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 第275話 『 死亡 』



 ……クルクルと五本のナイフが宙を舞った。


 迫り来る凶刃。


 わたしは右手を素早く振るう。


 (……弾くっ)


 ――カンッ、わたしは手の甲で刀身を叩き、軌道を逸らす。


 しかし、その隙にベル師匠は空中を舞うナイフの一本を掴み、そのナイフを手首のスナップで投げる。

 ナイフはわたしに向かって真っ直ぐに飛来する。


 ――わたしは無理矢理首を傾いで、飛来するナイフを回避する


 しかし、ベル師匠は一切攻撃の手を緩めなかった。


 「四本っ!」


 ――計四本のナイフがわたしに迫っていた。


 「斬るッッッ……!」


 ――斬ッッッッッ……! わたしは全てのナイフを光の剣で切り裂いた。


 「 それも囮♪ 」


 ――隠し持っていたナイフを握ったベル師匠がわたしの背後にいた。


 「……っ!」


 わたしは咄嗟に〝光剣〟で斬りかかる。



 ――斬ッッッッッ……! ベル師匠のナイフを握った腕が切断される。



 ――0.01


 ……鮮血が舞う。


 ――0.05


 ……ベル師匠の腕が再生を始める。


 ――0.2


 ……完治。


 「――♪」

 (……相変わらずの化け物じみた再生速度ね)


 ――再生したベル師匠の腕が振るわれる。


 「――ッ」

 「半歩遅いですよ♪」



 ――斬ッッッッッ……! わたしの横腹が切り裂かれた。



 「……くっ!」


 ……赤い血の玉が宙を舞う。



  祝   福   の   鐘



 わたしは横腹を押さえたままバク転でベル師匠から離れる。

 そして、靴の踵を削りながら着地する。

 ……その時点でわたしの横腹の裂傷は完治していた。


 「悪くない判断です♪」


 ベル師匠が攻撃の手を止めて朗らかに笑った。


 「再生速度はまだまだわたしには及びませんが、回避しながら再生することによってそのタイムラグを埋めるのは良かったですね」

 「ありがとうございますっ」


 ベル師匠の賞賛の声にわたしは素直に喜んだ。


 「回復速度はまだまだ練習しなければいけませんが、それを余り補うギルドさんの運動能力、また激痛の中でも魔術を発動する精神力は大変素晴らしいです」


 ……回復速度。これが今のわたしの課題であった。


 「朝からずっと修行のしっぱなしでしたので、夕食でも食べませんか」

 「はい!」


 ……確かに凄くお腹が減っていた。回復魔法はカロリーを結構消費するようである。


 「それではその前に、汗をかいたので一緒にシャワーでも浴びましょうか♪」

 「了解です♪」


 ……という訳で、わたしとベル師匠は二人で浴室へと向かった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「 ベル師匠、お背中流させていただきます! 」


 わたしはお世話になっているのでベル師匠の背中を流したいと申し出る。


 「えっと、それじゃあお願いしましょうか」


 ベル師匠は少し考えて、わたしに背中を向けて、バスチェアーに腰掛けた。


 「……」


 ……何というか、ベル師匠の背中はとても綺麗であった。

 シミ一つ見当たらない雪国育ちのような白い肌に、太過ぎず痩せ過ぎない理想的な肉付き、姿勢もよく、背骨のラインのやけに艶かしかった。


 「……綺麗です」

 「……えっと、ありがとうございます」


 思わずわたしは呟き、ベル師匠は恥ずかしそうに俯いた。


 「……(ゴクリッ)」


 ……思わず唾を呑み込んでしまう。


 (ベル師匠、可愛すぎです、ベル師匠ぉ!)


 ベル師匠の可愛らしい仕草にわたしはドキドキしてしまう。


 「それでは、失礼しまーす」

 「はい、よろしくお願いします」


 というやり取りを経て、わたしはベル師匠の背中を垢擦りで擦った。


 「ひゃうっ」

 「すっ、すみません! 痛かったですかっ?」


 いきなりベル師匠が可愛らしい悲鳴をあげたのでわたしは思わず手を止めてしまう。


 「いっ、いえ。そんなことはないのですが、その、普段人に洗ってもらったことが無いのでビックリしちゃいました。えへへ」


 ベル師匠は照れ隠しをするように顔を真っ赤にして笑った。


 (……うーん、同性愛者に目覚めてしまいそうです!)


 さっきから一々可愛いベル師匠にわたしは、何とも言い難い気持ちになった。

 ……それから、わたしは煩悩と闘いながらベル師匠の背中を流し、次はベル師匠がわたしの背中を流すと申し出た。

 わたしは最初遠慮したものの、ベル師匠の師匠権限で背中を洗っていただくことになった。


 「……あの、ギルドさん」


 ベル師匠は背中を垢擦りで擦りながら話し掛けてきた。


 「何でしょうか、ベル師匠」

 「あの、今更訊くことでもないんですが」


 ベル師匠は背中を洗う手を止めずに、質問してくる。


 「ギルドさんはどうして強くなりたいのですか?」

 「……強くなりたい理由、ですか?」

 「はい、ご都合に差し支えがなければ聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


 ベル師匠の質問に、わたしは少しだけ考え、すぐに答える。


 「……酷い姉妹喧嘩をしてしまったんです」


 隠すことでもないので、わたしは素直に答えた。


 「わたしは妹と仲直りしたいのですが、妹はそれを拒んでいます」


 ……アークと最後に会ったのは二ヶ月前、パールの都での決別。わたしはアークに敗れ、彼女と和解することはできなかった。


 「力がいるんです、遠くへ行ってしまう妹を繋ぎ止める為の力が」


 確かに、アークに勝ったとしてもアークと和解することができる訳ではない。これは心の問題、そんなに簡単な話ではなかった。

 だけど、強ければ傍にいることができる。傍にいなければ一生仲直りはできないけど、傍にいれば少しずつでも仲直りができるのだ。


 「……ギルドさんはその妹さんと仲直りする為に修行をしているのですか?」

 「はい」


 わたしはすぐに頷いた。


 「……だけど、今はそれだけじゃないんです」


 ……そう、アークと仲直りできれば後は何でもいい。それはずっと前の話であった。


 「……力になりたい人がいるんです」


 ――空上龍太。思い浮かべるのはその背中。


 「……その人は何度もわたしを助けてくれました」


 何度も死にかけて、その度に助けてくれた人。


 「……その人は迷ったり、悩んだりしたときに支えてくれました」


 楽しいとき、辛いとき、その人はずっとわたしの傍にいてくれた。


 「……その人がこの前、初めてやりたいことを話してくれたんです」


 ――龍二も助けるし、カノンも殺さない


 無謀。まさしく無謀。しかし、タツタさんはそれをやると言ったんだ。


 「 だから、わたしはその人のやりたいことを叶えてあげたいんです 」


 ……それが、今のわたしの目指す道であった。


 「……はい、わかりました」


 ベル師匠は嬉しそうにはにかんだ。


 「ギルドさんはその人のことが大好きなのですね」

 「……………………はい」


 わたしは蚊が鳴くような声でベル師匠の言葉を肯定した。


 「……ギルドさんの好きな人ってタツタさんですか?」

 「……………………えっ、何で?」


 わたしは一度も彼の名前を挙げていなかったのに、ベル師匠はその名前を引き出した。


 「いやぁ、雷帝武闘大会でも仲が良さそうでしたし、それに」

 「それに?」


 ベル師匠は顔を紅潮させ、蚊の鳴くような声で呟く。


 「ゴニョゴニョゴニョ……でしたので」


 ……いえ、ゴニョゴニョゴニョが聞きたいのですが?


 「……夜中……ベッド」

 「ベッド?」


 ……意味がわからなかった。


 「……夜中、ベッドの上で身体をもぞもぞさせながらその人の名前を呼んでいましたので」


 「……」







 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ……!!!


 わたしはジャバーッと桶のお湯を被って、泡を流し、湯船に飛び込んだ。


 「ギルドさん! どうしたのですか!?」

 「寝相と寝言です!」

 「……はえ?」

 「わたし、寝相が悪くて、よく寝言を漏らしてしまうのです!」


 わたしは全力の弁解をした。


 「……あっ、あーーー。わかりました、ギルドさんは寝相が悪くて、寝言が多いのですよね! 承知しました!」


 ベル師匠も話を合わせてくれた。


 (……不覚! わたしとしたことがベル師匠が起きていたことに気がつかなかったなんて!)


 わたしは羞恥のあまりに湯船を沸騰させてしまう。


 (恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーーーーーーッ!)


 わたしは湯船の中でバタバタした。


 (……こんな失態してしまうなんて、よっぽどタツタさんのことが恋しいのかな)


 ――ギルド!


 ……早く、あなたの声が聞きたい。

 ……また、名前を呼んで欲しい。


 (……タツタさんに会いたいな)



 ……そう遠くはない場所で頑張っているタツタさん。その姿を胸にわたしは彼の人との再会を待ち望んでいた。



















 ――同日、午前〇時。


 ……ベル=リーン宅。


挿絵(By みてみん)



 西の大賢者、ベル=リーン――死亡。


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