第208話 『 魔女の面影 』
「 ゲームオーバーだ 」
……わたしの身体は地にひれ伏していた。
「……」
身体は重く、意識は薄く、眠気は深く、腹から流れる血液は止まらなかった。
「ギルドッッッ……!」
タツタさんの叫び声も、鼓膜に薄いフィルターが掛かったようにくぐもって聴こえた。
(……わたし、死ぬのかな?)
わたしは薄れ行く意識の中、自身の死期が近づいていることに気がついた。
(……嫌だなぁ、まだ死にたくないなぁ)
……だけど、眠気は容赦なく襲い掛かる。
『 aっ 』
……マリーがわたしの首を掴み、軽々と持ち上げた。
(……もう、駄目かも)
わたしは瞼を閉じ、迫り来る睡魔に身を委ねた。
――おやすみなさい。
……誰かがそう耳元に囁いた気がした。
……………………。
…………。
……。
「 ここはどこ? 」
……わたしは白雪が降り積もる街路に一人立っていた。
「ここはあなたの生まれた街よ、ギルド」
親切に教えてくれたのは幼いわたしであった。
「……わたしの生まれた街?」
「そうよ。ここはあなたの中の心情風景よ」
……どうやら、この世界はわたしの頭の中の世界であった。
「ほら、見て」
幼いわたしが指を差した。
「……わたしと……アーク?」
「ええ、懐かしいでしょ」
幼いわたしが指差した先には幼いわたしとアークがいた。
二人は手を繋いで家へ向かっていた。その腕にはパンの入ったバスケットが提げられていた。
「この世界はね、アークが〝魔人〟にならなかった世界よ」
家に帰った幼いわたしとアークはお母さんが作ったシチューを食べていた。
そこにはお父さんもお母さんもいて、皆で食卓を囲んで幸せそうに食事をしていた。
「少し、時間を進めてみようかしら」
そう言って幼いわたしは指をパチンとならした。
すると、時計の針はグルグルと回り、やがて静止した。
「……これは?」
「大人になったあなたとアークよ」
そこには小さなパン屋さんが開店していた。
そこでわたしとアークは二人でパンを焼き、二人だけで店を経営していた。
「小さいけど、村の人からは美味しいと評判のパン屋らしいわよ」
「……」
楽しそうに談笑しながらパンをこねるわたしとアークを、わたしは静かに眺めた。
「……幸せそうだね」
「ええ、間違いなく幸せね」
わたしは微笑ましさに思わず涙ぐんだ。
「……」
「 ねえ、許せないんじゃない 」
「……何が?」
わたしは幼いわたしの呟きに思わず聞き返した。
「この世界はアークが〝魔人〟にならなかった未来なのよ」
そう、パンをこねるアークの胸元は綺麗な肌であった。
「パンドラさえいなければ、アークは〝魔人〟になることはなかった」
「……」
「ねえ、許せないでしょ? 殺したいでしょ?」
「……できないよ」
わたしは力なく俯いた。
「パンドラは許せないけど、あいつを殺したら何の罪の無いマリーとエリーが殺されちゃう」
わたしにはマリーとエリーがアークと被ってしまって仕方がなかった。
「それに人殺しはあまりしたくないから」
「 あなた、馬鹿? 」
――幼いわたしがわたしの言葉を一刀両断した。
「パンドラは正真正銘の悪党よ。誰かが殺さなきゃあいつは止まらないのよ」
「……」
「それにあの家族はこれから多くの命を奪うわ。それを見逃してもいいの?」
「……」
……よくなかった。
「そして、これだけは断言できるわ」
幼いわたしは真っ直ぐにわたしを見つめ、目を逸らすことを許してくれなかった。
「パンドラはこれからも〝魔人〟を生み続ける。また、アークのように苦しむ人々が生まれるわ」
「――」
……どうやら、逃げ道はないようだ。
「あなたが殺るしかないのよ」
「……」
……気づけばわたしの中に渦巻く殺意が再びを息を吹き返していた。
「……殺さないと救えない。奪う者を殺さないと奪われる者が絶えることはない」
……そんなこと、最初からわかっていた。
「所詮この世は弱肉強食。常に強者が弱者を蹂躙する――くそったれな世界」
……だけど、わたしは甘くて、弱くて、見て見ぬ振りをしていたんだ。
「……弱き者を救うには強き者を殺すしかない」
――ピシッ……! 世界にひびが走った。
「 わたしが殺るしかない 」
……崩壊する世界。
「 正解よ、ギルド 」
……微笑む幼いわたし。
「 さあ、目を覚ましなさい――ギルド=ペトロギヌス 」
……そして、世界は完全に消滅した。
――斬ッッッッッッッッッ……! マリーの腕が一刀両断された。
「……まったく、最悪な目覚めだね」
着地したわたしはマリーを鋭い眼差しで睨み付けた。
『 穴ぁぁぁぁぁぁぁぁ……! 』
――マリーがもう片方の鋭利な爪を振り下ろした。
「 悪いけど 」
『 ? 』
――わたしはマリーの背後いた。
「 いつまでも生かしてもらえるだなんて思わない方がいいよ 」
……その手にはマリーの心臓があった。
『……イヤだ……殺さなイで』
「 ごめんなさい 」
――わたしは心臓を握り潰し、マリーはその場で崩れ落ちた。
「……〝魔人〟の弱点は心臓、だっけ?」
わたしは冷酷な眼差しで地にひれ伏したマリーを見下ろした。
――エリーがわたしの背後にいた。
『 よくもお姉ちゃんをッッッ……! 』
――エリーが鋭利な爪による斬撃を縦横無尽に繰り出す。
「 遅 」
――わたしは斬撃の嵐を掻い潜り、そのままエリーの胸を貫いた。
『――ァッ!』
……エリーの胸を貫いたわたしの手には――彼女の心臓が生々しく鼓動していた。
『……あたし……死ぬの?』
「 うん、死ぬよ 」
――ボンッッッッッ……! エリーの心臓が爆発した。
『……ぁ……ああ』
エリーは小さく呻き、崩れ落ちた。
「あと、一人か」
わたしは真っ直ぐにパンドラを睨み付けた。
「……殺したのか? 罪の無い二人を?」
「うん、それしか無かったから」
初めてパンドラが動揺していた。
「……その目……気に食わないな」
パンドラがわたしを指差し、珍しく暗い感情を見せた。
「その見下したような冷酷な目……その目でワタシを見下すをやめろっ」
パンドラが拳銃をわたしに向ける。
「チラつくのだよ! ワタシを倒したアークウィザード=ペトロギヌスの面影が!」
わたしは風の剣を片手に、パンドラに歩み寄る。
「ワタシは彼女を超える為に研究を重ねたのだ! そう、初めてワタシに敗北感を味あわせたアークウィザードに復讐する為に!」
激情に吼えるパンドラ。
静かに歩み寄るわたし。
「来るな! 来るな! まだ、研究は終わってはいない! 終わってはいないんだぁぁぁぁ!」
――パンドラが拳銃の引き金を引いた。
「 そう 」
……わたしはパンドラの背後にいた。
「 それは良かったね 」
――ブシュッ……! 血飛沫が飛び散った。
「――」
五体バラバラになったパンドラは地面に血と肉をぶちまけた。
わたしは振り向くことなく、バトルフィールドから降りる。
「審判さん、ジャッジをお願いします」
「……えっ、あっ、はい。えー、Hグループの勝者が決まりました」
わたしの催促により、審判が戸惑い気味に判決を下す。
「 勝者、ギルド=ペトロギヌスゥゥゥゥゥゥ……! 」
……こうして、わたしは復讐を果たしたのであった。




