第174話 『 氷原の花 』
「 タツタさん、これ借りるね 」
……わたしは眠るタツタさんから〝SOC〟を拝借した。
『キミのようなか弱い少女が刀一本で何ができる?』
〝炎帝の左手〟が〝SOC〟を構えるわたしを指差し失笑した。
「あなたを倒せる……!」
『傲るなヨ、小娘ェ……!』
地 這 火
――紅蓮の業火が地を走り、わたしに襲い掛かる。
「くっ……!」
一方、わたしは巨大な氷塊を召喚し、〝地這火〟を防ぐ。
『 それは囮だヨ♪ 』
――〝炎帝の左手〟が氷塊の横から飛び出した。
「――ッ!」
『 〝炸裂する左手〟 』
――わたしが回避するよりも速く、大爆発がわたしを吹っ飛ばした。
「くぁっ……!」
わたしは濡れた地面を二転三転と転がり、一本木に叩きつけられた。
『悪いネ、キミとは地力が違うんだよ』
「……ぐっ」
わたしは軋む身体を無理矢理起こす。
『 やあ 』
――目の前に〝炎帝の左手〟が立っていた。そして……。
ビ ッ グ B A N G
――轟ッッッッッッ……! 大爆発が〝わたし〟を呑み込んだ。
『うーン、手応え――……』
〝炎帝の左手〟が右方向を振り向いた。
『 無シ♪ 』
〝炎帝の左手〟の視線にはわたしがいた。
そう、さっきやられたわたしは〝水分身〟であったのだ。
「こっちの方が速い……!」
爆 水
わたしは〝炎帝の左手〟が何かするよりも速く圧縮された水の固まりを撃ち込んだ。
……同時。
――ボシュッッッッッ……! 〝爆水〟が〝炎帝の左手〟に直撃した瞬間、〝爆水〟が一瞬にして水蒸気となった。
そして、一挙に膨れ上がった体積がわたしと〝炎帝の左手〟を吹っ飛ばした。
しかし、わたしも〝炎帝の左手〟もすぐに立ち上がる。
『残念だが、この程度の水量じゃすぐに蒸発しちゃうんだよネ』
「……くっ」
火の弱点は水であるが、わたしと〝炎帝の左手〟の実力差はその程度の理屈では覆らなかった。
「だったら、燃え尽きるまで攻め続けるよ……!」
わたしは大量の〝水分身〟を召喚した。
『……まタ、分身か』
〝炎帝の左手〟が溜め息を吐く。
わたしは構わず〝炎帝の左手〟に〝水分身〟を攻めさせる。
『キミの攻撃はワたシには通じない。〝水分身〟なんて時間稼ぎにしかならないよ』
〝炎帝の左手〟は軽く羽虫を払うように、〝水分身〟を焼き払う。
『それに、もう〝水分身〟でワたシをことは欺くことはできないヨ』
〝炎帝の左手〟が嗤う。
『ワたシがただキミの攻撃を受けていたと思っていたのかい?』
「……?」
〝炎帝の左手〟が〝水分身〟を凪ぎ払いながら嗤う。
『 印、着けさせてもらったヨ 』
――全ての〝水分身〟を破壊した〝炎帝の左手〟が真上を向いた。
『〝水分身〟を囮にしている間に、近くの高い木に登ったキミは、頭上から不意討ちをする……そんなところかな?』
……〝炎帝の左手〟が言うように、わたしは彼の遥か頭上にいて、〝SOC〟を振りかぶっていた。
『キミが本物だネ』
……正解だった。
『だって、キミの足元にはあるコインサイズの小さな火の玉――それこそが〝印〟なんだからね!』
「……っ!」
……自動追尾する火の粉、そんな技も持っていたのか。
『そレに一つだけ忠告』
――ニヤリッ、〝炎帝の左手〟がいやらしく嗤った。
『 空中じゃ回避も儘ならないよネ♪ 』
核 撃
――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!
……規格外の大爆発がわたしを呑み込んだ。
『〝水分身〟は無イ、回避も無イ、耐久力も無イ』
〝炎帝の左手〟が一人呟いた。
『死亡確定だネ♪』
――ザクッ、彼の足下に〝SOC〟が突き刺さった。
『〝核撃〟に耐えるなンて丈夫な刀だ』
〝炎帝の左手〟がいやらしく口角を上げた。
『まァ、持ち主が死んだら意味無いんだけどネ♪』
〝炎帝の左手〟が嗤う。
……嗤う。
『 チェックメイトです 』
……笑みが消える。
声はわたしの声だ。
そして、それは〝SOC〟から聴こえた。
『 〝憑依抜刀〟――〝クリスティア〟 』
……そう、わたしは〝SOC〟に憑依していたのだ。
『 〝氷龍装填・蒼天斬華〟 』
銘刀――〝SOC〟なら如何なる暴力にも耐えられる上に、わたしの肉体では耐えられない強魔術の反動にも耐えられるのだ。
『 さようなら、〝炎帝の左手〟 』
『ーーッ』
……全ては作戦通りであった。
分身や〝爆水〟を駆使して〝炎帝の左手〟をタツタさんから引き離し、分身で時間稼ぎをしている間に彼の頭上を取る。
勿論、〝炎帝の左手〟は抵抗するだろうけど、〝SOC〟に憑依すれば何とかなるだろう。
〝SOC〟に憑依した後は身動きできなくなるけど、自由落下に身を委ねれば〝炎帝の左手〟の足下に着地できる筈であった。
『ゆッ、赦してくれっ』
『 ごめんなさい 』
……わたしは命乞いをする〝炎帝の左手〟に謝った。
凍 幻 卿
――巨大な氷山が〝炎帝の左手〟を呑み込んだ。
『 この勝負 』
……〝憑依抜刀〟――解除。
――パリイィィィィィィィィンッッッ……! 氷山諸とも〝炎帝の左手〟が粉々に砕け散った。
「 わたしの勝ちです 」
……こうして、わたしは〝炎帝の左手〟に勝利した。
ただ、一つ問題があるとするならば……。
――ガクンッ、わたしの身体が落ちる。
……もう、わたしの体力が限界だってことである。
「 よく頑張ったな、クリス 」
――ガシッ、倒れそうになったわたしを何者かが支えてくれた。
「……っ!」
……わたしの瞳から涙が溢れ落ちた。
「お陰で体力全快になったよ」
……わたしはこの体温を、この声を知っていた。
「……まったく……大寝坊だねっ」
……その人の名は?
「 タツタさんっ……! 」
……そう、空上龍太が完全復活したのだ。




