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 第257話 『 告白.Ⅱ 』



 ……ギルドの唇と俺の唇が重なっていた。


 「……」


 突然のキスに俺は頭の中が真っ白になった。

 唇の柔らかさと、ギルドの心臓の音だけが感覚を支配する。

 俺は振り払うことも、更に求めることもできず、ただただ硬直していた。

 しかし、ギルドの方から唇を離した。


 「……」

 「……」


 互いに見つめ合い沈黙する。

 何と言っていいかわからず俺は沈黙してしまう。

 気まずい沈黙が二人の間に流れる。しかし、いつまで黙っていても問題は解決しない。


 「……何で?」


 何とかそれだけ言えた。


 「もう、何度も言わせないでくださいよ」


 ギルドが頬を膨らませて怒った。


 「もう一度だけ言いますからちゃんと聞いてくださいね」


 そう言ってギルドは再び真剣な表情に戻し、真っ直ぐに俺の方を見つめた。



 「 好きです、タツタさん 」



 ――ドクンッ、二度目だって言うのに心臓が鼓動した。


 「 わたし、ギルド=ペトロギヌスは空上龍太のことを、一人の男の人として愛しています 」


 緊張で掌が僅かに湿っぽくなる。

 足下がふわふわして、力が入らなくなる。


 「……タツタさんはわたしのこと、どう思っていますか?」


 ギルドが頬を紅潮させ、上目遣いでそう訊ねる。


 「……」


 ギルドだって、勇気を振り絞って告白してくれたんだ。だから、俺も狼狽え続ける訳にはいかなかった。


 「……俺は」


 俺は何とかして言葉を絞り出す。


 「俺は……!」


 ――どうしたいんだ?


 ……脳裏を過るのは一瞬の迷い。


 「 …… 」


 ……吐き出したのは沈黙だった。


 「……」


 そんな俺の反応に、ギルドは凄く悲しそうな顔をした。


 「……すみません、タツタさん」


 何故かギルドが謝った。


 「ここ最近色々なことがあってバタバタしているのに困らせること言って」

 「……困った顔なんて」


 ……していない――とは言えなかった。確かに俺は困った顔をしていたからだ。


 「あの、今言ったことは忘れちゃってください」


 ギルドが穏やかに笑った。


 「明日からまた仲間でいてください」

 「……」


 ……その微笑みはどことなく淋しげであった。


 「それじゃあ、皆のところに戻りましょうか」


 ギルドが俺に背を向けて歩き出した。


 「 待ってくれ! 」


 ――俺は咄嗟に叫んだ。


 「……どうかしましたか?」


 ギルドが歩を止めて、振り向いた。


 「……」


 ギルドの視線に俺は一瞬だけ怯み掛けたが、何とか持ち直す。


 「今、俺はお前の気持ちに答えることはできない!」


 ……今の俺には恋をする余裕がなかったし、こんな状態でギルドと恋仲になるのも何か違う気がした。


 「だから、少しだけ待っててくれ! そのときには必ずさっきの質問に答えるから!」


 ギルドのことを考えると心が穏やかになる。その感覚の正体を暴かないことには先には進めなかった。

 恋か友情。どちらかを選べばどちらかを否定する。


 「……ふふっ」


 ……ギルドが小さく笑った。


 「……待つって、どのくらいですか?」

 「……」


 ……いきなり厳しい質問をされた。


 「……待たせるだけ待たせて振ったりはしませんよね?」

 「……」


 ……俺は沈黙せざるを得なかった。


 「 わかりました 」


 ……しかし、ギルドは楽しげに笑った。


 「わたしは幾らでも待ちます。タツタさんがどんな決断を下そうとも、わたしはタツタさんの答えを待ちましょう」

 「……いいのかよ?」

 「タツタさんの優柔不断は今に始まったことではありませんので」

 「……うっ」


 ……事実とはいえ、耳が痛い。


 「いつか来るそのときを楽しみに待っていますよ、タツタさん☆」


 ギルドが意地悪な笑みを浮かべた。


 「ああ! 恩に着る!」

 「ふふっ、大袈裟ですよ」


 俺の大袈裟な御辞儀をギルドは涼やかに流す。

 今できる限りのギルドへの答えは出した。


 ……後は?


 「悪い、行かなきゃいけないところがあるんだ」

 「……行かなければならないところ、ですか?」


 俺の言葉にギルドが小首を傾げた。


 「ケジメを着けないといけないことがあるんだ」

 「それは一人じゃないといけないんですか?」

 「ああ」


 これはギルドには関係の無い話だ。俺とあいつの問題だった。


 「ならば、仕方ありませんね。わたしは独りで花火を見ていますね」

 「……悪いな」


 ギルドのお許し(?)も出たので俺は再び人混みへ飛び込んだ。


 「……」


 俺は無言で人混みを掻き分けた。

 向かう先はつい先程までいた場所。

 人混みを掻き分け突き進むと、一人の少年を見つけ出す。



 「 カノン……! 」



 ……そう、そこにはカノン=スカーレットがいた。


 「……あれ? タツタくん、どこに行ってたんだい?」

 「ちょっと野暮用で抜けてた」


 俺はギルドの告白に関して伏せておいた。


 「それより見てみろよ、そろそろ最後のでかい一発が来るぞ」


 さっき、人混みの誰かが呟いていた内容をカノンに伝えた。


 「そうなの!」


 カノンが急いで夜空を見上げた。




 ……そこには特大の色とりどりの火花が夜空に咲き誇っていた。




 「……凄いや」


 カノンが感嘆の声を漏らす。


 「……綺麗だな」


 俺も思わず呟いてしまう。


 「僕、今が一番幸せだなぁ」


 カノンも呟く。


 「ギルドさんがいて、ドロシーさんがいて、ヤナギくんがいて、フレイちゃんやクリスちゃんもいて」


 次から次へと花火が打ち上げられ、夜空に煌めいた。


 「そして、タツタくんと一緒に花火を見ている」


 カノンは幸せそうに笑っていた。


 「こんな幸せがいつまでも続けばいいね」

 「……そうだな」


 俺は心の底から同意した。


 ……皆がいて、


 ……毎日が冒険とお祭りで、


 ――ずっと続けばいい。


 ……俺もカノンと同じことを思っていた。


 「……カノン、ちょっといいか?」

 「何だい、タツタくん」


 カノンは無邪気な笑みを浮かべて振り向いた。


 「花火が終わったらでいいから行きたいところがあるんだけど、一緒に来てくれるか?」

 「……ん? 別にいいけど」


 それからしばらくして花火の時間は終わりを告げた。

 興奮の余韻を残したまま、俺とカノンは夜の街を歩いた。


 「どこに向かっているんだい?」

 「コロシアムだ」


 俺とカノンは人混みを掻き分けながら目的地へと向かった。


 「何でまたそんな所に?」

 「……説明は後でする」


 そうこうしている内に俺とカノンはコロシアムに到着していた。

 コロシアムは基本的に開放されており、入るのは簡単であった。

 俺とカノンはコロシアムの中央に立つ。


 「……三日前にはここで武闘大会があったなんて嘘みたいな静けさだな」

 「そうだね」


 俺はコロシアムの中央に立ち、雷帝武闘大会での死闘を振り返った。

 ……本当に色々なことがあった。

 辛いことも沢山あったが、この場所で俺は前よりずっと強くなれた。


 「……カノンとも戦いたかったよ」

 「……」


 ……心残りもあった。

 ここでの戦いはカノンも強くした。俺はそんなカノンと全力を出し切って戦いたかった。


 「……ごめん。僕が〝白絵〟に勝てれば良かったね」

 「謝ることないさ。もし、組み合わせが逆だったなら俺も決勝戦には上がれていなかったよ」


 あの時、あの場所にいた者の中で〝白絵〟は間違いなく最強であった。それは覆しようのない現実であった。


 「ありがと、そう言ってくれると気持ちが楽になるよ」

 「……俺は事実を言っただけだよ」


 俺は夜空を見上げた。

 カノンもそれに倣った。


 「……」

 「……」


 夜空を見上げる俺とカノン。

 祭から家へ帰る人々の喧騒もここまでは届かない。

 ただ穏やかで、緩やかに時間が流れる。


 「……カノン」


 ……しかし、俺は沈黙を終わらせた。


 「……どうしたんだい、タツタくん」


 俺とカノンは夜空から互いの顔へと視線を滑らせた。


 「俺、お前に言わないといけないことがあるんだ」


 俺は真っ直ぐにカノンの顔を見つめた。


 「何?」


 これから言われる内容を知らないカノンは軽い返事をする。


 「……」


 俺は息を呑んだ。


 「……カノン」


 そして、覚悟を決めた。



 「 さよならだ 」



 ――言った。


 「 もう、お前とは一緒に旅を続けられねェ 」


 ……カノンの表情が凍りつく。


 「 T.タツタを脱退してくれ、カノン=スカーレット 」



 ……それが、俺がカノンに伝えたかった言葉であった。


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