第192話 『 旅立ち 』
……私はお父様の墓前で別れの挨拶をしていた。
「……お父様、聞いてますか?」
お父様のお墓に私は話し掛ける。
「私はこれから皆さんと共に旅を続けます」
それが私の決断であった。
「私は皆さんのように戦う力はありませんが、私にできることを精一杯したいと思います」
今回の戦いで、私のこの魔物と言葉を交わせる力が役に立つことがわかった。きっと、この力なら皆さんの力になれる筈だった。
「まあ、向こうが嫌だって言ったって付いていくんですけどね、ふふふ」
私は少しだけ我が儘になっていた。だけど、今の自分は昔の自分より好きなっていた。
「お父様、私、変わりました」
……昔は上手く笑えなかった。
「素直に笑えるようになりました」
……昔は素直に泣けなかった。
「悲しいときに泣けるようになりました」
……自分は何もできないと思っていた。
「自分ができることを精一杯やろうと思えるようになりました」
……私は私のことが大嫌いだった。
「少しは自分のことが好きになりました」
……信じられるのはお父様だけだった。
「信頼できる仲間が沢山できました」
……そして、
「……好きな人ができました」
……私は彼の人の顔を思い浮かべる。
「その人は誰よりも優しくて、誰よりも強い心を持っています」
思い浮かべるだけで胸がドキドキした。
「私が辛いときに、独り殻に籠ろうとしたときに駆けつけてくれました」
それは幸せな鼓動だった。
「筋金入りのお節介で、何度突き放しても私の手を離してくれませんでした」
あのときの思い返すと苦笑いが溢れてしまう。
「私はその人の側にいたいです。そして、その力になりたいです」
……それが、今の私の目標であった。
「 あっ、そんなとこにいたのか 」
――ビクッ、私は思わず肩を跳ねさせる。
「……タツタ……様?」
「おう、起きたらいなかったから探したぜ」
……噂をすればなんとやら、である。
「……あの……聞いてました?」
「……何を?」
「あー、聞いていなければいいんです。今のは忘れてください」
「いや、そんな風に言われると滅茶苦茶気になるんだけど」
「ほっ、ほんとに何でもありませんから!」
「……えぇー」
タツタ様は少し不満そうであったが、私はごり押しで誤魔化した。
「〝LOKI〟と話してたのか?」
「はい」
そう言ってタツタ様はお父様のお墓の前に立った。
「〝LOKI〟、あんたとはそんなに話す機会がなかったな」
タツタ様は真剣な眼差しでお父様のお墓と向かい合った。
「ありがとう、〝LOKI〟。俺はお前に感謝してもしきれないよ」
そして、深く頭を下げた。
「あんたが命を懸けて守ってくれなければ俺達は皆死んでいたよ」
タツタ様はすぐに頭を上げなかった。
「あんたが今までドロシーを守ってくれなければ、俺はドロシーと逢うことはなかった」
その言葉はどこまでも真剣だった。
「だから、ありがとうございましたっ。守ってくれて、ドロシーと逢わせてくれて、本当にありがとうございましたっ……!」
「……」
いつもは不遜なタツタ様であったが、今日は誠実な一人の男であった。
「約束するよ、〝LOKI〟」
タツタ様は顔を上げ、お父様のお墓を真っ直ぐに見つめた。
「俺、強くなるよ。もっともっと強くなってあんたの自慢の娘を守るよ」
……それは誓いだ。
「あんたが命を懸けて守ったドロシーを、今度は俺が死んでも守る」
……漢と漢の誓い。
「だから、ドロシーを俺に任せてくれ……!」
……鉄の誓いだ。
「……」
それだけ言ってタツタ様は墓の前を空けた。
「……もう、良いのですか?」
「ああ、伝えたいことは伝えたから」
今度は私の番という訳である。
「……」
私はお父様の墓前に立つ。
「お父様は私、メイドを辞めます」
……そう、今日、私はメイド服を着ていなかった。
「メイド服は全て焼き払いました。これは私なりのケジメです」
私はずっと〝白絵〟の使用人であった。それは〝白絵〟の手を離れた後でも一緒であった。
「今日からただのT.タツタの一員です。もう、〝白絵〟の呪縛は解けました」
もう、〝白絵〟の使用人でも、〝写火〟の片割れでもない。
「私はドロシー、T.タツタの料理担当、ドロシー=ローレンスです」
……それが今の私だ。
「今までありがとうございました。私はもう前を向いて歩けます」
私は深い深いお辞儀をした。
「私はこれから旅立ちます。しばらく、ここには戻りません」
……私は今、感謝の気持ちで一杯であった。
「心配しないでください。貴方が守り、育てた幼子も今では大きくなりました」
私は伝えたかった。
「私は強くなりました。それに信頼できる仲間もできました」
……私はもう大丈夫だよ。
「全てが終わったらまたここに戻ります。だから、それまでゆっくり休んでいてください」
……もう、お父様が無理をしなくてもいいんだよ。
「行ってきます。そして、ありがとうございます」
――ありがとう。
「今まで守ってくれて」
――ありがとうっ。
「私の父親でいてくれて」
――ありがとうっ……!
「 本当に、ありがとうございましたっ……! 」
……私はありったけの感謝の気持ちを吐き出した。
「……」
「……もう、いいのか?」
立ち上がった私にタツタ様が確認した。
「はい」
私はタツタ様の手を握った。
「 行きましょう、タツタくん! 」
「……って、おい!」
私はタツタくんの手を引いたまま、お父様のお墓に背を向けて走り出した。
私は一瞬だけ振り向いて、お父様のお墓を見つめ、心の中で囁いた。
行 っ て き ま す 、
お 父 様 。
すぐに前を向いて、歩みを続ける。
――体に気をつけるんだよ。
……お父様の声が聴こえた。
私は咄嗟に振り返る。
……そこにはお父様のお墓があるだけだった。
「……」
お父様は確かにここにいた。そんな気がした。
「はい、気をつけます……♪」
私は再び前を向いて、駆け出した。
……私は走り続ける。
……タツタくんもそれに引っ張られる。
……私は二度と振り返ることはなかった。




