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  第14話 『 〝KOSMOS〟 』  


 「……どうしてこうなった」


 ……暗黒大陸を横断する道中、俺は頭を抱えて嘆いた。

 周囲を見渡すと空には暗雲が広がり、又生い茂る黒い葉の木々が俺を囲んでいた。

 辺り一帯には俺を除いて〝人〟の姿は見当たらなかった。居るとするならば――……。


 「……はあ、最悪です」


 ……精霊のフレイだけであった。

 そう、ギルドはいない。つまり、俺はギルド無しでこの暗黒大陸を横断しなければならないのだ。

 平均Lv.140の魔物が生息するこの暗黒大陸でだ。


 「どうしてこうなった」


 ……しつこいようだが、何度も同じことを呟く。


 ……いや、本当にどうしてこうなった?


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――数時間前。


 俺たちは次なる目的地である北の大陸――ノスタルの最北端に位置する〝氷の花園〟を目指していた。

 その〝氷の花園〟に水の精霊――〝クリスティア〟がいるのだ。

 その為、俺とギルドとフレイは暗黒大陸のど真ん中を直進せずに、比較的に魔物の少ない暗黒大陸の東部を横断していたのだ。

 暗黒大陸と言っても右手の方向を見れば、東の大陸――イーストピア大陸との境界である海――魔海が覗けるほどに東の東であり、磯の香りが微かに鼻腔を通り抜けた。


 「何かあれだな」

 「……あれって何ですか?」

 「少しビビりすぎじゃね、かなり遠回りになるし」


 ……戦わない俺が言うのもあれだが。


 「仕方ないじゃないですか、平均Lv.140ですよ。全員と戦ってたら流石にわたしでも疲れちゃいますよ」


 ギルドのレベルはLv.311だ。それでも、手こずるほどにここ、暗黒大陸の魔物はとにかく数が多いのだ。


 「そうですよ」


 フレイが横から口を挟んだ。


 「そもそもギルドさんにここまで負担が掛かっているのは、タツタさんがクソザコなせいじゃないですか」


 ……お前、本当のことでも言っていいことと悪いことがあるんだぞ。


 「そうか、わかったよ」


 女子組二人に言われてしまえば俺は頷く他なかった。

 というわけで、俺たちはなるべく魔物を避けながら暗黒大陸を横断することになったのだ。

 しかし、二週間掛けて暗黒大陸の半分ほどを歩ききったときだ。


 「 見ィつけた♪ 」


 ……そいつは俺たちの前に姿を見せたのだ。


 「誰だ?」

 「さあ?」


 俺とギルドは顔を見合わせた……どうやら、俺もギルドも知らない人物のようであった。

 そいつは十代かそこらの年齢だろう、髪は黒く、前髪が鬱陶しいほどに長い、漆黒のフードを深く被っている。あと、背は低かった。

 ……怪しい。見るからに怪しい。


 「警戒しなくてもいいよ」


 声は声変わりする前の少年のような声であった。


 「警戒したって同じだから」


 ――黒いフードの少年が視界から消えた。


 「伏せてください、タツタさん……!」


 ギルドの声に咄嗟に俺は身を屈ませた。


 ――ザンッ、俺の頭上に斬撃が走る。


 「なっ!?」


 ……胆を冷した。ギルドの声が無ければ俺は真っ二つになっていたのだからだ。


 「へえ♪」


 黒いフードの少年が笑った。


 「やるじゃん」


 黒いフードの少年の攻撃から間髪容れずにギルドは、敵に掌をかざした。



  ナパ  ーム  す  る  ・ライト  ハンド



 ――轟ッッッッッッ……! 大爆発が黒いフードの少年に炸裂した。


 「――♪」


 ……否、黒いフードの少年は何かしら防御処置をし、大爆発をガードしていたのだ。


 そして、後ろへ跳んで着地した。


 「でも、遅いね」


 黒いフードが捲れ、露になった冷酷な目をした幼い顔が笑った。


 ――斬ッ……。ギルドの肩に浅く斬撃が入っていた。


 黒いフードの少年はただガードしたんじゃない。目で追えないほどの斬撃を放ったその後にガードしたのだ。


 ……強い。この少年、間違いなく強敵だ。


 「あなたは何者ですか?」

 ギルドが肩の切り傷を押さえながら黒いフードの少年に問い質した。


 「……」


 黒いフードの少年は少し沈黙するもギルドの問いに答える。



 「 〝からす〟 」



 ……それが奴の名前だった。



 「〝KOMO〟の一人だよ」



 ……それが奴の所属する組織であった。


 「……〝KOSMOS〟!」


 ギルドがその名を聞いて驚愕した。


 「知っているのか?」

 「知っているも何も、〝KOSMOS〟は全大陸で最も凶悪な――盗賊ですよ」


 ……盗賊だって?


 「何でまたそんな奴が俺たちの前に現れるんだよ」


 俺たち駆け出しパーティーにそんな盗賊に目をつけられるほどに高価な品を持っている筈も無いのだからだ。


 「 持っているよ 」


 〝からす〟の黒く淀んだ瞳が俺の後ろへと向けられた。


 「火の精霊――〝フレイチェル〟」


 そう、〝からす〟はフレイを見ていた。


 「それを戴きにきたんだ」


 ……奴の狙いはフレイだった。

 そうか、フレイは世界でも八名しかいない精霊の一人、価値が無い筈が無かった。


 「大人しく渡してくれさえすればお前らは見逃してやるよ。


 でも、


 それ以外の選択をすれば――……」



 ――ゾクッ……。



 「 殺すよ 」


 ……殺意が吹き抜けた。

 まるで心臓を握られたかのように胸が苦しかった。

 ……コイツは強い。きっとギルドと束になっても敵わない。

 命は一つ。無理はできないし、俺は基本無理をしない。臆病者だからだ。


 「フレイ」


 ……だから、確認した。


 「お前、俺のこと嫌いだよな」

 「はい」

 「だよな、俺はお前の居場所を奪っちまったんだからな」

 「はい」


 ……確認する。


 「フレイ」

 「はい」

 「お前は俺とあいつ、どっちについていきたいんだ」

 「……」


 フレイはものじゃない。だから、選択の自由があって然るべきなんだ。


 「もし、わたしがこタツタさん側に行きたいと言えばタツタさんは戦うんですか?」

 「どうかな?」

 「……狡いですよ。こんなの本当のこと言える筈無いじゃないですか」

 「別に俺が戦ったっていいじゃないか。お前、俺のこと嫌いなんだろ?」

 「……」


 フレイは沈黙した。


 「……わかりました」


 フレイは決心した。


 「どうするんだ?」

 「わたしはあちら側に行きます」

 「そうか」

 「短い間でしたがありがとうございました」

 「こちらこそな」

 「……」

 「……」


 フレイは俺たちに背を向けて、〝からす〟の方へと歩を進めた。


 「ギルドさん」

 「はい」

 「タツタさん」

 「おう」


 フレイは立ち止まり、俺たちの方を向いた。



 「 さようなら 」



 ……フレイは泣いていた。


 俺たちと出会って一ヶ月が経っていたかな。

 確かに、フレイは俺のことが嫌いだ。だが、嫌いなりに思い出もあったようだ。

 そこには人と人との繋がりが確かにあったのだ。


 「 悪い、ギルド 」


 ……俺はギルドに謝った。これから俺の我が儘で多大な迷惑を掛けるからだ。


 「フレイが泣いているんだ」

 「はい」


 俺はフレイに歩み寄った。


 「俺は馬鹿なんだ」

 「はい、知っています」


 ギルドは笑って頷いてくれた。きっと、ギルドも俺と同じ気持ちだからであろう。


 「悪いな、〝からす〟」


 俺はフレイを背中に隠すように、〝からす〟と対峙した。


 「フレイは俺の大事な仲間なんだ。だから、今回は見逃してくれないか」

 「……」

 「……だよな」

 「……」

 「そう、簡単には見逃してくれないよな」


 〝からす〟が黒い刀身の双剣を鞘から抜いた。


 「死刑確定だね」

 「やってみろ」



 ……俺は〝スピリットオブクラウン〟を抜刀した。


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