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 第269話 『 白霧の一週間 』



 ……俺は深い深い霧の中にいた。


 「……」


 俺は瞼を閉じたまま、刃を構える。

 研ぎ澄まされる感覚。

 僅かな物音と風の流れだけを感じる。


 「……」


 俺は刃を構えたまま、来るべきときを待ち続けた。


 ――何かが来る!


 ……俺の直感が捉える。


 「 〝羅閃〟 」


 ――カグラの声が聴こえた。


 (〝羅閃〟なら――……)


 ――俺はやや低めの位置に刃を立てた。


  次  の  瞬  間  。



 ――キイィィィィィィィィィィンッッッ……! 立てた刃と高速の居合いが衝突した。



 「ドンピシャ……!」


 「 見事 」


 カグラは俺が反撃するより早く後退し、再び霧に紛れた。


 「よし、どんどん来い!」


 俺は再び刃を構えた。


 ……これがカグラの特訓である。


 俺とカグラが今いる場所は、ここら一帯で最も霧の深い谷――リベリアの峡谷である。

 そこで俺はカグラからの攻撃を受け続ける修行をしていた。ただし、それだけではない。

 ポイントは大きく分けて二つある。

 一つは修行開始前に、全ての空龍心剣流の技を一度だけ見せてもらっていた前準備。

 もう一つはカグラは攻撃する際、技の名前を口にしてからその技を繰り出すというルール。

 カグラ曰く、視覚を奪われたときの方がより正確に技のイメージを身体に染み込ませることができるらしい。

 カグラが技名を口にするまで、どんな技が来るかわからない俺は、カグラの口から出た技名から技の軌道を推測し、ガードする。

 これら一連の流れが俺の身体に空龍心剣流の動きを染み込ませるのだ。


 (……ついでに、〝風読み〟の修行にもなるし一石二鳥だったりするんだよな)


 視覚を封じる修行はそれ以外の五感を高める訓練になる。

 実際、俺の頭の中には空龍心剣流の技の動きが八割方イメージできていた。


 (……俺、強くなってる!)


 ……自身の成長が実感できていた。


 (だけど、こんなんじゃ足りない)


 ――俺は弱い。


 (もっと強くならないといけないんだ)


 この世界には強者が溢れている。

 〝白絵〟に〝魔将十絵〟、〝むかで〟を含めた〝七つの大罪〟、〝空龍〟、俺よりか強い奴はまだまだ沢山いる。


 (弱いままじゃ大切な者を守れないんだ)


 ……だから強くなるんだ、この一ヶ月で。

 俺はカグラの下で修行をしている。

 ギルドは〝四大賢者〟の一人――ベル=リーンに師事を仰いでいる。

 夜凪は暗黒大陸で最も魔物が集まる場所――ジャヤの洞窟で修行をしている。

 ドロシーは近くの森で引き込もって何か修行している。

 フレイとクリスは――……そう言えばアイツら何やってんだろ?

 とにかく、皆強くなる為に修行に励んでいた。


 「 〝八叉連斬〟 」


 ――思考しているところに、高速八連斬が放たれる。


 「うわっ!」


 完全に油断していた俺は辛うじて全ての斬撃を凌ぐも、尻餅をついてしまう。


 「ほっほっほっ、油断は禁物だよ」

 「……くそぉ」


 俺は尻の土を払い、立ち上がる。

 とはいえ、この修行が始まって三日目だ。腹も減っているし、眠気や疲労も溜まっていた。


 (いつまで続くんだよぉーーーッ!)


 俺は表面上クールだが、内心苦痛の悲鳴をあげていた。

 ……正直、集中力なんてとっくに切れていた。

 しかし、不思議なこともある。

 こんなに集中力を切らしているにも拘わらず、俺はカグラの攻撃を回避することに成功していた。


 (……自然に身体が動くんだよなぁ)


 カグラの掛け声の内容から攻撃の筋を読み、それを凌ぐ為に必要な動作を自然と行っていた。


 (……集中しなくても自然と攻撃を捌けるレベルにまで、空龍心剣流を掴んでいるってことなのか)


 俺は三日前とは比べ物にならない程に成長していた。

 意識ではなく、無意識で空龍心剣流を掌握する。この修行の終着点が見えてきた。


 「気合いが入るぜ!」


 ――ぎゅるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。


 ……俺の腹が激しく鳴った。


 「……」


 腹の音は深い霧の中、虚しく鳴り響いた。


 「……………………ハラヘッタ」



 ……何でもいいから飯が食いたい! 俺は白霧の中、切実にそう思うのであった。


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