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 第193話 『 何でもない日常 』



 ……〝水由〟との一戦から一週間が経過していた。


 「……おはよう、今日の朝飯は?」


 俺は寝袋から出るなり、調理中のドロシーに本日の献立を確認した。


 「おはようございます、タツタくん。今日は白味噌のスープと焼き魚ですよ」


 ……味噌汁と焼き魚か。


 「わかった。ちょっと待ってくれ」

 「……?」


 俺は川で顔を洗い、予備のエプロンを装着して、ドロシーの前に戻った。


 「えっと、何を手伝えばいい?」

 「手伝ってくださるんですか?」

 「まあ、たまには、な」


 普段料理なんてしないので、ドロシーは戸惑っていた。


 「では、焼き魚に添える大根をおろしてもらえますか」

 「おう、任せろ!」


 ……うん、これなら俺でもできそうだった。


 ――シャーコ、シャーコ


 俺は大根をおろし器に擦り付ける。


 (……楽だけど、俺の知ってる料理じゃない!)


 何というか、俺はフランベとか高速千切りとかしたいのだ。できないけど!

 暇になった俺は味噌汁の味見をするドロシーを眺めることにした。


 「ドロシーはもうメイド服は着ないのか?」

 「はい、私はもう誰のメイドでもないので」

 「……そうか」


 (もぉー! お前はわかってない! 俺がどれだけあのメイド服に心癒されていたと思っているんだーーーっ!)


 ……とは言わない。折角、ドロシーが自分の意思で決めたことなのだ。俺にどうこう言う資格はないだろう。

 まあ、あのメイド姿が今後見れないかと思うと淋しくなるんだけど……。


 「……あの、タツタくん」

 「何だ?」


 ――シャーコ、シャーコ


 「……えっと、何と言いますか」

 「何と言いますか?」


 ――シャーコ、シャーコ


 「こうやって並んで料理していると、その、あれです」

 「……あれ?」


 ――シャーコ、シャーコ


 「しっ、新婚さんみたいじゃないですかっ……なっ、なんちゃって」

 「……えっ! ちょっ、ドロ」


 ――シャー……ザクッ


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ……! 指切ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 「ええっ……! 大根おろしで!? てか、何そのオーバーリアクション!?」

 「いや、そんな痛くないけど油断してたから痛い」

 「どっち……!」


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「ありがとな、ドロシー」


 指を浅く切った俺であったが、ドロシーがすぐに処置してくれた。


 「もう、気をつけてくださいね」


 ドロシーは治療箱を片付け、再び調理を再開する。

 俺は大人しく見学することになった。まだ、大根しかおろしてないけど。


 「悪いな、手伝うどころか足引っ張っちまったな」

 「いえいえ、そんなことありませんよ。大根も上手におろせてますし、それにタツタくんと一緒に並んで料理するだけでも嬉――……じゃなくて、手伝ってくれようとした気持ちだけでも嬉しいですっ」

 「……なんか、メッチャ早口だな」


 まあ、とにかく嬉しいということだけは伝わった。


 「なあ、ドロシー」

 「どうかされましたか?」


 ただ見ているだけなのも暇なので、俺はドロシーに話し掛けた。


 「何というかさ、お前変わったよな」

 「……そう、ですか?」

 「ああ、勿論いい意味でだ」


 ドロシーは変わった。昔より表情が柔らかくなったというか、余裕がある感じだ。


 「それに皆のことも〝様〟付けしなくなったし、やっと打ち解けたーって感じだよ」

 「だとしたら嬉しいです」

 「おう、これからもっと仲良くなろうぜ」

 「はい……♪」


 ドロシーが残った大根をおろす手を止めずに微笑んだ。

 そんな笑顔を見た俺は……。


 「やっぱり、好きだな(今のお前の笑顔)」


 ……と、つい口を滑らせてしまう。


 「――えっ」


 ――シャー……ザクッ


 「ひあああああああああああっ……! 指切ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 「ええっ! またぁ!?」


 ……大根おろし器、危険すぎワロタ。


 「とにかく、水ですすげ!」


 ……それから、今度は俺が処置して、無事朝食は完成したのであった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「はぅー! 今日もドロシーちゃんの作るご飯は美味しいよー!」


 ギルドが焼き魚を頬張りながら絶賛した。


 「ギルド、焼き魚は大根おろしと一緒に食べると臭みも抑えられていいぜ」


 ……折角、作ったので食べてほしかった俺は大根おろしを推薦した。


 「ほんとです! これが焼き魚と大根おろしが奏でる美しいハーモニィィィィィィ……!」

 「そうだろう! 何を隠そうその大根おろしは俺が作った!」

 「タツタさんがりょりょりょ料理ィィィィィィ……!」

 「……何で二人とも朝からテンション高いの?」

 「まったく、行儀悪いですよ」


 何故か朝からテンションの高い俺とギルドを夜凪とフレイが窘めた。


 「そう言えばドロシーちゃん」

 「何でしょうか、ギルドさん」


 ギルドが俺からドロシーへと視線を滑らせた。


 「そのもの凄く極太に巻かれた包帯どうしたの?」


 ……それ、俺が巻いたんだけど。


 「こっ、これは料理中に指を切ってしまったので、タツタくんに巻いてもらいました」

 「へえ、ただの切り傷なのに指がフライドチキンみたいになってるね」


 ……お前、喧嘩売ってる?


 「ご飯食べ終わったらわたしが巻き直してあげようか?」

 「いえ、大丈夫です」


 ドロシーは少し頬を赤く染め、大事そうに包帯に巻かれた指を胸に抱えた。


 「……その、これでいいんです」

 「……」

 「……」


 ……ドロシー……お前はいい奴だよ。ギルドと違ってなァ!


 「……タツタさん、ドロシーちゃんと何かありました?」


 ギルドが神妙な面持ちで俺に問い掛けた。


 「いや、特には何も」

 「……そうですか」


 ギルドが頭を抱えブツブツ呟き始めた。


 ――ちょんちょん、何者かが俺の二の腕をつついた。


 「……どうした、クリス?」


 ちょんちょんの主はクリスだった。


 「……えっと、あーん、してほしいな」

 「いや、自分で食えよ」

 「……(半泣き)」

 「わかった! 一回だけな!」


 ……うん、俺、クリスに弱いんだよなぁ。


 「ほい」

 「あーん……ぱくっ」


 取り敢えずあーんした。


 「もくもぐ……ごっくん」

 「……どうだ?」

 「……間接キス……しちゃった(ぽっ」

 「……」


 ……いや、反応に困るんだが。


 「……おかわり♡」

 「一回って言っただ――」

 「……(半泣き)」

 「はい、あーん!」


 ……うん、やっぱり俺はクリスに弱いな!


 「あーん!」

 「あー……」


 ――ぽろっ、箸で摘まんだミニトマトが落ちた。


 「「……あっ」」


 ミニトマトは重力に従って落下し、クリスの豊満な谷間に着地した。


 「……」

 「……」


 ……二人の間に気まずい沈黙が流れる。


 「……タツタさん……取って♡」

 「ごちそうさまでしたー」


 俺は半泣きされる前に、合掌して、そそくさと食器を片付けた。


 「……タツタさんの意気地無し(ぷくぅ)」

 「電力=電圧×電流。右ネジの法則。白い線はプラスで黒い線はマイナス。導線は基本的に露出してはいけません。キルヒホッフの法則……」


 ……クリスが控え目に頬を膨らませ非難するも俺は適当な単語をズラズラと並べて聴こえない振りをした。


 (……そういえば、カノン、元気なかったな)


 ……俺は、食事の間、カノンが一言も喋らなかったことに気がついた。



 ……夜。歩き疲れた皆は寝袋にくるまり眠りにつく。

 昔は交代で不寝番をしていたが、旅を続ける内に、寝ている状態でも殺気に反応できるようになっていたので、不寝番は無くなっていた。


 「……寝ないのかい?」


 満天の星空の下、素振りをしていた俺に何者かが声を掛けた。


 「何か寝付けなくてな、ちょっと気分転換に素振りしていたんだ」


 勿論、俺は声だけで誰だかわかった。


 「カノン、お前も寝付けないのか?」

 「……まあね」


 カノンが茂みから姿を見せ、俺の横に立った。


 「……タツタくんは強くなったね」

 「……そうか?」

 「うん、出会った頃とは見違えたよ」

 「褒めても何も出ねェぞ」

 「それは残念だ」


 カノンは俺の横に座った。


 「お前、最近何かあったか?」

 「……何でそんなこと聞くの?」


 唐突な俺の質問にカノンが首を傾げた。


 「いや、何か元気ないように見えたからちょっと心配してるんだよ」

 「……悪いね。何か気を遣わせちゃったみたいだね」

 「一々、謝んなよ。こっちが勝手に心配してるだけなんだから」

 「……やっぱり、タツタくんは強くなったね」


 カノンは元気がなかった。パール都から出発した後から何か悩んでいるようだったが、最近はあからさまに元気がなかった。


 「それに比べて、僕は全然だよ」

 「……全然って」


 俺にはカノンの言葉が理解できなかった。

 だって、カノンは出会ってからずっと俺にとって格上だったからだ。

 遠・中・近距離のどれでも戦えるオールラウンダーで、最高速度は雷速で、火力も充分ある上に、〝重王弾〟に〝水旋〟といった変化球も備えている天才。それが俺の中のカノン=スカーレットであった。

 そう思った俺はすぐに否定しようとした。


 「そんなこと――」

 「そんなことあるよ……!」


 カノンの言葉を否定しようとした俺の言葉をカノンが遮った。


 「僕は弱い。今のままじゃ、〝白絵〟どころか〝魔将十絵〟にすら歯が立たない」

 「……」

 「……こんなんじゃ、僕の復讐は果たせないよ」

 「……カノン」


 弱々しく俯くカノンを俺は真っ直ぐに見つめた。


 「お前、何でそんなに焦ってるんだ?」

 「――」


 俺の質問にカノンはハッと冷静になった。


 「……そうだね、僕は焦っていたみたいだね」

 「……」

 「本当はちょっと嫉妬していたんだ」

 「……誰に?」


 カノンが俺の方を見た。


 「タツタくん」

 「……俺?」


 ……何でまた俺なんか。


 「僕はね。タツタくんのこと仲間と思っている一方でライバルとしても見ているんだ」

 「……」

 「だから、どんどん成長するタツタくんの背中を見ていると少し悔しかったんだ」

 「……」


 ……嬉しかった。

 俺も同じことを思っていたけど、カノンは俺のことをライバルとして見ていなかったと思っていたからだ。


 「カノン、こっち見ろ」

 「……えっ――」


 ――パンッ、俺はカノンの両頬を叩いた。


 「 バーーーカ 」


 「……えっ、えっ?」


 カノンは訳がわからないという感じにキョドった。


 「負けて悔しいのは俺も一緒だよ。俺だってお前に多少の劣等感を感じてる」

 「……そうなの」

 「そうだ」


 俺はカノンの頭を両手でグリグリする。


 「大体、雷速とか反則だろ。俺なんてまだ音速も到達してないのに! あと、〝重王弾〟! あれも防御貫通とか意味わかんねェよ、反則だろ!」

 「いっ、痛いよぅ、タツタくん」


 俺はカノンの頭をグリグリしながら、日頃の不満をぶつけた。


 「つまり、俺もお前もまだまだってこと! ただそれだけの話をぐちぐちと引きずんな!」

 「うっ、うん」


 ある程度鬱憤を吐き出した俺はちょっと落ち着いた。


 「まあ、何というか叩いて悪かったな」

 「……うん」


 カノンが微笑みながら頷いた。


 「やっぱり、タツタくんは強くなったね」

 「……そうか?」

 「うん、特にメンタルとか」

 「……まあ、ウジウジするとすぐ叩き起こしにくる骨太女がウチにはいるからなぁ」


 ……ちなみに、骨太女はただ今爆睡中である。


 「何というか、タツタくんに相談してみて良かったよ」

 「そりゃどーも」


 少し照れ臭かったので俺はそっぽを向いた。


 「タツタくんはもう寝るの?」

 「いや、もうちょっとだけ素振りするわ」

 「ふーん」


 俺の返答に、カノンが少し考えた。


 「ねえ、どうせ身体動かすんなら提案があるだけど」

 「何だ?」


 カノンが拳を俺の鼻先まで伸ばした。


 「 組み手しようよ 」









 「……………………えっ?」



 ……唐突なカノンの提案に、俺は間抜けな声を漏らした。


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