表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/462

 第192話 『 旅立ち 』



 ……私はお父様の墓前で別れの挨拶をしていた。


 「……お父様、聞いてますか?」


 お父様のお墓に私は話し掛ける。


 「私はこれから皆さんと共に旅を続けます」


 それが私の決断であった。


 「私は皆さんのように戦う力はありませんが、私にできることを精一杯したいと思います」


 今回の戦いで、私のこの魔物と言葉を交わせる力が役に立つことがわかった。きっと、この力なら皆さんの力になれる筈だった。


 「まあ、向こうが嫌だって言ったって付いていくんですけどね、ふふふ」


 私は少しだけ我が儘になっていた。だけど、今の自分は昔の自分より好きなっていた。


 「お父様、私、変わりました」


 ……昔は上手く笑えなかった。


 「素直に笑えるようになりました」


 ……昔は素直に泣けなかった。


 「悲しいときに泣けるようになりました」


 ……自分は何もできないと思っていた。


 「自分ができることを精一杯やろうと思えるようになりました」


 ……私は私のことが大嫌いだった。


 「少しは自分のことが好きになりました」


 ……信じられるのはお父様だけだった。


 「信頼できる仲間が沢山できました」


 ……そして、



 「……好きな人ができました」



 ……私は彼の人の顔を思い浮かべる。


 「その人は誰よりも優しくて、誰よりも強い心を持っています」


 思い浮かべるだけで胸がドキドキした。


 「私が辛いときに、独り殻に籠ろうとしたときに駆けつけてくれました」


 それは幸せな鼓動だった。


 「筋金入りのお節介で、何度突き放しても私の手を離してくれませんでした」


 あのときの思い返すと苦笑いが溢れてしまう。


 「私はその人の側にいたいです。そして、その力になりたいです」


 ……それが、今の私の目標であった。


 「 あっ、そんなとこにいたのか 」


 ――ビクッ、私は思わず肩を跳ねさせる。


 「……タツタ……様?」

 「おう、起きたらいなかったから探したぜ」


 ……噂をすればなんとやら、である。


 「……あの……聞いてました?」

 「……何を?」

 「あー、聞いていなければいいんです。今のは忘れてください」

 「いや、そんな風に言われると滅茶苦茶気になるんだけど」

 「ほっ、ほんとに何でもありませんから!」

 「……えぇー」


 タツタ様は少し不満そうであったが、私はごり押しで誤魔化した。


 「〝LOKI〟と話してたのか?」

 「はい」


 そう言ってタツタ様はお父様のお墓の前に立った。


 「〝LOKI〟、あんたとはそんなに話す機会がなかったな」


 タツタ様は真剣な眼差しでお父様のお墓と向かい合った。


 「ありがとう、〝LOKI〟。俺はお前に感謝してもしきれないよ」


 そして、深く頭を下げた。


 「あんたが命を懸けて守ってくれなければ俺達は皆死んでいたよ」


 タツタ様はすぐに頭を上げなかった。


 「あんたが今までドロシーを守ってくれなければ、俺はドロシーと逢うことはなかった」


 その言葉はどこまでも真剣だった。


 「だから、ありがとうございましたっ。守ってくれて、ドロシーと逢わせてくれて、本当にありがとうございましたっ……!」

 「……」


 いつもは不遜なタツタ様であったが、今日は誠実な一人の男であった。


 「約束するよ、〝LOKI〟」


 タツタ様は顔を上げ、お父様のお墓を真っ直ぐに見つめた。


 「俺、強くなるよ。もっともっと強くなってあんたの自慢の娘を守るよ」


 ……それは誓いだ。


 「あんたが命を懸けて守ったドロシーを、今度は俺が死んでも守る」


 ……漢と漢の誓い。


 「だから、ドロシーを俺に任せてくれ……!」


 ……鉄の誓いだ。


 「……」


 それだけ言ってタツタ様は墓の前を空けた。


 「……もう、良いのですか?」

 「ああ、伝えたいことは伝えたから」


 今度は私の番という訳である。


 「……」


 私はお父様の墓前に立つ。


 「お父様は私、メイドを辞めます」


 ……そう、今日、私はメイド服を着ていなかった。


 「メイド服は全て焼き払いました。これは私なりのケジメです」


 私はずっと〝白絵〟の使用人であった。それは〝白絵〟の手を離れた後でも一緒であった。


 「今日からただのT.タツタの一員です。もう、〝白絵〟の呪縛は解けました」


 もう、〝白絵〟の使用人でも、〝写火〟の片割れでもない。


 「私はドロシー、T.タツタの料理担当、ドロシー=ローレンスです」


 ……それが今の私だ。


 「今までありがとうございました。私はもう前を向いて歩けます」


 私は深い深いお辞儀をした。


 「私はこれから旅立ちます。しばらく、ここには戻りません」


 ……私は今、感謝の気持ちで一杯であった。


 「心配しないでください。貴方が守り、育てた幼子も今では大きくなりました」


 私は伝えたかった。


 「私は強くなりました。それに信頼できる仲間もできました」


 ……私はもう大丈夫だよ。


 「全てが終わったらまたここに戻ります。だから、それまでゆっくり休んでいてください」


 ……もう、お父様が無理をしなくてもいいんだよ。


 「行ってきます。そして、ありがとうございます」


 ――ありがとう。


 「今まで守ってくれて」


 ――ありがとうっ。


 「私の父親でいてくれて」


 ――ありがとうっ……!


 「 本当に、ありがとうございましたっ……! 」


 ……私はありったけの感謝の気持ちを吐き出した。


 「……」

 「……もう、いいのか?」


 立ち上がった私にタツタ様が確認した。


 「はい」


 私はタツタ様の手を握った。


 「 行きましょう、タツタくん! 」


 「……って、おい!」


 私はタツタくんの手を引いたまま、お父様のお墓に背を向けて走り出した。

 私は一瞬だけ振り向いて、お父様のお墓を見つめ、心の中で囁いた。



 行 っ て き ま す 、


 お 父 様 。



 すぐに前を向いて、歩みを続ける。










 ――体に気をつけるんだよ。



 ……お父様の声が聴こえた。


 私は咄嗟に振り返る。


 ……そこにはお父様のお墓があるだけだった。


 「……」


 お父様は確かにここにいた。そんな気がした。


 「はい、気をつけます……♪」


挿絵(By みてみん)


 私は再び前を向いて、駆け出した。


 ……私は走り続ける。


 ……タツタくんもそれに引っ張られる。



 ……私は二度と振り返ることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ