第226話 『 強襲! 迫り来る鋏刃! 』
「 ユウくん! ユウくん! 何か食べたいものとかある? 」
……姉モード全開のギルド姉ちゃんが大量のお菓子を抱えて、俺の背中を追い掛ける。
「(クスクス)」
……微笑ましい笑い声が微かに聴こえる。ムチャクチャ恥ずかしい。
「フレイちゃんも飴とかマシュマロとか沢山あるよ!」
「うぅー、もうお腹一杯ですー!」
フレイも俺と一緒にギルド姉ちゃんから逃げる。
お菓子を抱えて追い掛けてくるギルド姉ちゃん、そんなギルド姉ちゃんから逃げる俺とフレイ。
(……何故、こんなことに)
順を追って説明すると……。
俺とフレイでお祭りを回る。
↓
二人だけだと心配だからとギルド姉ちゃんも同行する。
↓
妹欠乏発症により暴走。
↓
今。
……である。
「取り敢えず急いで逃げるのです!」
「そうだねっ」
俺とフレイは小柄な身体を活かして、スイスイと人混みをかわして前進する。
……………………。
…………。
……。
「……ふう、何とか振り切ったみたいだね」
俺とフレイは人混みに紛れて、何とかギルド姉ちゃんから姿を眩ませることに成功した。
「……ギルドさん、あれがなければいい人なんですけど」
「まったくだよ!」
妹欠乏症をどうにか完治させないと、俺とフレイの平穏は脅かされ続けるのだ。
「ちょっと休憩しようか」
「賛成です」
俺とフレイは人混みから離れた路地裏で呼吸を整えた。
「フレイ、お祭りは初めてだっけ?」
「はい……とは言っても、ここ三日間毎日行っているんですが」
「……そっか」
俺はふと夜空を見上げた。
「俺は一度〝むかで〟に連れてきてもらったことがあるんだよね」
「……」
俺とフレイはベンチに座って、ぼんやりと人混みを眺めた。
「〝むかで〟が何か買ってくれたとかそういうのは無くて、ただ一緒に回っただけなんだけど……」
「……」
「でも、それだけでも楽しかったんだ」
「そうですか」
俺はぼんやりと人混みを眺め、フレイも一緒になって人混みを眺めていた。
――楽しかったか?
――うん!
……〝むかで〟の質問に迷いなく頷く五年前の俺。
――……そうか、良かったな。
――……〝むかで〟は楽しくなかった?
……俺の質問に〝むかで〟は少しだけ考えて、答える。
――いや、存外悪くはないよ。
……過ぎた昔の素っ気ない会話。それが今になってとてもいとおしくなった。
(……〝むかで〟、今頃どうしているんだろうな)
もう、あの頃へは戻れない。自分の意思で〝むかで〟と縁を切ったのだ。
(……確かに、時々〝むかで〟や〝KOSMOS〟の皆と会いたくなる気持ちもある)
……だけど。
(フレイ達のことも大好きだし、皆と一緒にいる時間は楽しいよ)
だから、後悔は無かった。
――ジャラッ、鎖が擦れるような音が聴こえた。
「……?」
……何だろう?
「……ユウさん、何か聴こえませんか?」
……いや、勘違いじゃない。フレイにも聴こえていた。
「 〝八精霊〟見ーつけた♡ 」
――どこから途もなく、巨大な鎖付きの鋏が飛び出した。
「「 !? 」」
――その鋏はまるでサソリの鋏のような形状をしており、フレイに襲い掛かった。
( 壱の型! )
――俺はフレイと鋏の間に滑り込み、壱の型――〝刃〟を発動した。
(――間に合え!)
――俺は〝刃〟で全ての鋏を弾いた。
(……これ、一撃一撃が重い!)
無理矢理弾いたせいで腕が痺れた。
「誰だ……!」
俺は暗闇の先にいる人影に問い質す。
「あら、嘗ての同胞に誰だは無いんじゃないかしら♪」
……知っている声だった。
「まさか、お前!」
……この声、この魔力。昔、いや今日も感じていた。
「久し振りね、〝からす〟」
「 〝さそり〟……! 」
……そう、襲撃者は俺や〝むかで〟と共に戦ってきた嘗ての同胞――〝さそり〟であった。
「少しは大きくなったんじゃないかしら」
「どうしてお前がこんな所に?」
「おかしな質問をするね」
〝さそり〟は蝶を型どったマスクを装着した。
「仮にも〝雷帝武闘大会〟の準決勝出場選手なんだけど♡」
「――」
……その姿は紛れもなく、バタフライ仮面そのものであった。
(……大会中感じていた違和感はこれだったのか)
大会中何度も記憶にある魔力を肌で感じていたが、それもその筈である。何せバタフライ仮面は嘗ての同胞――〝さそり〟と同一人物であったのだ。
しかし、同時に疑問が一つ生まれた。
「どうして〝さそり〟が〝雷帝武闘大会〟に参加しているの?」
……そう、〝さそり〟の分野は主に宝石類であった。しかし、今回の優勝賞品は〝八精霊〟の一人――〝アルマガンマ〟だ。彼女が大会に参加した理由がわからなかった。
「〝むかで〟様を裏切ったあんたにはわからないかしら?」
「……っ」
〝さそり〟の言葉に胸が痛くなった。
「今、〝むかで〟様は〝八精霊〟を捜しているのよ」
……そうだ、思い出した。
〝さそり〟は宝石類といった綺麗なものが好きな〝KOSMOS〟の一員だ。そして、彼女は――……。
「だったら、〝むかで〟様の大大大ファンのあたしがプレゼントしたいと思っても不思議じゃないんじゃない?」
――筋金入りの〝むかで〟信者。
……であった。
「だから、そこどいてくれない」
〝さそり〟がフレイの方を指差した。
「〝それ〟、あたしに譲ってくれない?」
「……」
俺と〝さそり〟の視線が交差する。
「……それはできないね」
「……」
俺は一歩も退かずに〝刃〟を構えた。
「フレイは俺の大事な妹分だ。だから、簡単には手離せない」
「ふーん」
〝さそり〟が不機嫌そうに眉根を寄せた。
「じゃあ、交渉しない?」
「……交渉?」
「そう、交渉♡」
〝さそり〟の発言に俺はより警戒心を高める。
「あんたと戦うのも悪くないけど、こんな祭の最中じゃあ満足に戦えない。だから、平和的な解決策よ」
「……」
俺は無言で〝さそり〟の交渉を促した。
「 フレイを譲ってくれたら、〝むかで〟様に仲間に戻ってもいいよう説得してあげる♡ 」
「――」
……一瞬の動揺。
……走る大鋏。
「 迷ったね♡ 」
――俺の腕に鎖が絡み付く。
(――しまっ!)
俺は咄嗟にフレイの方を見る。
「フレイ逃げ――……」
「遅いよ♡」
――大鋏がフレイを捕獲した。
「待てよっ!」
「ユウさん!」
俺はフレイを捕獲した大鋏を追い掛けようとする。
――ギシッ……! しかし、俺の腕に絡み付いた鎖がそれを許さなかった。
(失敗した……!)
俺は咄嗟に腕に巻き付いた鎖を叩き斬ろうと試みる。
「無駄だよ♡」
――俺が何かするよりも速く、鎖がもう片方の腕を拘束した。
「もう手遅れだから♡」
既にフレイは〝さそり〟の腕に捕まっていた。
「残念でした♪ あんたの敗因は心の弱さ――昔より弱くなったんじゃない?」
……ちくしょう!
俺は闇の魔力で鎖を引き千切ろうとするも、身体が硬直して動かなかった。
「 〝呪縛〟 」
――身体がピクリとも動かなかった。
その隙にどんどん鎖が絡み付き、次第には全身を鎖で拘束された。
「はい、ゲームオーバー♡ あたしの勝ち♪」
やっと、身体の硬直が解けたものの全身鎖で拘束され、振りほどくことも引き千切ることもできなかった。
「バイバイ♡ 裏切り者くん♡」
〝さそり〟はフレイを抱えたまま俺に手を振る……フレイは既に気を失っていた。
……ちくしょうっ!
どんなに力を入れても身体が動かなかった。
最悪だ。兄貴分とか言っといて俺はまたフレイを守れなかった。
(ちくしょう! ちくしょう!)
……どんなに悔しがっても鎖はほどけない。
「ちくしょーーーーーッ……!」
「あはははっ、バイバーイ♪」
「 見ィーつけた☆ 」
――〝さそり〟の背後にギルド姉ちゃんがいた。
「――」
――ギルド姉ちゃんが回し蹴りを繰り出す。
――〝さそり〟がフレイから手を離して咄嗟にガードする。
――ガッッッッッ……! ギルド姉ちゃんの脚と〝さそり〟の腕が交差する。
「 BOM☆ 」
――ギルド姉ちゃんの爪先が爆発して、その加速によって〝さそり〟のガードを突き破る。
「――がっ!」
〝さそり〟は吹っ飛び、路面を転がる。
「 〝絶風〟 」
――同時。俺の手足を拘束していた鎖が真空の刃によって切り裂かれた。
「……怪我とかしてない? ユウくん」
「うん、大丈夫だよ」
……まさに間一髪であった。ギルド姉ちゃんがいなかったらフレイを奪われていた。
「……ところで、何で俺達の場所がわかったの?」
「えっ? 〝魔眼〟でユウくんの魔力を察知して、急いで駆け付けたんだよ」
「……」
……ちょっと、ゾッとした。どうやらギルド姉ちゃんから逃げることは不可能なようだった。
「あー、痛かった」
……〝さそり〟は頬を擦りながら立ち上がった。
「やってくれたわね、お嬢ちゃん」
〝さそり〟は笑っていたが明らかに苛ついていた。
「……あの人は?」
「〝さそり〟。〝KOSMOS〟のメンバーの一人で今は敵」
「りょーかい♪」
俺もギルド姉ちゃんも〝さそり〟の挙動に対応できるよう、警戒心を高める。
「……ふーん。二対一、ね」
〝さそり〟が俺とギルド姉ちゃんを交互に見て、戦闘力を値踏みした。
「正直、二対一は厳しいっぽいし今日のところは退こうかなー」
「逃がすと思うの?」
――光の刃が〝さそり〟に襲い掛かる。
「あんたこそ、そんなお遊戯で殺せるとでも?」
――〝さそり〟は意図も容易く光の刃を大鋏で弾いた。
「今日のところは退くけど今度は殺す気で来るから」
「うん、臨むところだよ」
不敵に笑い合うギルド姉ちゃんと〝さそり〟……何かちょっと恐い。
「じゃあ、まったねー♪」
それだけ言って〝さそり〟は手を振って、人混みの中に溶けていった。
「……」
「……」
俺とギルド姉ちゃんは二人でその背中を見送った。
「……ふぅ、緊張したー」
ぺたりとギルド姉ちゃんが尻餅を着いた。
「やっぱり〝KOSMOS〟の威圧感は別格だね」
(……強気だと思ってたけど強がってただけだったのか)
……流石の演技力に俺は素直に感心した。
「……ギルド姉ちゃん、その、助けてくれてありがとう」
「礼なんていいよ。何より二人が無事で良かった良かった♪」
ギルド姉ちゃんはフレイの頭を撫でながら優しげに微笑んだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「……うん」
ギルド姉ちゃんはフレイをおんぶして、俺はその後ろについていった。
(……俺一人だったらフレイを守れなかった)
悔しさのあまりに俺は爪痕ができるほど強く拳を握り締めた。
(……俺は兄貴失格だ)
――あんたの敗因は心の弱さ
――昔より弱くなったんじゃない?
……〝さそり〟の言葉が胸に突き刺さる。
(……俺は弱いッッッ……!)
ギルド姉ちゃんも甘さを捨ててパンドラに勝った。カノン兄ちゃんも殺意を開放して〝糸氏〟に勝った。
皆、強くなっている。
(俺だけが弱いままだ……!)
優しさだけじゃ何も守れない。そんなことわかりきっていたことなのに。
(……あの頃の感覚を思い出せ)
俺は立ち止まる。
「……? どうしたの、ユウくん」
「……」
ギルド姉ちゃんが怪訝そうにこちらの様子を窺った。
「ちょっと忘れ物! すぐ戻るから先行ってて!」
俺は笑顔でギルド姉ちゃんに背を向けて走り出した。
(……俺は夜凪夕だ。だけど、夜凪夕のままじゃ何も守れない)
路地裏に戻った俺は呼吸を整えた。
「……ん? 何か用か坊主」
……そこには既に先客がいた。
「いや、忘れ物を取りに来たんだけど……あっ、それ」
俺は二人の男の内の細身の男の懐を指差した。
「今、あんたが懐に入れた財布、俺のなんだけど」
「「……」」
――俺の言葉に大柄の男と細身の男の目付きが鋭くなった。
「拾ってくれてありがとう、返してくんない」
「……何を言っているのかな、坊や」
大柄な男がすっとぼける。
「知らんぷりをするのもいいけど、覚悟した方がいいよ」
「「……」」
細身の男が懐に手を伸ばす……勿論、財布ではなくナイフか拳銃を取ろうとしていた。
「警告はしたよ」
――二人同時に飛び出した。
――カチッ……。頭の中のスイッチが切り替わった。
「 悪いけど 」
――トンッ……。俺は二人の横をすり抜ける。
「 え
っ? 」
「 あへ っ ? 」
……俺の手には小さな財布が握られていた。
「 今、機嫌悪いんだよね 」
――ブシャッッッ……! 二人の男は切り刻まれ、一瞬にして無数の肉片となった。
「バイバイ♪ お兄さん達……って、もう聞こえないか?」
俺は二人の男から正面へ向き直って、笑顔の雰囲気を変えた。
「……いいね、この感じかな」
独りでに笑う俺。
……その笑みはまさに、〝からす〟の冷酷なそれであった。




