第183話 『 ある川岸にて……。 』
「……〝空門〟さんに会いたいですねー」
……ある晴れた日、俺達〝空龍〟はイーストピア大陸を流れる川岸で休息を取っていた。
「八雲、飯食いながらトレーニングをするな、行儀悪いぞ」
俺はおにぎりを頬張りながら、八雲を嗜めた。
「えぇー」
言われた八雲はおにぎりを頬張りながら、素振りをしていた。
……ちなみに、素振りに使われていたのは――丸太であった。
「ちょっと、剣風でめっちゃゴミ飛んでくるんだけどォーーッ!」
月姫がおにぎり片手に八雲を怒鳴った。
「おにぎりおいしいですよぉー♪」
対照におっとりとおにぎりを頬張る日輪。
「オレはおにぎりよりサンドイッチがいいっスねー」
不満げに食べる虹麗。
「……おにぎり……美味しい(もぐもぐ)」
静かに食べる七星。
「……」
……何か纏まりないな。まあ、自由を求めて集まったのが〝空龍〟だから、これが正しい形なのかもしれないな。
「ところで、八雲センパイ」
「何ですか? 虹麗さん」
虹麗が八雲に質問を投げ掛ける。
「オレや日輪、七星は新入りなんで前リーダーのことよく知らないッスけど、空門さんってどんな人だったんスか?」
「うーん、そうですねー」
空龍さんの話になると八雲は機嫌が良くなる。
「凄く強い人で、凄く恐い人ですよ」
「へえー、何かヤバそうッスね」
八雲の話に虹麗が冷や汗を垂らした。
「でも、凄くいい人なんですよ」
「……意味わかんないッス」
「……」
八雲の言う通りだ。あの人は強くて恐ろしい人だが、心の芯は優しい人であった。
「僕が知ってるのはそのぐらいですかね。話に聞く限りだと、どこかで旅をしている剣の師匠がいるとか」
あの空門さんの師匠か……恐らく化け物みたいな人であろう。
「それに空門さん、昔の記憶がないんですよね」
「へえ、それ初耳ッスね」
「そうでしたっけ?」
八雲は首を傾げる。
「空門さんは僕と出会う一年前に一人旅を始めたんです」
「……(どきどき)」
気づいたら七星が八雲の話を聞き入っていた。
「空門さんが言うには洞窟の中にいて、その洞窟は強力な封印術が掛けられていてすぐには出られなかったみたいですね」
……空門さんが出られないって、どんな封印だよ。
「でも、〝白絵〟さんがその封印術を解除して、無事空門さんは外の世界に出られたんです……〝白絵〟さんの目的はわからないんですが」
「へえー、〝白絵〟さんっていい人なんですねー♪」
日輪は朗らかに笑った。
「空門さんも目が覚めたら既に封印されていたみたいで、自分が何故封印されていたのかもわからないって言ってました」
――ただ、と八雲が言葉を連ねた。
「空門さんはこうも言っていました。自分は人じゃなくて、怪物なんだって」
……まあ、強さだけなら紛れもなく怪物ではあるが。
「空門さんが封印されていた洞窟には無数の爪痕、それもかなり巨大なものが幾つも刻まれていたんです」
――爪痕。確かに空門さんとは無関係とは言い難いな。
「少しは空門さんのことわかりました♪」
「……まあ、ヤバい人だってことは」
「はわわ、空門さん恐いですぅ」
「……右に……同じく(ぼそっ)」
「えぇー、いい人なのにー」
……これはお前の話し方が悪い。
ブー垂れる八雲を他所に俺はおにぎりを完食した。ちなみに、料理は月姫が一括してやっていた。
「まあ、またすぐに見つかるさ」
俺は八雲の頭に手を添えて宥めた。
「そのときになったらまた昔話をすればいい」
「えへへー、やっぱり雷轟さんもいい人ですねー♪」
八雲は朗らかに笑う。その笑顔は純粋そのものであった。
……空門さん。
俺は夕暮れの空を見上げて、ここにはいない空門さんに話し掛けた。
……俺も八雲も皆、あんたの帰りを待っている。
「……だから、早く帰ってきてくれ」
……俺の小さな呟きは、夕暮れに溶けって消えてしまうのであった。




