第187話 『 命の賭け方 』
――何故、わかった? と空龍は言った。
「私、人ならざる者と言葉を交わすことができるのです」
……まあ、それは置いておきまして、と私は笑う。
「昔、〝白絵〟様から話を聞いたことがあるんです」
――あの身体はタツタの物じゃない
……〝白絵〟様はそう言っていた。
――元は伝説の八頭の龍の内の一頭、空龍であり、タツタの精神はその肉体に憑依しているに過ぎないんだ
……それに伝承には続きがあった。
空龍は人に興味があり、度々人の形に姿を変えては人里に下りていた。
人の姿をしていた空龍は村人に受け入れられていた。しかし、ある日、空龍は村人を信頼して、本当の姿を見せてしまったのだ。
……その結末は残酷なものであった。
村人は空龍の本当の姿を恐れ、空龍を洞窟に閉じ込め、強力な封印を施したのであった。
空龍が自身の安全性を説くも、村人は彼の言葉を信じず、封印を解くことはなかった。
それからしばらくして、魔物大群に襲われ村は滅んだ。奇しくも、空龍の存在はそれらの魔物から村を守っていたのだが、封印され無力化されたとわかった魔物はそれを機に村を滅ぼしたのだ。
封印した村人も絶滅し、魔物も空龍の強大な力を恐れ、封印を解かなかった為、空龍は洞窟に封印され続けた。
空龍はそれから何年もの月日を洞窟の中で過ごし続けていた。
途中、人の姿をしていれば封印を解く旅人が来るだろうと思い、人の姿に化け続けていたが、魔物が住み着く森に人が寄り付くことはなかった。
幸い、空龍は食べ物を食べなくても生きていけたので死ぬことはなかった。
更に、何年も月日が流れ、遂に空龍の精神は崩壊してしまう。それは人の姿をしていたときであった。
空龍の精神は崩壊し、記憶も曖昧になっていて、しばらくすると自分が龍であったことも思い出せなくなっていた。
……こうして空龍は死んだのだ。
……代わりに、空門が生まれたのだ。
それからしばらくして、〝白絵〟によって封印を解除された空門は、遂に外の世界に出たのであった。
……そこまでが私が〝白絵〟様から聞いた内容であった。
――話はわかった、と空龍は頷いた。
「それでお願いがあります」
私は空龍の顔を真っ直ぐに見つめた。
「その身体をタツタ様にお譲りして戴けませんか?」
『――』
――私と空龍の間に緊張感が走った。
「勝手な話だと重々承知の上でお願いします。タツタ様を返してください」
――断る、と空龍は即答した。
折角、目覚めることができたのだ。それを何故、どこの誰とも知らない小娘の願いの為に眠らなければならないのだと、空龍は憤慨した。
……もっともの意見であった。しかし、私は食い下がった。
「どうしてもタツタ様に会いたいんです」
――俺に死ね、と?
「はい……♪」
……更に、空気が凍りついた。
「……駄目、でしょうか?」
――怒号が吐き出された。
……驚いた。全身の毛が逆立つかと思った。
――ふざけるな! その綺麗な顔をズタズタに引き裂いてやろうか!
空龍が咆哮する――同時、〝重王弾〟の効果が半減する。
最初の六発の効果が切れたのだ。
――バキンッ! 空龍の右腕が無理矢理〝幻影六花〟による拘束を破壊した。
『グルァァァァァァァァァァァッッッ……!』
――殺す! やはり人間は傲慢で他種族のことなど塵程度にしか見ていないクズだ!
空龍は鋭利な爪を私の額に添えた。
――俺は身体を譲らぬ! この身体は元々俺のものだ! 返さなければならない道理がどこにある!
「……」
……正論だった。
この身体は元々空龍のものであり、タツタ様は偶然その身体に魂を割り込ませただけに過ぎないのだ。
本物は空龍。
贋作は空上龍太。
……子供でもわかる真理であった。
「返してください……!」
……しかし、私は退かなかった。
「私にとってその身体はタツタ様なんです。例え、貴方が、世界がそれを否定しようと私は曲げません」
私の理論は歪で、自分勝手で、破綻している。しかし、それでも私は退かなかった。
――ふざけるな! そんな子供の理屈が通用するとでも思っているのか!
「通します。どんな正論や暴力を前にしても私は退きません……!」
――黙れ! これ以上貴様の屁理屈は聞きたくない! 黙らなければその喉を引き裂くぞ!
「 できるのですか? 」
『――』
――空龍の瞳に動揺の色が見えた。
「……貴方に人が殺せるのですか?」
――殺せる。
「非力で無抵抗な女を殺せるんですか?」
『……』
……私の問いに空龍は沈黙した。
「貴方は人間が大好きなんじゃないですか?」
『……』
「大好きで、信じていたからこそ貴方は憤っているのではないのですか?」
『……』
沈黙する空龍に私は畳み掛ける。
「それでも貴方は優しい龍です」
――優しくなどない
「いえ、優しいです」
私は彼の否定を一刀両断した。
「貴方は私を殺せていないじゃないですか?」
『……』
「無抵抗の私どころか、満身創痍なギルド様達ですら殺しきれていないんですよ」
『……』
「貴方に人は殺せません」
――試してみるか?
「構いませんよ。私は逃げも隠れもしません」
『……』
私と空龍は無言で睨み合った。
「さあ、殺せるものなら殺してみなさい……!」
『……』
……スッ、貴方が私に向けた鋭い爪を静かに降ろした。
――よく見破ったな、俺が人を殺せないことを。
「ふふっ、女の勘です♡」
――だが、と空龍は言った。
――俺はこの身体を空上龍太に譲るつもりはない。
「……」
――これからは自由に生きる。それが俺の答えだ。
「なりません」
……私は横暴にも彼の未来を否定する。
「その身体をタツタ様に返して戴けるまで、私は退くつもりはありません」
――ならば、力づくで逃げるだけだ。
「 賭けをしませんか? 」
……私は地面に落ちていた〝火音〟の銃口を自分の頭に添えた。
――何のつもりだ?
「一つ、ゲームをしましょう」
私はポケットからコインを一つ取り出した。
「ルールは単純明快、今からコイントスをしますので、貴方はその裏表を当ててください」
『……』
「私が勝てばタツタ様に肉体を譲渡してください。反対に、貴方が勝てば私はこの引き金を引いて自害します」
『……ッ!』
――ふざけるな! 俺に何の得があると言うのだ!
「ありますよ。もし、貴方が勝てば私が皆様には金輪際貴方に関わらないよう口添えします。一方、貴方がこの勝負を受けなければ私達は地の果てまで貴方を追い続けます」
――そんなゲーム、乗る訳ないだろう!
「 逃げませんよね? 」
『……』
私の煽り言葉に空龍は沈黙する。
「まさか、小娘一人の挑戦すら受けられないほどに落ちぶれてはいませんよね?」
――貴様はいいのか?
「……何がでしょうか?」
――負ければ貴様は死ぬんだぞ?
「愚問ですね」
私は彼の質問を鼻で笑った。
「タツタ様を取り戻せるのであれば、命など惜しくはありません……!」
『――』
震えもせずに堂々と啖呵を切る私に空龍は絶句した。
「さあ、勝負を受けてください!」
私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめて吼えた。
「空龍……!」
『……』
……長い沈黙が両者の間を流れた。
――その勝負、乗ろう。
……それが空龍の答えだった。
「ありがとうございますっ」
私は心の底から溢れてくる感謝の気持ちを吐き出した。
私は〝火音〟を地面に置いて、コインを構える。
――後悔するなよ。
「誰に言っているのですか?」
私は強気で返す。
「それでは行きますよ」
――ピシッ、弾かれたコインが高く打ち上げられた。
勢いをなくしたコインは自由落下に身を委ねて、落下する。
私は落下するコインを手の甲と掌でキャッチした。
「それでは問題です。コインは裏・表、どちらでしょうか?」
『……』
私の質問に空龍は沈黙する。
それから幾分か時は流れ、遂に空龍の答えが導きだされた。
――〝表〟。
「……」
『……』
……それが、空龍の答えであった。




