第188話 『 勝敗の行方 』
――コイツは一体何なのだ?
……それがこの少女に対する感想であった。
俺の姿を前にしても一歩も退かず、俺ですら知らない俺のことも知っている。
計算高い一方で筋金入りの命知らず。
完璧に理解の範疇を超えていた。
――コインが宙へ弾かれる。
俺はそのコインの軌道を目で追った。
(……俺の動体視力ならばコインの裏表を見破るなど造作もない)
普通に考えれば選択権のある俺に、コインの着地点を見せる筈もない。
(……普通なら背中で隠すなりして、着地する瞬間を見せない)
……筈だった。
「それでは問題です。コインは裏・表、どちらでしょうか?」
……ドロシーはコインの着地点をさらけ出していた。
『……』
無論、俺の動体視力はコインの裏表を確実に捉えていた。
(……コイツは馬鹿なのか?)
俺は困惑した。
ゲームに負ければ死ぬんだぞ? それなのにどうしてそんなに余裕なんだ。
(……コインに細工をしたのか?)
そんな疑惑は当然であろう。命を賭けているのだ、寧ろ何もしない方が不自然と言えた。
「 小細工はしていませんよ♪ 」
『――』
心を見透かしたようなことを言うドロシーに、俺は絶句した。
「私の言葉を信じなくとも構いません。しかし、一つ宣言させていただきます」
ドロシーの澄んだ瞳は真っ直ぐに俺の瞳を捉えていた。
「貴方が例えどのような答えを出そうと私は逃げも隠れもしません」
……主導権は俺が握っていた。
「ただの一ミリたりとも震えず、堂々と微笑み、貴方の出す答えを待ちましょう」
……しかし、追い詰められているのは俺だった。
「さあ、答えを出してくださいませ」
少女は言葉通り一ミリと震えてはいなかった。
『……』
……寧ろ、震えているのは俺の方であった。
そこで俺は嵌められていることに気がついた。
(……この娘はわざとコインを着地点を見せたのか!)
そう、ポイントは二つあった。
一つはコインの着地点を俺に見せたこと。
もう一つは賭けに自分の命を含めたこと。
俺にはコインの裏表がわかる。そして、見たままの答えを出せば確実に勝利することができる。
同時に、俺はドロシーを殺すことになる。
そう、今の俺にはドロシーの生殺与奪の権利を持っている。
俺は人を殺せない。ドロシーはその気持ちを利用したのだ。
だが、それにはリスクが伴う。
俺が少しでも冷酷な感情を表に出せば、ドロシーは命を落とすことになる。
最悪、ゲームに負けても命乞いをする可能性もあったが……。
『……』
「……」
俺は彼女の細面を見つめた。そこには確固たる決意に満ちた瞳があった。
……コイツは本当にやる。
それがその瞳に対する感想であった。
俺が賭けに勝てば、ドロシーは自害する。それは確信に近い予感であった。
この娘は命乞いなんてしない。正真正銘、命を賭けているのだ。
(……それほどまでにこの男を想っているのか)
俺は目の前に立つ少女に畏怖の念を覚えた。
(……本当にとんでもない女だ)
しかし、それ以上に尊敬していた。
(こんな爪も牙も魔力も腕力も持たないひ弱な少女なのに、まるで歯が立たねェ)
……これこそが人間だった。
(……久しく忘れていたよ)
俺は笑っていた。
(俺は人間のこの強さに惚れたんだ)
――答えを出す、その前にお前に伝えたいことがある。
「はい、何でしょうか?」
――ありがとう。
「……」
――あんたのお陰で忘れていた大切なことを思い出せたよ。
「……」
――それじゃあ、質問に答えるよ。
「…………はい」
――〝表〟だ。
「……」
『……』
「……空龍さん」
――どうした?
「本当に、ありがとうございましたっ……!」
……ドロシーは泣いていた。
「本当に、本当に、ありがとうございますっ……!」
涙が溢れ落ちる。
その綺麗な手が開かれる。
――〝裏〟
……俺は満足げに笑い、深い眠りについた。




