第210話 『 夜だ! 祭だ! デートだ! 』
「 どうですか? 変じゃないですか? 」
……わたしは赤を基調としたドレスの端を摘まんでタツタさんに感想を求めた。
ちなみに、〝雷帝祭〟には貸し衣装屋があり、お祭りの期間、仮装をしながら回ることができるのだ。
「ああ、似合ってるよ」
「……どうして、少し距離を置いているのですか?」
タツタさんは何故か五メートルほど距離を空けていた。
「……いや、何というか、似合いすぎて隣を歩くのに不釣り合いというか」
「……っ!」
……わたしは恥ずかしさのあまりに頬を赤く染めてしまう。
(タツタさんがそんなことを言ってくれるなんて……照れくさすぎて反応に困る!)
わたしは内心嬉しい悲鳴を上げていたが、表面上はクールを装った。
「もぅ、何言っているんですか。タツタさんの方もスーツ格好いいですよ」
一方、タツタさんは普段は絶対に着ないような黒のスーツを着ていた。
「そんなことないって、全然似合ってないから!」
「……ほんとに格好いいのに」
わたしはタツタさんに聞こえないように小さな声で呟く。
「……何か言ったか?」
「べっ、別に!」
わたしは赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いた。
「そんなことより次行きましょう! 次!」
「おう、そうだな」
わたしとタツタさんは再び人混みの中に飛び込んだ。
「……人、多いな」
「ええ、そうですね」
右も左も前も後ろも、人・人・人! 行き交う人の群の真ん中にわたし達はいた。
「はぐれるなよ……てか、何でそんなに距離を置いているんだ?」
「……あっ」
タツタさんの仰る通り、わたしとタツタさんには二歩分の間隔があった。
「もう少し詰めないとはぐれるぞ」
「……えっと、大丈夫です」
「……はあ? そう言うなら別にいいけど」
タツタさんの提案にもわたしは遠慮気味に断った。
「……」
……どうしよう。恥ずかしくて隣を歩けないよ!
わたしは内心ドキドキしっぱなしでどうにかなってしまいそうであった。
(……何でだろ、デートのせいか、いつもよりタツタさんが格好よく見えるかも)
チラッ、わたしはタツタさんの方を一瞬だけ見た。
「ギルドは行きたい所とかあるのか?」(キラキラ
↑このキラキラ何っ!?
正体不明のキラキラオーラにわたしは思わず吹き出しそうになった。
「そうですね。占いの館なんてどうで――……ってあれ?」
わたしはそこで気がつく。
「……タツタさんは?」
……タツタさんの姿が消えていた。
「タツタさんっ」
わたしは人混みの中、タツタさんの名前を呼んだ。
「タツタさん……!」
人混みの喧騒にかき消されないよう、声を張り上げてその名前を呼んだ。
「 アホ 」
――ガシッ、わたしの手を誰かが強引に掴んだ。
「言っただろ、はぐれるぞって」
「……タツタ、さん」
……わたしの手を掴んだのはタツタさんだった。
「――」
……思わず心臓が跳ねた。
「嫌かもしれないが落ち着くまでこのまま行くぞ」
「……はっ、はい」
わたしはタツタさんの手に引かれ、人混みを突き進んだ。
(……大きい)
温かくて、少し骨張った手の感触にわたしは少しだけドキドキした。
(……男の子の手だ)
……わたしは赤くなった顔を見られないよう、俯きながらタツタさんの後ろをついていった。
「 ここが占いの館か 」
……タツタさんが古臭い建物を前に呟く。
「はい、何と噂では百発百中だとか」
「……どの占い師も同じこと言ってそうだが」
タツタさんが見も蓋もないことを言う。
「まあ、何といいますかこれも一種のレクリエーションと思って気軽に楽しみましょう」
確かに、わたしも占いはあまり信じてはいない。なので、結果に一喜一憂することは無いだろう。
「失礼しまーす」
そして、わたしは軽い気持ちで、恋占いとかタツタさんとの相性占いとかを占ってもらった。
……………………。
…………。
……。
――初恋は実りません、恋愛をしても失敗するでしょう。
――お隣の男子との相性は0パーセントです。
「不正です! インチキ占い師ー!」
「ギルド、落ち着けって!」
占い師に対してケチをつけるわたしをタツタさんが無理矢理引き剥がした。
「離してください! この不正は暴かないといけないんです!」
「わかった、わかったから取り敢えず占い師のお姉さんに謝って帰ろう! ほら、お姉さん、メッチャ額に青筋浮かべてるからな!」
言われようのない風評被害を受けた占い師のお姉さんは笑顔であったが、明らかに笑みが引き吊っていた。
「取り敢えず飯にしようぜ! 飯!」
「……うぅー、でもー」
「ME・SHI……!」
わたしはタツタさんに無理矢理引きずられ、占いの館を後にした。
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「 うまぁ! スライムうまぁ! 」
……わたしは口の中に飛び込んだ極上な風味に感激の声を漏らした。
「……良かった、機嫌を戻して」
赤スライムのビーフシチューを頬張るわたしに、タツタさんが安堵の息を溢した。
「お前、ホントにスライム料理好きだよな」
「はい! 大好きです!」
「それは良かった」
タツタさんが優しげに微笑んだ。
「……タツタさんって時々、大人っぽい笑い方をしますよね」
「……まあ、大人だしな」
タツタさんが苦笑した。
「それより、少しは元気でたか?」
「……?」
タツタさんからの突然な質問にわたしは思わず首を傾げた。
「パンドラとの戦いは辛かっただろ?」
「……そんなことありませんよ」
わたしは少し詰まりながらも笑顔で返す。
「パンドラはアークを〝魔人〟にした張本人ですし、そんな奴を殺せたんですから寧ろ清々としてますよ」
その気持ちに嘘偽りはなかった。
許せないから殺した。殺したいから殺した。それが事実であった。
「……あれ? もしかして、少し引いちゃいましたか?」
わたしは悪戯っぽくタツタさんに笑いかけた。
「確かに、あのときのわたしは相当キレていましたからね。タツタさんが驚くのも無理ありませんよ」
正直、タツタさんの前で殺人なんて見せたくなかったが、当時のわたしに殺意をコントロールする余裕はなかった。
「 強がんなよ、バーカ 」
――ビシッ、タツタさんがわたしの旋毛にチョップした。
「……ふぇ?」
訳がわからないわたしは間抜けな声を漏らした。
「泣きそうな顔してハイハイと聞き流せる訳ないだろうがよ」
「――」
タツタさんに指摘され、わたしは初めて泣いていたことに気がついた。
「別に人殺しや復讐を責めやしないさ。ただ、いつまでも泣きそうな顔されてもこっちが落ち着かないんだよ」
今度はタツタさんの手がわたしの頭を撫でた。
「我慢するぐらいなら思いっきり泣いてみたらどうだ? 案外スッキリするかもしんねーぜ」
「……っ」
優しい言葉を投げ掛けられ、堪らず一粒の涙が溢れ落ちた。
「……………………少しだけ……ほんの少しだけ恐かったんです」
わたしは振り絞るように声を震わせ言葉を吐き出した。
「……わたしは他の人とは違うんじゃないかって……人を殺すことに抵抗感がないんです、わたしは冷血な魔女なんじゃないかって」
……だから、わたしは心のどこかで孤独感を感じていたんだ。
「……そうかもしれんな」
「……」
……ですよね。
「 だけど、それだけじゃないとも思う 」
「――」
タツタさんが真剣な眼差しで見つめてきた。
「確かに、ギルドには冷血な一面がある。だが、それ以上に優しい一面や女の子らしい可愛いところもある……俺はそれを否定したくない」
……それに、とタツタさんが笑った。
「ギルドは俺達の仲間だ。敵なら厄介だが仲間なら強いに越したことはないさ」
「……っ」
わたしはタツタさんに泣き顔を見られたくなくて俯いた。
「……ありがとう、ございますっ」
感謝の気持ちが溢れだし、わたしはその言葉を吐き出した。
「……わたしを仲間に入れてくれてありがとうございますっ」
「馬鹿言うなよ。元々俺とお前から始まったT.タツタだ、最初からお前なしには始まってすらいないんだ」
わたしはひたすらに嬉し涙を流し、タツタさんは優しくそれを見守った。
「奥さん奥さん見てくださいよ、女の子の方泣いてますよ」
「別れ話? 痴情のもつれ?」
「これだから最近の若い子は――……」
……コソッと聴こえたひそひそ話。無情にも涙が引っ込んだ。
……………………。
…………。
……。
「ここが行きたかったところか?」
「はい!」
……わたしとタツタさんは色とりどりのイルミネーションが輝く街路を歩いた。
赤・青・黄と、色とりどりの光が宙を舞った。
「……何だこれ?」
「虹蛍ですよ。この地域に生息する、色とりどりの光を放つ蛍です」
「へえー」
タツタさんが感嘆の声を漏らした。
「……」
「……」
わたしとタツタさんはしばらくの間、虹蛍の飛び交う街路を歩いた。
「綺麗だな」
「……えっ?」
タツタさんの呟きに、わたしは胸をドキリと跳ねさせた。
「……蛍」
……ですよねー。
「こんなに綺麗なら皆で見たかったな」
タツタさんが虹蛍を目で追いながら呟く。
「クリスやドロシーはこういうの好きそうだしな――ってどうした?」
タツタさんがわたしの方を振り返った。何故なら、わたしが足を止めていたからだ。
「……わたしは……良かったです」
「何がだよ」
続きを言おうとしたわたしの口が止まった。
(……どうしよう。今、勢いでとんでもないこと言おうとしてたかも)
だけど、この雰囲気なら言ってもいいような気がしない訳でもなかった。
「……タツタさんと二人だけで来れて良かったです」
「……ギルド」
わたしの言葉にタツタさんが戸惑った。
「……その、今日はとっても楽しかったです。それに、沢山ドキドキしてました」
わたしは恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にしてしまう。それでも、続く言葉を紡ぎ続けた。
「ありがとうございます! そして、できればまた誘ってほしいです」
わたしは勢いよくお辞儀をした。
「えっと、わたし! タツタさんのこと!」
……ん?
(……今、勢いに任せてとんでもないこと言おうとしてなかった?)
そこでわたしは急停止をした。
「……俺がどうしたんだよ」
タツタさんも恥ずかしそうに続きを催促した。
「……えっと、そのー」
わたしは視線をグルグルしながら言葉を探した。
「……タツタさんのことを」
「……ことを?」
わたしはそこそこ自信のある頭脳をフル回転させて、言葉を捻り出した。
「タツタさんのことを一番の仲間だと思っています!」
「……えっ?」
……はい、今はこれが限界です。
「なので、タツタさんもわたしのことを一番に信じてくれますか?」
……ちょっと、上から目線っぽかったかな?
「はあー」
タツタさんが大きな溜め息を溢した。
「当たり前だろ。一体どれだけ一緒に旅をしてきたと思ってんだよ」
それだけ言ってタツタさんは歩き出した。
「それより、さっさと帰って寝ようぜ。明日も試合なんだからな」
「はいっ」
わたしはタツタさんの背中を追って駆け出した。
(……さっき、わたし……何を言おうとしてたんだろ)
わたしは手を伸ばせば届きそうな位置をキープして、タツタさんに付いていった。
(……たぶん……今はそのときじゃないよね)
わたしはタツタさんの手を見つめた。
(……固くて、大きい……男の手)
手を伸ばせばすぐに掴まえられそうであった。
(……いきなり、握ったりしたらびっくりしちゃうよね)
……わたしはその手を伸ばして、繋ぐことができなかった。
(……どうしよう。わたし、変になっちゃったかも)
……そんなもやもやした想いを胸に、わたしは虹色の光舞う道のりを歩いたのであった。




