第20話 『 シスターズ・メモリー.Ⅰ 』
――〝魔人〟。
……それは本来、地上を漂う〝魔素〟を分解・無害化する臓器である〝魔臓〟の機能が弱く、身体に蓄積された〝魔素〟によって、肉体が異常変化を起こした人間である。
そして、その〝魔人〟は俺の目の前にいた。
ギルドの妹であり、魔王軍No.2――〝黒魔女〟である少女、アークウィザードだ。
彼女の身体も又、他の〝魔人〟と同様に歪に形を変えていた。
「……あたしと姉は雪の降り積もる真っ白な世界で生まれ育ちました」
アークは唄うように昔話を始めた。
……ギルドとアークは姉妹であり、尚且つ双子であった。
二人は仲良く、毎日二人で家を飛び出しては日が暮れるまで遊んでいたそうだ。
何をするのも一緒で、遊びも欲しいものも衣服も、何でもかんでもアークは真似したがっていたそうだ。
「姉はしっかり者で、とにかく色々と器用だったんです。双子何ですが、姉は姉であたしは妹だと何となくそう認識していたんです、お互いに」
アークは懐かしげに目を細めて微笑んだ。
容姿も、好きなものも、皆お揃いだった姉妹であった……しかし、ただ一つ、大きく違うところがあった。
……アークの〝魔臓〟は普通のそれと比べて、〝魔素〟分解・消化機能が著しく劣っていた、という点である。
当時のギルドもアークもその両親も、そのことには気づいておらず、四人家族、平和に暮らしていた。
しかし、そんな平穏も長くは続かなかった。
最初の異常が現れたのはアークが――十五歳になった頃だ。
……右の横腹に豆粒サイズの赤いイボが出てきたのだ。
「最初はただのイボだと思っていたんです」
そう、アークは寂しげに呟いた。
そのイボがただのイボではないと気がついたのは、そのイボが出てきて一月が経ったときのことだ。
――赤いイボは拳大に巨大化し、まるで岩のように硬くなっていたのだ。
……アークはすぐに街の病院に連れていかれて、検査を受けた。
そして、発覚したのだ。
「――あたしは〝魔人〟だった、と」
現時点でも〝魔人化〟を阻止する医学や魔法は表向きには存在していないのだ。今から八年前にその技術がある筈も無いだろう。
……それから、アークの世界は一変した。
父親はアークの顔を見る度に溜め息を吐くことが多くなった。
母親はアークに話し掛けることすら無かった。酷いときは無視することもあった。
ギルドだけ、ギルドだけが今までと変わらずにアークに接してくれていた。
仕方がなかったのだ。一度〝魔人〟になってしまった者は二度と人には戻れない上に凶暴化してしまうのだ。
――アークは両親に見捨てられてしまったのだ。
……それからしばらくして、アークは座敷牢に軟禁された。
いつ凶暴化して家族や街の人を傷つけるかわからなかったからだ。
両親に隠れてアークに会いに行っていたギルドが言うには、アークは森の魔物に襲われて命を落としたことになっていると街の人たちには広まっていた。
――アークはこの世界から居ないことになっていた。
アークは死んだ。死んだことになっていた。
勿論、アークは生きている。両親が毎日、本と食べ物を持ってきてくれたからだ。
――孤独。
アークはこの世界でたった一人、座敷牢の中で過ごし続けた。
……冬も、
……春も、
……夏も、
……秋も、
……二度目の冬も、
……アークは座敷牢の中にいた。
もう、腰から胸は既に人の形をしていなかった。
もう、死にたかった。
希望は無かった。
目の前に広がるのは巨大な――絶望であった。それしか無かった。
後何年もすればアークは殺戮者となるだろう。そうなれば、殺されて処分されるだろう。
化け物になんてなりたくないだろう。
死にたくなんてないだろう。
……しかし、運命にとってはそんなこと知ったことではない。
アークは〝魔人〟となり、この座敷牢を出る。そして、殺される。それも又、運命だ。
……逃げ出そう。
そう、アークは何度もそう思ったそうだ。
しかし、逃げ出したところで〝魔人〟になった事実は変わらない。
いつか、凶暴化したアークが人を殺すだけなのだからだ。
……八方塞がりだった。
〝魔人〟は人に殺される。
〝魔人〟は人を殺す。
〝魔人〟は救われない。
――皆、逃れようなく……。
……………………。
…………。
……。
「そんなときでした」
……アークがそう呟いた。その眼差しは深い憎悪と後悔が入り雑じっていた。
「 一緒にここから脱け出そう 」
……そう提案した人物はアークが〝魔人〟と発覚した後も唯一変わらなかった少女だ。
「姉があたしにそう提案したのです」
……そして、始まったのだ。
「そして、あたしは姉の差し伸べたその手を力強く握り締めたのです」
たった二人の逃避行が……。