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 第276話 『 襲雨 』



 ……雷帝武闘大会、決勝戦から二週間が経過していた。


 あたし、〝水神〟の〝水〟は雨の降り注ぐ街路を歩いていた。

 耐水性のローブで雨を凌ぎながら目的地へと向かっていた。


 (……さっさと任務を終わらせて城に帰ろ)


 〝白絵〟様やアーク、〝額〟は先に魔王城に帰還し、あたしだけがイクサスの街に残っていた。

 理由は一つ、この街に西の大賢者――ベル=リーンが滞在しているからだ。


 ――〝四大賢者〟を殺せ。


 〝白絵〟様は〝ゲーム〟と称して、それを命じた。

 〝白絵〟様の部下であるあたしは素直にその命令に従うのだ。

 強制されている訳ではない、ただ漫然とそれに従っていた。

 人が死のうが生きようがあたしには興味が無かった。あたしにとって特別なのはお姉ちゃんだけ、それ以外はどうでもよかった。

 ならば、何故〝白絵〟に従う? どうでもいいのであれば、〝白絵〟なんて無視すればいい筈であった。

 しかし、あたしはきっと〝白絵〟様に従い続けるであろう。

 大層な理由なんて無い。否、たった一つ、揺らぎようのない真実があった。


 ――最強。〝白絵〟様はこの世界で誰よりも強い。


 ……それこそがこの世界の真実であった。

 だから、服従する。その判断に間違いはない筈であった。


 (……恨みはないけど殺すよ――〝四大賢者〟)


 気づけば、あたしはベル=リーン宅の目の前に立っていた。


 「到着♪」


 あたしは更に〝絶法〟の集中力を高めた。

 相手は〝四大賢者〟の一人、ベル=リーンなのだ。〝魔眼〟で近づく敵を索敵する恐れがあった。

 だから、あたしは半径一キロ前より〝絶法〟を発動し、ここまで辿り着いたのだ。

 しかも、今日は雨が降っていた。あたしは雨の日の方が魔力を練るのが得意であった。

 故に今晩の〝絶法〟は完璧であった。

 これならベル=リーンに気づかれずに接近し、暗殺することが可能であろう。


 「……」


 あたしは腕時計を覗く。


 ――11時55分


 (……予定より五分早いけど突入しようかな?)


 窓を覗くも、室内から光が漏れている様子はなかった。


 「突入♪」


 あたしは音をたてないよう、水の刃で鍵を破壊し、静かに扉を開いた。


 (……さて、サクッと寝室を探そうかな)


 あたしは摺り足で玄関を抜けた。



 「 ノックも無しに入るなんて無礼なお客様ですね 」



 ――あたしの真横にベル=リーンが立っていた。


 「――」


 ――ベルがナイフを振り抜く。


 (〝水刃〟!)


 ――あたしは咄嗟に水の刃を召喚して、ナイフを受け止める。


 ――二本目のナイフが空を切る。


 (速い……!)


 あたしは咄嗟にかわ――すよりも速く二本目のナイフがあたしの喉元へと迫る。


 (〝特異能力〟――……)



 ――斬ッッッッッッッッッッ……! あたしの頭が宙を舞った。



 「……手応え無し、ですね」


 ベルが呟くと同時にあたしの身体は水に姿を変えた。

 水は一ヶ所に集まり、やがて人の形となる。


 「……これがあたしの〝特異能力〟♪」


 そして、あたしは完全復活した。



 「 〝不死水リバイバル〟 」



 ……肉体を水に変え、あらゆる物理攻撃を受け流し、再生する力。


 「再生能力でもあんたを超えるかもね」

 「生意気ですね」


 ベルは半歩引いてナイフを構えた。


 「……にしても驚いたわ。あたしの完璧な〝絶法〟に気づくなんてね、思ってもみなかったわ」

 「……完璧? 完璧というのは案外脆いものなのですね」


 ベルはあたしから目を離すことなくナイフを手先で遊ばせる。


 「〝四大賢者〟のわたしからすれば筒抜けでしたよ、あなたの〝絶法〟」


 ベルが不敵に笑んだ。


 「言ってくれるじゃないの……!」


 挑発されたあたしは凶暴な笑みを浮かべる。


 「あたしから言わせてみれば、あんたの方が隙だらけね」


 ――スッ、あたしはベルの右腕を指差した。


 「……傷?」


 ……そこには小さな血の粒が滲んでいた。


 「この程度で勝った気でいるなんておめでたい人ですね」

 「いや、あたしの勝ちよ」


 あたしがニヤリと笑った。次の瞬間――……。




 ――バシュッッッッッッッッ……! ベルの心臓から血の花が咲いた。




 「――なっ!?」


 ベルが目を見開いた。


 「これがあたしの〝ステージ形態ツー〟――……」




     イン     ベーダー




 ……それがあたしの〝特異能力〟、〝第2形態〟であった。


 「この力、あたしが魔力を込めた水に溶けた液体を自在に操る能力♪」


 ベルは力なく崩れ落ちる。


 「あたしは魔力を込めた水の針をあんたの体内に撃ち込んだ……その瞬間、あんたの身体を構成する六〇パーセントの水分はあたしのものになった」


 ベルは虚ろな眼差しで俯いていた。


 「……唾液も汗も、そして血も、あたしの隷属になる」


 ベルはピクリとも動かなかった。


 「あんた、大陸一の回復術師だっけ?」


 ……そう、ベル=リーンは●●●いた。


 「どんなに回復できても即死なら関係ないっしょ♪」


 ……午前〇時。


 ……ベル=リーン宅。


 「……」


挿絵(By みてみん)



 ――ベル=リーン、死亡。



 「じゃあね、〝四大賢者〟」


 ベルに背を向けて、玄関へ向かって歩き出す。


 「この勝負、あたしの勝ちだよ」


 そして、あたしはベル=リーン宅を後にした。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「……思ってたより大したことなかったな、〝四大賢者〟」


 ……雨の降り注ぐイクサスの街を、あたしは歩いていた。


 「何にしても任務達成、さっさと城にかーえろ」


 ベル=リーンを殺害する目標を果たしたあたしに、この街に残る理由はなかった。


 (……ぱっぱと帰って〝白絵〟様に報告しよ)


 〝白絵〟様を落胆させたり、裏切ってはいけなかった。何故なら彼は王様であるからだ。

 王様の機嫌を損ねてはいけない。何をしでかすかわからないからだ。

 だから、早くこの情報を届けよう。王様を退屈にさせてはならないからだ。



 「……血の臭い」



 ……その声にあたしは思わず足を止めた。


 「……あんた、誰よ?」


 あたしは頭二つや三つ分の身長差があるであろう男を見上げる。


 「名乗るほどのものでないが折角死ぬのだ、名ぐらい名乗ろうではないか!」


 男は白いスーツを身に纏う、長身の男であった。


 「私の名はジェノス!」


 男は高らかに名乗りをあげる。


 「反〝白絵〟組織――〝噛み千切る者〟、リーダー! ジェノス=クライシスだ!」


 ……反〝白絵〟組織?


 「……あんた馬鹿なの?」


 あたしは心の底から呆れた。


 「あんたが今話し掛けている相手、誰だと思ってんのよ」

 「知っているさ!」


 ジェノスは一歩も怯まない。

 「魔王、〝白絵〟に忠誠を誓った十人の精鋭の一人! 〝水神〟の〝水〟であろう」

 「……」


 ……やっぱりコイツ、アホだ。


 「あんた、身の程知らずという言葉知ってる?」


 ――トッ、細い細い針がジェノスの首根っこに刺さった。


 「あんまりウチ等、舐めない方がいーよ」


 あたしは静かに念じる。


 「 死んじゃうから 」



 ――ブシャ……! ジェノスの頭が吹き飛んだ。



 「言ったでしょ、死ぬってね」


 ジェノスはその場に倒れ混んだ。


 「……って、もう聞こえないか」


 あたしは地面に横たわるジェノスを無視して歩き出した。


 「……」


 「 最近のレディーは恐いな。出会い頭に頭を吹き飛ばすとは 」


 ……あたしは思わず足を止めた。


 「まったく、折角のスーツが台無しだ」


 あたしは振り向き、目を見開く。


 「……あんた……生きて」


 ……ジェノス=クライシスが生きていたからだ。


 「このスーツ、気に入っていたんだがな」

 「どういうカラクリよ、おにーさん」

 「これは弁償してもらわないとな」

 「……」


 ……あたしの問い掛けにジェノスは答えなかった。


 「 死ね 」


 ――あたしは〝水刃〟を片手に飛び掛かった。


 「 御代に君の命を戴くとしようか 」



 ――ギチッッッッッ……! ワイヤーがあたしの身体に絡み付き拘束した。



 「 !? 」


 ……これは極細ワイヤー。

 あたしはワイヤーから逃れようと〝不死水〟を発動した。


 「……………………はっ?」


 ……しかし、〝不死水〟は発動しなかった。


 「 無駄だ。Ms.スイ 」


 ――ジャリッ、ジェノスがあたしの目の前に立っていた。


 「このワイヤーは〝破魔合金〟で造られた特別製のワイヤーだ。これに捕らえられた状態では簡単に魔力は練れないよ」


 ……〝破魔合金〟、だと?


 「君には沢山話したいことがある」


 ……ジェノスが拳銃をあたしに向けた。


 「だが、君が何か手段をとり、このワイヤーから逃れられてもこちらが困る」


 銃口があたしの眉間を捉える。


 「 だから、今すぐ殺す 」


 ……あたしは見た。


 ……目の前に立つ男の顔を。


 「 即殺 」



 ……それはとても冷たい眼差しであった。














 ――午前六時。


 ……イクサスの街で暮らす少年ジャックは、釣竿とバケツを持って今日も村外れの湖へ向かう。

 祖父に教えてもらってすっかり釣りの虜になったジャックは毎日の如く釣りをしていた。

 しかし、その日は釣りに行くことができなかった。


 ……何故?


 答えは気分が悪くなったからだ。

 午前六時に家を飛び出したジャックはその場に釣竿とバケツを落としたのだ。

 無理もない。それほどのショックであった。

 そう、ジャックが見つけたのは人であった。

 血塗れで横たわる少女だった。


 ……世界暦1625年、生まれ。


 ……性別、女。


 ……本名、シリカ=レイヴィス。


 ……二つ名、〝水神〟の〝水〟。


 ……現在地、イクサスの街東通り。


 「……」



 ……死亡。



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