第173話 『 クリスの覚悟 』
……タツタさんは静かに寝息をたてながら眠り続けていた。
皆さんが〝LOKI〟さんを取り戻しに行っている間、わたしはタツタさんの看病をしていた。
とは言っても、怪我の方はほとんどギルドさんが治療したので、わたしは冷気を放出し、タツタさんの火傷を冷やすことぐらいしかできなかった。
それにわたしの非力な体力では〝水由〟との戦闘は厳しいものがあったので、この振り分けは妥当であると思う。
「……」
わたしは気持ち良さそうに眠るタツタさんの顔をじっと見つめた。
……最初は一目惚れだった。
氷の封印から解き放たれる瞬間に見たタツタさんの顔は格好よかった。
それから事故とはいえ、キスをして、タツタさんの体温に触れ、凄くドキドキした。
それに、タツタさんはわたしの恩人なのだ。
タツタさんは氷の中に閉じ込められていたわたしを外の世界に連れ出してくれた。
退屈で、朝か夜かもわからない世界から自由で刺激に満ち溢れた世界へと連れていってくれたのだ。
それから一緒に旅に出て、フレイちゃんを〝むかで〟から取り戻す為に奮闘したり、海で游いだり、お洋服を買ったり、お誕生日会をしたり、楽しいことが沢山あった。
わたしは皆と出会えて、一緒に冒険できて幸せだった。
そして、そんな毎日を過ごす中、タツタさんの優しさや強さに何度も触れて、その度にわたしはタツタさんのことが好きになったんだ。
……だけど、わたしは恐かった。
誰かの為に戦うタツタさんの強さや優しさは、いつかタツタさんを殺してしまうんじゃないかって恐かったのだ。
だから、今回、〝LOKI〟さんを奪還する作戦は正直、わたしは反対だった。
ドロシーさんの力になりたいというのは嘘ではない。
だけど、今回の敵は〝魔将十絵〟の一人――〝写火〟の〝水由〟とその〝水由〟に操られている〝LOKI〟さんだ。博打をするには相手が強すぎる上に、タツタさんは戦闘不能な状態だった。
それにわたしは〝LOKI〟さんと一言も言葉を交わしていないし、見たことすら一度もなかった。
命を懸けるには、あまりにも動機が弱かった。
だってわたしは弱いのだ。皆のように強くはない。何かを切り捨てないと何も守れないような弱い精霊なのだ。
わたしは薄情な女だ。だからこそ、誰かの為に命を懸けられる皆のことは尊敬しているし、大好きだった。
「……」
わたしはタツタさんの手を握った。わたしの手が冷たいということもあるが、火傷が酷いタツタさんの手は熱かった。
「……もう、無理しないで」
わたしは震える声で懇願した。
「……お願い……わたしの傍から消えないで」
深い眠りについたタツタさんは静かに寝息をたてるだけであった。
『 見ィーつけた♪ 』
「――」
……声が聴こえた。
『こンな所に隠れているなんてね。まっ、ココぐらいしか隠れられる場所無いから妥当かな』
洞穴の入り口に魔物がいた。
それは人のように二足歩行で歩き、鹿のような巨大な角を携え、目は無いけど大きな口があって、溶岩のような灼熱の皮膚をしていた。
『まァ、御託はいいや』
――スッ、溶岩の魔物が腕をかざした。
『取り敢エず――死ね』
……はっ?
……何あれ?
……タツタさんを守らないと。
……死ぬ? 誰が?
……攻撃、避けないと。
……作戦1。
……炎、来る?
……来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る。
凍 る 大 地
――地面が氷結した。
――わたしはタツタさんん抱えて、飛び出した。
ビ ッ グ B A N G
――同時。大爆発が洞穴を呑み込んだ。
わたしとタツタさんは爆発の反動で吹っ飛ばされ、更に凍った地面を滑走した。
……あ、危なかった。
反応があと一歩遅ければタツタさん諸とも殺られていた。
「……何者かな?」
『挨拶が遅れたネ』
炎の魔物が笑った。
『ワたシは〝炎帝の左手〟だよ』
「……」
名乗られてもわからないが、その圧倒的な威圧感から只者ではないことはわかった。
「……何の用かな」
『別に大した用はないヨ』
――〝炎帝の左手〟が消えた。
『たダ、カラアゲタツタを殺しに来ただけサ』
……〝炎帝の左手〟はわたしの目の前にいた。
炸 裂 す る 左 手
――轟ッッッ……! 大爆発がわたしを吹っ飛ばした。
「きゃあっ……!」
わたしは雨に濡れた地面を二転三転と転がり、地にひれ伏した。
『キミは邪魔だよ♪』
「……っ」
……強い。わたしより遥かに強い。
『そこで大人シく寝ているといい』
「……嫌です」
わたしは覚束ない足取りで立ち上がった。
「タツタさんには手を出させない……!」
『引っ込みなヨ、弱いんだから』
火 炎 球
――幾つもの炎弾が襲い掛かる。
氷 柱 殺 し
――わたしは無数の氷柱を発射して応戦する。
『その程度で止めらレるとでも?』
「……っ!」
――全ての氷柱が一瞬にして蒸発した。
「……くぁっ!」
わたしは再び吹っ飛ばされる。
「……まだ……まだっ」
まだ、動ける。
「タツタさんを守るんだ」
わたしはもう一度立ち上がる。
――ガクンッ、わたしの身体が地に落ちた。
「……」
……嘘っ……足、力入らない。
わたしの脆弱な身体ではこれが限界だった。
『そうそう、これがキミの限界なんだよ♪』
地を這いつくばるわたしを〝炎帝の左手〟が嘲笑った。
「……限界、なんかじゃないっ」
わたしは地面に手を当てて、無理矢理身体を起こした。
「タツタさんはわたしの大切な人だよっ」
全身が張り裂けそうなほどに痛かった。
「わたしはタツタさんが好き、大好きっ」
〝炎帝の左手〟と対峙するのは恐かった。
「だから、絶対にタツタさんには手は出させないっ……!」
だ け ど 。
――タツタさんを失ってしまうことの方が痛いし、恐かった。
「わたしは逃げないっ……!」
『……』
〝炎帝の左手〟は少し考え、嗤った。
『ならば二人諸とも――死ネ』
〝炎帝の左手〟がわたしとタツタさんに掌を突き出した。
――嫌だ!
……わたしは心の中で叫んだ。
――タツタさんが死んじゃうなんて嫌だ!
……わたしは思い返す。
滝壺で泳ぎを教えてもらったこと。
砂浜でお喋りしたこと。
一緒に〝むかで〟と戦ったこと。
深い森や雪原を駆け抜けたこと。
初めてキスをしたこと。
「……わたしの背中には絶対に傷つけちゃいけない人がいる」
……わたしはタツタさんに沢山のことを教えてもらった。
「……どんなに焼かれても、どんなに傷ついても見捨てられない人がいる」
……人がこんなに温かいなんて知らなかった。
「……その人は優しくて、強くて、誰かの為に命を懸けられるそんな凄い人なんだ」
……誰かと一緒にいることがこんなに楽しいだなんて知らなかった。
「……それが空上龍太」
……心臓がこんなに速く鼓動するなんて知らなかった。
「……わたしの一番大切な人なんだよ」
……全部、タツタさんが教えてくれたんだ。
だから、今度はわたしがタツタさんに恩返しをする。そうするべきだと思った。
『 さよナら 』
火 炎 球
――轟ッッッッッッ……! 幾つもの炎弾がわたしとタツタさんに放たれ、爆発した。
……爆風が吹き荒れ、火炎が濡れた草木を焼き払った。
『死ンだ、かな』
「……タツタさんに手は出させない」
『――ッ!』
……そう、わたしとタツタさんは生きていた。
「わたしの大切な人に指一本触れさせない」
巨大な氷塊を盾にわたしとタツタさんは爆炎から逃れていたのだ。
「わたしの名前はクリスティア」
――パリイィィィィィィィィンッッッ……! 氷塊が粉々に砕け散った。
「T・タツタの一員にして、〝八精霊〟の一人」
細かい氷の粒が粉雪のように降り注ぐ。
わたしは真っ直ぐに〝炎帝の左手〟を睨み付けた。
「 そして――あなたを倒す……! 」
……それがわたしの宣戦布告であった。




