第236話 『 強襲の牙 』
「 明日、僕は〝white‐canvas〟を使わない 」
……僕はアークと一緒に祭を回っていた。
「もし、使ったら僕は敗けを認めよう」
「……それは勝手ですが、〝白絵〟様に〝white‐canvas〟を使わせるレベルって、それはもう〝七つの大罪〟クラスの実力ですよ」
隣を歩くアークが溜め息を吐く。
「彼と会ったのは半年以上前ですが、とても半年でそこまで行けるとは思えないのですが」
「まあ、それはやってみてからのお楽しみにということだ」
僕は機嫌良く笑った。
「……」
「……」
それから僕とアークは無言で祭の喧騒に身を委ねた。
「……お祭り、懐かしいな。お姉ちゃんと回ったとき以来かも」
……ふと、アークが呟いた。
「……お姉ちゃん?」
「いや、〝白絵〟様にわざわざお話しすることでも御座いません」
「……そう? ならいいけど」
……アークとギルドは姉妹で、二人は今、長い長い姉妹喧嘩の最中であった。
〝魔人〟となったアークとそれを理由に見捨ててしまったギルド。二人の溝は深かった。
「……まだ、ギルドが許せないのかい?」
「……はい、こればかりは簡単に許せることではないので」
アークはギルドの話になると機嫌が悪くなる。
「だけど、お前だってパンドラとギルドの試合を見ただろ? 少なくともギルドはお前のことを大切に想っているだろうね」
「……」
なだめる僕に、アークは俯く。
「……それでも、許せないものは許せないんです」
そう答えるアークに僕は溜め息を吐いた。
「なら仕方がないね。まあ、兄弟は仲良くした方がいいと思うよ」
まあ、これは僕に対する皮肉になるけど……。
「……考えておきます」
「まあ、ごゆっくり」
それから少し歩いた。
そう、ほんの数歩だ。
「 あっ 」
……アークが顔を上げる。
「 敵が来ています 」
……アークの〝魔眼〟が敵の接近を捉えた。
ちなみに、アークは〝魔眼〟を極め過ぎて、魔力から敵意や殺意を感じとることができるのだ。
「……アーク、もう帰っていいよ」
「しかしっ!」
僕は人通りの少ない路地裏に向かって歩き出す。
「 少し準備体操がしたい気分なんだ 」
「――」
……僕の言葉にアークはビクンッと肩を跳ねさせた。
「……わかりました。お気をつけを」
「誰に向かって言っているのかい?」
僕は笑う。
「 僕は魔王――〝白絵〟だよ 」
……笑う。
……………………。
…………。
……。
「 そろそろかな? 」
……僕は路地裏で独りでに呟いた。
――ザワッ……! 風が吹いた。
……この葉が風に運ばれ宙を舞う。
――舞い上がるこの葉に風穴が空く。
「 こっちか 」
――ライフル弾が僕に炸裂した。
「……珍しい。特殊な磁場を放つ弾丸か」
――カランッ、僕の手から落ちた弾丸が地面を跳ねた。
……否、僕はライフル弾が脳天に炸裂するよりも速く銃弾をキャッチしていた。
「〝破魔合金〟……その名の通り磁場の影響で魔力が練りずらくなる稀少金属だったっけ?」
既に僕の体表を覆う魔力の膜が不安定になっていた。
「今回の客は何名かな?」
「阿呆が、わざわざ自らの戦力を晒すとでも」
僕の前に立つスキンヘッドの男が返答した。
「お前は?」
「……」
僕の質問に男が両手を構えて答えた。
「 俺は〝噛み千切る者〟の一人――ワイト=ヨーガンだ 」
――既に僕の身体にはワイヤーが絡み付いていた。
「……〝破魔合金〟のワイヤーか」
お陰で僕の体表を覆う魔力の膜がほぼ打ち消されていた。
「それにしても〝噛み千切る者〟とは懲りない奴等だね」
僕はワイヤーで拘束されながらも一切動揺の影を見せなかった。
「今まで何人返り討ちにしたと思っているんだい?」
「 八九人だ 」
――答えたのはワイトではなく、もう一人の男であった。
「……お前は?」
「〝噛み千切る者〟――ドリアン=フランク」
両手にメリケンサックを装着した、屈強な男が答えた。
(……恐らくあれも〝破魔合金〟でできているな)
ドリアンのメリケンサックを見て分析した。
「それで? お前等の望みは?」
「……」
「……」
僕はわかりきったことを訊ねた。
「……望み?」
「そんなのは決まっているだろう」
――ドッッッッッ……! ドリアンが飛び出す。
「「 貴様の死だ……! 」」
――ガッッッッッッッッ……! ドリアンの鉄拳が僕の額に炸裂した。
「……なるほど」
――つぅ……。僕の額から鮮血が流れた。
「初めて受けてみたけど〝破魔合金〟の力ってこんなものか」
僕はその場から一歩も退いてはいなかった。
「もう下がってもいいよ」
「……何故だ、魔力の膜は無効化した筈なのに」
平然と立つ僕にドリアンがたじろぐ。
「聞こえなかったかい?」
――ブチッッッ……! 僕は〝破魔合金〟のワイヤーを引き千切った。
「 下がれって言ったんだけど 」
――高速の手刀がドリアンを五体バラバラに切り刻む。
「 九十♪ 」
……ペロリ、僕は滴り落ちる鮮血を舐めた。
「ドリアンッッッ……!」
――ワイヤーが再び僕に絡み付く。
「許さん! 許さんぞ〝白絵〟!」
仲間を殺されたワイトが激情に吼えた。
「いいよ、別に許してくれなくても」
――僕は歩く。
「恨めばいい、憎めばいい」
――更に歩く。
「来るなっ……!」
絡み付くワイヤーを引き千切りながら前進する僕にワイトが怯える。
「だけど、お前は殺すよ」
……僕は既にワイトの目の前にいた。
「逃げろ! リア
「ン!」
――ワイトの頭が地面に落ちる。
「 九一 」
同 時 。
――パンッッッッッ……! 銃声が鳴り響く。
「 ん? 」
――パシッ……! 僕は弾丸をキャッチした。
「うん、大体この方向かな?」
……僕は一キロ先の背の高い建物を睨み付けた。
「どうしよう、二人共死んじゃった」
建物の影でリアンは一人呟く。
「せめてあたしだけでも逃げないと」
リアンがスコープ越しに路地裏を覗いた。
……そこに僕の姿は無いだろう。
「 死亡者 」
……だって、僕はリアンのすぐ後ろいるのだから。
――九二名。
……………………。
…………。
……。
「……さてと、準備体操は充分かな」
……僕はリアンの亡骸の側で腰掛けた。
「まあ、体操にしてはもの足りなかったけど」
〝white‐canvas〟を使う使わない以前に相手が弱すぎた。
……タツタ。お前は僕をガッカリさせないでくれよ。
「――♪」
僕は鼻唄を歌った。
雲に僅かに隠れた月を屋上から眺める。
……逃げずに来いよ、空上龍太。
……僕はお前をいつまでも待ち続けるぞ。
「――♪」
……祭の喧騒から離れた屋上に鼻唄が響き渡る。




