第268話 『 激闘の狼煙 』
……まさに圧倒的であった。
「……終わったの?」
目の前の光景にあたしは驚きを禁じ得なかった。
無傷で立つ〝むかで〟様と心臓に風穴を空けられ絶命した〝鉛〟。
(……あたしが大敗した〝鉛〟を一方的に倒しちゃった)
……これが〝強欲〟。
……これが〝むかで〟。
格が違い過ぎた。
「……っ」
あたしは自身の無力さに歯を噛み締めた。
カラアゲタツタに敗け、〝鉛〟にも敗けたあたしは弱者だ。
別に強さに固執するような性格ではないが、弱者では〝むかで〟様に捨てられてしまう。それはあってはならないことであった。
親に売られ、奴隷として生きてきたあたしを救ってくれたのは〝むかで〟様であった。
その〝むかで〟様に見放されてしまっては生きてはいけなかった。
「……〝さそり〟」
「……っ」
〝むかで〟様に名前を呼ばれ、あたしは思わず肩を跳ねさせた。
どうしよう、失望させてしまった。
見放される。見捨てられる。
(……謝ろう)
謝ればいい訳ではないが、とにかく他に選択肢が思い浮かばなかった。
「 よくやった 」
――〝むかで〟様の言葉にあたしは言葉を失った。
「……〝アルマガンマ〟を手に入れてくれようとは思いもしなかったぞ」
「……あっ」
……そういえば忘れていた。
あたしは〝アルマガンマ〟を〝むかで〟様へ届ける為に暗黒大陸を横断していたのだ。
「……よくやった、なんて言葉、〝むかで〟様に言って戴ける資格なんてありません」
「……」
あたしは〝むかで〟様に頭を垂れた。
「この前も、今日もあたしは無様に負けましたっ、弱者は〝KOSMOS〟には要らない」
「……」
〝むかで〟様は無言であたしを見下ろしていた。
「あたしはもうあなた様の下では戦えません……!」
……掟は掟。あたしはケジメをつけなければならなかった。
「……どうやら一つ勘違いしているようだな、〝さそり〟」
俯くあたしに〝むかで〟様はそう言った。
「確かに他者から何かを奪うということはそれ相応の力が必要だ」
……だが、と〝むかで〟様は続ける。
「貴様は俺が探し求めていた〝アルマガンマ〟を手に入れた。それは歴とした事実だ」
〝むかで〟はあたしに背を向けて歩き出した。
「忘れるなよ。俺達は戦士ではなく盗賊だ、強さだけが全てではない」
あたしはやっと頭を上げた。
「来い、〝さそり〟。俺にはお前の力が必要だ」
「――」
……その言葉だけで充分であった。
「はいッッッ……!」
あたしは溌剌とした返事をして、立ち上がった。
もう迷わない。
如何に微力であろうと、あたしの命はこの人の為にあるのだ。
(……一生ついていきます、〝むかで〟様)
……一生懸けて、この人に尽くそう。あたしはそう心に誓った。
「 ――して、〝さそり〟よ 」
……決意を新たにするあたしに〝むかで〟様が言及する。
「……貴様程の実力でそう簡単には連敗しない筈だ。だが、貴様は言った、この前も敗けたとな」
「……」
……そう、あたしは確かに敗北した。
「……お前は誰に敗けたのだ?」
「……それは」
……そいつは生意気で、
……だけど、少しだけ〝むかで〟様に似ている男。
「 空上龍太です 」
……そいつにあたしは敗けた。
「……空上……龍太」
〝むかで〟様がその名前を反芻した。
「……そうか、空上龍太か」
「ご存知なのですか?」
「……少しだけな」
〝むかで〟様はそれだけ言って歩き出した。
「くっくくっ、〝さそり〟を倒すレベルにまで達したか」
〝むかで〟様は珍しく楽しそうに笑った。
「あの雪辱を晴らす日もそう遠くはなさそうだ」
その背中には闘志の炎が静かに揺らめいているようであった。
「……?」
あたしはその背中を追い掛ける。
「……空上龍太、貴様は俺が殺す」
……〝むかで〟様のその呟きは夜の闇に溶けていった。




