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 第184話 『 黒龍の咆哮 』



 ……目の前の光景に私は言葉を失った。


 「……タツタ……様」


 そう、私達の目の前には空上龍太がいた。しかし、その姿は異形そのものであった。

 巨大な尾に巨大な翼、凶悪な牙に凶悪な爪。

 体表は硬質な鱗に覆われ、額には鋭い角が生えていた。

 その姿はまさに――龍。黒くて歪な龍がそこにいたのだ。


挿絵(By みてみん)


 「……これが〝極・闇黒染占〟の真の姿」


 なんと凶悪な姿なのだ。そして、その威圧感、目が合っただけで手足が震えるほどものであった。


 『 グオオォォォォォォォォォォォォッッッ……! 』


 ……タツタ様が咆哮し、その巨大な口から黒い衝撃波を明後日の方向へ撃ち出した。


 (あれは、〝黒飛――……)





 ――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!





 ――特大の〝黒飛那〟が周囲一帯を吹き飛ばした。


 「――ッ!」


 この威力、恐らく〝極・黒飛那〟と同等かそれ以上はあるであろう。

 タツタ様は変わってしまった。

 あの優しくて強かったタツタ様はもういない。


 ――私のせいだ。


 ……全部、私が悪いんだ。

 私がお父様を取り戻そうとしたから、私が弱いから、私が皆様と出会ったから!

 ありったけの後悔が私を呑み込んだ。

 同時に全身の神経が警告していた。

 ……ここは危険だ。

 ……早く逃げろ、でなければ死ぬぞ。

 脳が、肌が、五感が、特大音量の危険信号を発していた。

 しかし、私はその場を動けないでいた。

 手が震えるほど恐いのに、その姿を見ているだけで心が張り裂けそうなるのに、私はその場から逃げ出すことができなかった。


 「……逃げられないよ」


 ……私は欲張りな女だ。

 こんな姿になってしまったタツタ様を私は取り戻そうとしていた。


 「だって、タツタ様を見捨てることなんでできませんっ」


 ……タツタ様は私にとって大切な人だ。だから、助けたいと思ったのだ。


 「……でも、わからないんです」


 私は手足、声を震えさせて嘆きの声を漏らした。


 「どうすれば、タツタ様を助けることができるのかわからないんです」


 私の目の前には圧倒的な暴力があった。その暴力は凶暴で、私が一歩前に出れば即座に命を奪い、私が立ち止まっていてもいつかは殺してしまうであろう、それだけ圧倒的な力の差であった。


 「ドロシーちゃん、危ないっ!」


 ――ギルド様の声により、私は俯いていた顔を上げた。


 「――」


 ――そこには、タツタ様の強靭な尾が鞭のようにしなり、襲い掛かってきた。


 「……っ!」


 私は目を瞑り、咄嗟に両腕を顔の前で交差させた。


 「……」


 ……しかし、タツタ様の尾が私に届くことはなかった。


 「……ん?」


 私は恐る恐る瞼を開ける――そこには。


 「……怪我……してませんか?」


 ――巨大な氷柱が立ち、黒龍の尾から私を守っていた。


 「クリス様! カノン様!」

 「取り敢えず、ここは危ないから一端退こうか」


 私とクリス様はカノン様に担がれ、タツタ様から距離を取った。


 「どうするのですか、カノン様」

 「元のタツタくんを取り戻すよ」


 私とクリス様はタツタ様から離れた場所で降ろされる。そこには既にギルド様とフレイ様もいた。


 「皆様、もうお身体の方は大丈夫なのですか?」

 「うん、タツタくんが戦っている間に休めたからね」

 「まあ、この状況でうかうか寝てられないってのもあるけど……」


 皆様の身体は既にボロボロであったが、各々の目にはまだ闘志と活力の炎が灯っていた。


 「でも、どうやって助け出せば宜しいのでしょうか?」

 「……」


 私の質問にカノン様は渋い顔をした。


 「ドロシーちゃん、聞こえませんか?」

 「……?」


 何故か、ギルド様に質問を返された。


 「……何の話でしょうか?」

 「タツタさんの声、聞こえませんか?」

 「……タツタ様の声、ですか?」


 私はタツタ様の咆哮に耳を傾けた。



 ――生きたい……。



 「――」



 ――皆と一緒に旅を続けたい。



 ……声が聴こえた。



 ――誰か、助けて……。



 ……タツタ様が助けを求めていた。


 「……聞こえた?」

 「……はい、聞こえました」


 タツタ様が助けを求めていた。それはつまり、タツタ様はまだ完全に死んではいないということだ。


 「タツタ様が助けてくれと言っています」

 「凄いね、わたしにはそこまではっきりと聞こえないよ。きっと、ドロシーちゃんだからそこまで聞こえるんだね」

 「……私……だから?」

 「うん」


 ギルド様が私の目を真っ直ぐに見つめて、強い口調で念を押した。


 「魔物の言葉がわかって、魔物と話すことができるドロシーちゃんだからこそだよ」

 「……っ!」


 ……そんなこと、考えたこともなかった。


 「だから、ドロシーちゃんにはタツタさんを起こしにいってもらってもいいかな」


 魔物の声が聴こえて、魔物に言葉を交わすことができて、魔物を引き寄せるこの身体を私はずっと疎ましく思っていた。


 「勿論、わたし達が何とかしてタツタさんが暴れるのを抑える」


 でも、この力が役に立つ。この身体だからできることがある。


 「だから、お願い。タツタさんを叩き起こして!」

 「はいっ……!」


 ……初めて、自分のことが好きになれた気がした。


 「……皆、覚悟はいい?」


 ギルド様が私からタツタ様の方へと向き直った。


 「死ぬ気で行くよ」

 「うん♪」

 「はいっ、頑張ります!」

 「わたし、頑張る……!」

 『キューッ!』


 ……本当に敵わないなぁ。


 私は目の前に立つ仲間の頼もしさに、思わず涙が溢れ落ちた。


 「タツタさんを取り戻そう……!」



 ……ギルド様のその一声により、決戦の火蓋が切って落とされた。


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