迫る。
「……風読み」
……しかし、俺は逃げなかった。
そして、俺は風の刃を受け――流した。
「 & 」
超 ・ 闇 黒 染 占
……ドッッッッッ……! 黒い魔力が吹き出し、渦を巻く――〝空門〟を中心に。
「……なん……だとっ」
そう、俺は自分自身ではなく、〝空門〟に〝闇黒の覇者〟を発動したのだ。
本人及び第三者への〝闇〟属性の付与、これこそが〝闇黒の覇者〟の真骨頂であった。
本人や別の属性に〝闇〟の魔力を付与するだけなら、〝おにぐも〟や夜凪と変わらないだろう。
しかし、俺は第三者へ〝闇〟の魔力を付与することができる! しかも、強制的に!
そして、〝闇黒染占〟の特性として、魔力を消費するのは術者ではなく〝闇〟を付与された者――今で言うなれば〝空門〟だ。
「かかってこいよ、〝空門〟」
俺は刃を構えた。
「俺はお前の如何なる攻撃も捌き切ってやる……!」
「やってみろ……!」
――〝空門〟が凄まじい初速で飛び出した。
「つまり今の俺は通常の五倍強いってことだろォが!」
……そうだ。だからこそ、五倍の早さで魔力を消費するんだ。
「だったら一発当てちまえばそれで終わりだ……!」
〝空門〟が刃を構えた。
――来る。
「 空龍心剣流 」
八 叉 連 斬
――迫り来る高速八連斬。
「……見よう見まね」
――キンッ……。俺は〝空門〟の刃に自身の刃を当てた。
流 れ る 雲
――俺は全ての斬撃を受け流した。
「てめェ、そいつは八雲の技じゃねェか……!」
「ああ、猿真似だがな」
本物の完成度には遥かに及ばないが、〝空龍心剣流〟に限れば、軌道が読める分捌くのは容易であった。
「だったらこれなら……!」
……〝空門〟の刃に黒い魔力が渦を巻く。
「……あっ」
……これヤバいやつだ。
黒 鎌 鼬
――黒い〝鎌鼬〟が放たれた。
(……ただでさえ〝超・黒飛那〟と同等の威力の〝鎌鼬〟の五倍の威力!)
「これは逃げるしかねェ……!」
――俺は足下にあるマンホールを蹴飛ばした。
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!
……〝黒鎌鼬〟が全てを吹き飛ばした。
地面も、マンションも、高層ビル群も吹き飛ばされる。
たったの一撃。たったの一撃で半径数百メートルが更地になった。
「……クソッ! やりすぎだろ……!」
俺は瓦礫の中から這い出た。
そう、俺は地下水路へ逃げ込み、直撃を避けたのだ。
とはいえ、地盤が崩れ落石に呑み込まれてしまったのだ。
(……空龍心剣流なら捌けるが、〝鎌鼬〟や体術はアイツの我流。軌道を読むのは難しいな)
黒 鎌 鼬
――再び〝黒鎌鼬〟が迫る。
「――くっ……!」
俺はビルを壁にして逃げる。
「 関係ねェよ……! 」
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 〝黒鎌鼬〟はビル諸とも周囲一帯を吹き飛ばした。
「くあっ……!」
俺は吹っ飛ばされ、地面を転がる。
「タツタァ、てめェはどうやら〝鎌鼬〟が苦手みてェだな……!」
――気づいたか。
……予想よりも早く〝空門〟が勘づいた。
(……だったら話は早い!)
俺は刃を鞘に収めた。
「何だァ、もうギブアップかよ!」
〝空門〟の目には戦意喪失したように見えていた。
「……もう逃げねェよ」
俺は真っ直ぐに〝空門〟と対峙した。
「撃てよ、〝黒鎌鼬〟」
――発動……。
「真っ向勝負だ……!」
空 龍 の 呼 吸
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 俺の魔力が跳ね上がった。
「やっと使ったか、〝空龍の呼吸〟」
〝空門〟が待ってましたと笑った。
「だが、そいつの弱点はもう割れてんだよ」
「……」
そう、〝空龍の呼吸〟……いや〝神速〟には弱点があった。
「〝神速〟はその速さ故にコントロールが難しい上に、肉体に多大な負担を掛ける」
「……」
「お前が〝神速〟で動ける時間は目算――……」
……〝空門〟が俺に手のひらを突きだした。
「 五秒――それが限界だ 」
「……」
――正解。
……〝空門〟の推測は大方正しかった。
俺自身、限界まで使ったことはないが、〝白絵〟戦では二秒、カノン戦では一秒使った感覚だとそのくらいが限界だろう。
しかも、〝空門〟には〝第六感〟がある。
〝第六感〟を全集中力をもって発動すれば、五秒間ぐらいなら〝神速〟をかわしきれるだろう。
〝神速〟が通じない訳ではない。だが、あまりにも無謀であった。
だから、俺は〝神速〟は使わない。
「 ゴチャゴチャうるせェんだよ 」
……しかし、俺は〝空門〟と真っ直ぐに対峙し続けていた。
「お前はただ俺に全力をぶつければいい」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 俺は〝空門〟の十倍はあるであろう魔力を放出した。
「 全て捩じ伏せてやる……! 」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 同時、〝空門〟のプレッシャーも跳ね上がった。
「指図してんじゃねェぞ、三下ァ……!」
〝空門〟が黒い魔力が渦を巻く刃を振りかぶる。
「お望み通り、派手にぶっ殺してやるよ……!」
極 大 ・ 黒 鎌 鼬
――特大の〝黒鎌鼬〟が俺目掛けて放たれる。
「 〝空龍の呼吸〟 」
――俺は両手を迫り来る〝極大・黒鎌鼬〟に向かって構えた。
「 〝改〟 」
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!!!
……〝極大・黒鎌鼬〟が俺に直撃した。
その威力は凄まじく、周囲に突風を巻き起こした。
ビルの窓は砕け散り、粉塵が舞い上がる。
「ひはっ……!」
〝空門〟が嗤う。
「直撃しやがった! お前最高だよ、タツタァ……!」
……嗤う。
「……あ゛っ?」
……笑みが消える。
「 何か面白いものでもあったか? 」
……舞い上がった粉塵がやがて重力に従い、地に落ちる。
「だったら、少しばかり気が早いぜ」
……視界が鮮明になる。
「面白いもんだったらこれから俺が見せてやる……!」
……俺は立っていた。
「……馬鹿な」
しかも、ほとんど先程と変わらない姿であった。
……遂に俺は完成させたんだ。
……〝空龍の呼吸〟のもう一つの姿を。
そう、その名は――……。
空 龍 の 呼 吸 ・ 零 の 境 地
「 さあ、決着をつけようぜ……! 」




