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 第172話 『 幻影九麗 』



 「 弐の型 」


 ――漆黒の刃がとてつもない速度で伸びる。



        伸



 『こレはこレはかわしきれないな』


 〝炎帝の右手〟が悠然と笑う。


 『まァ』


 ――スカッ、〝炎帝の右手〟の身体は〝伸〟をすり抜けた。


 『炎の身体に刃は通らないけド♪』

 「だよねー」


 確かにこれは厄介だな。斬攻撃が効かないってことは実質〝幻影六花〟が通用しないってことになる。


 「でも、〝炎帝の左手〟には通じた。それってつまりあんたらの炎の身体にも〝核〟のようなものが存在するんじゃないかな」

 『……』

 「無回答、か」


 ……だったら。


 「あんたらの身体に訊くしかないみたいだね♪」


 ――ザクッ、俺は地面に〝幻影六花〟を突き刺した。


 〝幻影六花〟 ―― 五の型 。



        蛇



 ――漆黒の刃が地を這い、〝炎帝の左足〟に襲い掛かる。


 「かーらーのー」


 〝幻影六花〟 ―― 肆の型 。



        裂



 ――〝蛇〟が無数に枝分かれした。


 「喰らえ」



  百   影   蛇   咬



 ――ドドドドドドドドドドドドドドッッッ……! 百を超える黒い刃が〝炎帝の左足〟を貫いた。


 「これなら〝核〟の逃げ場所はないよね」

 『クスすス』

 『ゲラげら』


 仲間がやられたにも拘わらず、〝炎帝の右手〟と〝炎帝の右足〟が笑っていた。


 「何がおかしいの?」


 『 それは笑イたくもなるさ 』


 ……答えたのは今貫かれたばかりの〝炎帝の左足〟だった。


 『殺ったと思ッて仕留め損なっているなんて間抜けすギるからね』

 「……意味がわからないよ」


 確かに〝百影蛇咬〟は〝炎帝の左足〟を貫いていた。しかし、奴は無傷であった。

 まさか〝核〟なんて最初からないのか。

 だけど、それじゃあ〝炎帝の左手〟が死んだ理由がわからない。


 『 考え事ヲする時間は無イよ 』


 ――〝炎帝の右足〟が目の前にいた。


 「――ッ」



 ビ ッ グ B A N G



 ――大爆発の奔流に吹っ飛ばされた俺は空中に投げ出される。


 『巧いネ、あのタイミングでガードを間に合わせるなんて』


 ……そう、俺は咄嗟に〝魔焔〟を放出して、爆発を相殺したのだ。


 『だガ』


 ――ニヤリ、〝炎帝の右足〟が嗤った。


 『 甘いネ 』


 ――声は真後ろから聴こえた。



 炸 裂 す る 右 手



 ――轟ッッッッッ……! 大爆発が俺を吹っ飛ばした。


 「――ッう!」


 今度はガードが間に合わず、俺の身体は宙に打ち上げられた。


 (……やられた! 既に背後にもう一体待機してい)


 ……そこで俺の思考は停止した。


 『 ♪ 』


 ……〝炎帝の右手〟が俺の真上にいたからだ。



 フォール ち イン げ ファ イア



 ――圧縮された熱の砲弾が俺に叩き込まれた。


 「――ぐっ!」


 咄嗟に〝幻影六花〟でガードしたものの、空中で踏ん張れない俺の身体は為す術もなく地面に叩きつけられた。


 『そノ熱弾――破裂するヨ』

 「えっ――……」



 ――轟ッッッッッッッッッッ……! 大爆発が俺を呑み込んだ。



 「ぐはっ……!」


 爆発する直前に〝魔焔〟を放出して威力を軽減したものの、それだけでは耐えきれる筈もなく、俺の身体に灼熱と鈍痛が駆け抜けた。


 「……あんたら強いね」


 俺は何とか立ち上がって三体の〝裂火〟を睨み付けた。


 『当然だネ』

 『我々は元ヲ辿れば一つの炎』

 『さすレば、この程度の連携は訳ないのだヨ』

 「……」


 ……確かに、あいつらのチームワークは無敵であった。


 (……これは厄介だね)


 ただでさえギルド姉ちゃん級の火炎魔術が使えるのに、それに加えて物理攻撃回避能力と一糸乱れぬチームワーク……まさに、鬼に金棒であった。


 「でも、絶対に負けられないんだよね」


 ドロシー姉ちゃんとの付き合いはまだそう長くはないけど、それでも俺は姉ちゃんが大好きだった。


 「魔力――解放」


 ――ゴッッッッッッ……! 黒い炎が噴き出した。


 「だから、あんたらに勝つ……!」



  闇  黒  大  炎  弾



 ――俺は特大の黒い炎弾を〝裂火〟目掛けて撃ち放った。


 『なルほど』


 〝炎帝の右手〟が嗤った。

 『斬攻撃では〝核〟ヲ捉えることができない』

 〝炎帝の右手〟が右手をかざした。

 『だヵら、圧倒的な質量で押し潰す……悪くない判断だ』

 だが、と〝炎帝の右手〟が呟く。


 ――ゴッッッッッッ……! 特大の炎弾が〝炎帝の右手〟の掌から放たれ、〝闇黒大炎弾〟と衝突、相殺された。


 『素直に当たッてやるつもりはなイ』

 「知ってる♪」

 『何っ……!』


 ――〝闇黒大炎弾〟の影に隠れていた俺は〝炎帝の右手〟の目の前まで接近していた。


 「まずは一匹目ェ……!」

 『……っ!』


 ――ドッッッッッ……! 俺の土手っ腹に風穴が空いた。


 「 ―― 」

 『キミの相手はわタしだけではない――油断は禁物だよ』


 〝炎帝の右手〟が嗤う。


 『まァ、もう意味はなイけど』

 『クスくす』

 〝炎帝の左足〟に貫かれた俺を三人が嘲笑った。


 ――ピシッ、〝炎帝の左足〟に貫かれた〝俺〟に亀裂が走った。


 ……よしっ、誘導完了♪


 ――パリイィィィィィィンッッッ……! 〝俺〟が粉々に砕け散った。


 『……ッ!』

 『身代わリ!?』

 『じャあ、本物は?』


 〝裂火〟が動揺する。

 そう、これは誘導だ。今、〝裂火〟は一ヶ所に集まっていた。

 それに俺は僅かな時間を使って奴らと距離を空けていた。この距離こそ、俺の必殺技が一〇〇パーセント力を発揮できる間合いなのだ。


 「ゲームオーバーだ」


  全  力  全  開  !


 ――〝魔焔〟が〝幻影六花〟に圧縮される。




     黒     羽




 ――〝黒羽〟が〝裂火〟に襲い掛かる。


 『こレはかわせない!』

 『もう終わりダ!』

 『ちくシょうっ!』


 〝裂火〟が頭を抱えて慌てふためく。
















 『『『 ナーンてネ♪ 』』』



 ……〝裂火〟が嗤った。




        ノ   




     バスター     ライトニング




  サラ   マン      




 ――巨大隕石とミニチュア太陽と巨大な龍を模した業火が一斉に放たれた。


 「……嘘だろ」


 〝火龍ノ涙〟に〝日輪〟に〝火龍招来〟、最上級火炎魔法が三発も同時に放たれたのだ。


 ――パンッッッッッッッッ……! 〝黒羽〟が粉々に砕け散った。


 「……あっ、これ」


 三つの最上級火炎魔法が俺に襲い掛かる。


 「……ヤバい、かも」



 ――ゴッッッッッッッッッッッ……!!! 圧倒的な熱量と破壊が俺を呑み込んだ。



 ……爆風と灼熱が周囲一帯を吹き飛ばす。地面も木々も空気も焼き尽くされた。


 『直撃♪ 直撃ィ♪』

 『死亡確定だネ♪』

 『大勝利ッて奴かね♪』


 ……遠退く意識の奴等の笑い声が聴こえた。


 「ァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!」


 熱さと激痛が一挙に俺を支配した。


  ア   ツ   い   !


 「ァァァァァァァァァッッッ……!」


  イ   タ   イ   !


 「うァァァァァァァァァァァァッッッ……!」


 アツイイタイ熱いイタイ痛いイタイアツイアツイ痛い熱いアツイ痛いアツイアツイ熱いアツイアツイ痛いイタイイタイイタイアツイ熱いアツイィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ……!!!


 ……大火が鎮まる。

 ……暴風が止む。

 ……俺は静かに倒れる。


 「……」


 もう、身体は動かなかった。

 呼吸をするだけで肺が悲鳴をあげた。

 ただひたすらに眠かった。


 『もう、終わりだヨ』

 『そう、キミは死ぬんだ』

 『絶対にネ』

 「……」


 嘲笑う〝裂火〟に俺は言い返すこともできなかった。


 ……限界、かな?


 そう、耳元に囁いたのは俺自身であった。

 全身焼けるように熱いし、身体の節々が引きちぎれるんじゃないかと思えるほどに痛かった。

 手足に立ち上がる力も入らないし、意識だっていつ途切れてもおかしくなかった。


    限    界    ?


 ……それが結論だった。


  あ 限界?   不可能。

 死      無    血

 ぬ  痛い  理 眠 死

 ?      無 い   熱い

   イタイ  理  炭炭

 死死       死

 死死    ゲームオーバー?

    無理無理無理無理


 ……色んな文字に押し潰され頭の中が真っ黒になった。


 (……駄目だ……何も考えらんないや)


 俺は迫り来る限界の時を覚悟した。


 「……」


 そして、俺は静かに瞼を閉じた。

 それはそれはとても心地よくて、まるで夢の中にいるように安らかであった。


 (……そっか)


 俺は今初めて死を知った。


 (……俺、死ぬんだ)


 意識が遠退く。それは、止めようがない強力な力であった。


 (     )


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



















 ――ずっと、ずっと、一緒にいたかったっ……!



 ――パチッ、俺は開眼した。


 「……………………泣いていたんだ」


 俺は小さく呟いた。


 「……ドロシー姉ちゃんが泣いていたんだ」


 あの隠し事が得意なドロシー姉ちゃんが俺達の前で大粒の涙を溢して泣いていたのだ。


 「……俺、ドロシー姉ちゃんの笑った顔が好きなんだ」


 俺の右手に力が戻った。


 「作り笑顔も多かったけど本気の笑顔とか凄く好きなんだ」


 左手にも力が戻った。


 「だから、俺はドロシー姉ちゃんに笑っていてほしいんだっ」


 両足にも力が戻った。


 「その為に俺は戦う……!」


 両手の指が地面を抉る。


 「その為に立ち上がる……!」


 ――そして、俺は立ち上がった。


 「 あんたらに勝つ……! 」


 俺は〝幻影六花〟を構えた。


 「……力が欲しい」


 〝幻影六花〟が僅かに震えた。まるで俺の闘志と共鳴しているようであった。


 「弱いままじゃあ駄目なんだ! 力が欲しい! せめて、ドロシー姉ちゃんの笑顔を守れるくらいの力が!



  欲   し   い   !



 ――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 俺の魔力が噴き出した。


 「……ずっと使えなかったんだ」


 俺は〝幻影六花〟を構えた。


 「能力の支配は当の昔から完璧だった。なのに、俺は〝第二形態〟へと到達することができなかった」


 ……一ヶ月前、〝むかで〟に惨敗した。


 「その理由がやっとわかったんだ」


 ……二週間前、グレゴリウス=アルデミーに敗北した。


 「俺に足りなかったもの」


 ……そして、今も。


 「それは強くなりたいって意志だったんだ」


 『……何を言ッているのだ?』

 『そもそも生きてィるのがやっとの筈だろう』

 『何故、立ってィられるノだ』


 〝裂火〟が様子の変わった俺に警戒心を強めた。


 「特別に見せてやるよ」


 ……〝特異能力スキル〟――臨界突破オーバーフェイズ


 「 俺の〝第二形態〟をね♪ 」




  げん   えい      れい




 ……それこそが俺の〝特異能力〟、〝第二形態〟であった。


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