第195話 『 狼煙 』
「 〝水由〟が殺された……? 」
……僕の言葉に〝糸氏〟が戸惑いの声を溢した。彼は仮面を被ってはいるが、その裏にある動揺した面を想い描くのは容易かった。
「ああ、〝水由〟は空上龍太に敗れ、命を落とした」
ここは魔王城の談話室。ここには僕とアークと〝魔将十絵〟しかいないし入れない。
現在、在室している〝魔将十絵〟は〝糸氏〟と〝額〟と〝黒土〟と〝水〟と〝彩〟。およそ、メンバーの半数であった。
「……それで空上龍太は今、どこにいるのですか?」
「さあね?」
「……」
〝糸氏〟が不満そうにこちらを見た。
「何か僕に言いたいことでもあるのかい?」
「いえ、〝白絵〟様に文句など滅相も御座いません」
「そう? ならいいけど♪」
……彼の言いたいことはわかる。
「どうしてタツタを追わなかったのか?」、であろう。
確かに、僕の〝white‐canvas〟にかかれば、タツタの所在を割り出すことも、その命を奪うことも容易いことであった。
しかし、僕はタツタを殺さないし、その理由も誰一人として知らない。
「でも、タツタなら恐らくウェルタン大陸のイクサスの街に来るだろうね」
「……イクサスの街、ですか?」
「うん、あの街には〝八精霊〟の一人――〝アルマガンマ〟がいる。アイツは必ずそれを手に入れようとするからね」
「……」
僕の溢した情報に〝糸氏〟が考え込んだ。
(……まあ、タツタを如何にして殺そうだとか考えているんだろうね)
読心術を使わなくともこの程度なら予測はついた。
「 じゃあ、あたしも会いに行こうかなぁー 」
そう言って挙手したのは――〝水神〟の〝水〟であった。
「……〝水〟。どういう了見ネ」
〝糸氏〟が〝水〟を威圧的に睨み付けた。
「お前は〝水由〟と仲が悪かった筈ネ」
……〝水〟と〝水由〟は水と油。顔を合わせる度に喧嘩をしていた。
「……何? 文句でもあるの?」
〝水〟が〝糸氏〟を睨み返す。
「ワタシはただ質問をしただけネ」
「そういう風には見えないんだけど」
まさに一触即発、両者の間に緊張が走る。
「 まあまあ、二人共喧嘩しないの 」
……仲裁に入ったのは〝氷神〟の〝彩〟であった。
「そやで、二人共喧嘩はあかんで」
「……〝額〟さん。さらっとお尻撫でないでください」
〝額〟も仲裁に入ったのかと思えば、ただ〝彩〟の尻を撫でていただけであった。
「あり? バレた?」
〝額〟はすぐに手を引いた。
「……わかったよ、お姉ちゃん」
〝水〟はしゅんとなって席に座り直した……〝水〟と〝彩〟は双子の姉妹なのだ。
「まあ、二人共好きにすればいいよ」
僕は投げやりに結論を二人に委ねた。
「ワタシがカラアゲタツタを殺す。お前は手出し禁止ネ」
「はっ? あんたの指図なんて受けないけど」
「……」
「……」
――二人同時に拳を振りかぶった。
「……」
しかし、気づけば二人の姿は見当たらなかった。
「まったく、喧嘩はあかんで」
……〝額〟の仕業だった。
「あのー、二人はどちらへ?」
「テキトーに庭に追い出しただけだからすぐに戻って来るで、〝彩〟ちゃん♪」
〝額〟はヘラヘラ笑いながら〝彩〟の尻に手を伸ばすも、〝黒土〟に手を叩かれる。
「〝白絵〟様、ボクもタツタ君にちょっかい掛けてもええんですか?」
「構わないよ、お前の好きにすればいいさ」
「ほな、好きにさせてもらいます♪」
〝額〟はいつも通りヘラヘラ笑いながら部屋を出た。
「さて、どうなることやら」
僕はややこしくなる状況に思わず笑いを溢した。
「愉しそうですね、〝白絵〟様」
「ははっ、そうかな」
僕は一口紅茶を飲んで、ふと呟く。
「……僕もそろそろ行こうかな」
……さあ、カーニバルの始まりだ♪




