第13.5話 『 スライムパニック 』
「タツタさん! 買い物ですよ! デートですね!」
……ギルドがハイテンションに石畳道の上を跳ねる。
「わたし、男の子と一緒に買い物するの憧れていたんですよねー♪」
「……デート、か」
ルンタルンタとステップを踏むギルドとは裏腹に俺は〝デート〟という単語にどぎまぎしていた……だって、童貞なんだもん。
「……わたしは、甘いものが食べたいです」
……まあ、フレイもいるんですが。
フレイを仲間に入れた俺達であるが、次の目的地であるノスタル大陸の〝氷の花園〟を目指す前に、近場の都市で休息を図っていた。
その休息ついでにギルドが買い物をしたいと申し出て、今に至っていた。
「ところで何を買うんだ?」
「ひ・み・つ♡」
「ふーん」
「もっと興味持って!」
デートだったり、ひ・み・つ♡ だったり、興味持ってほしかったり、乙女心はよくわからんな。
「じゃあ、興味ある」
「じゃあって何ですか! じゃあって!」
……段々、面倒臭くなってきた。
「フレイは甘いものだっけ、何食べたいんだ?」
ギルドとの絡みも疲れてきたので俺はフレイに話を振った。
「……はっ、気安く話し掛けないでください」
「……」
……クソガキが。
俺はフレイの生意気さに内心舌打ちした。
面倒臭いギルドと生意気なフレイに挟まれた俺は何とも言えない居心地の悪さを覚えた。
「まずはギルドの買い物を済ませて、その後に飯にするか」
「賛成ですー☆」
「……いいと思います」
そんな訳で俺たちはギルドの希望により洋服専門店――《ゆるり》へと足を運んだ。
……………………。
…………。
……。
「どうですか、タツタさん」
……試着室で新しい服を着て、スカートをヒラヒラとさせるギルドがひたすらに可愛かった。
ちなみにギルドが着ている服は新しいデザインの魔導師装備であり、以前の装備に比べて、少し太股と胸元の露出が割り増しであった。
「どうですかー」
「……」
「可愛いですかー」
「……」
「……あのー、何かコメントください」
「……」
「……ターツーターさーん、大丈夫ですかー!」
「……あっ、ああ! いいんじゃね!」
ギルドの猛アタックにより、俺は我を取り戻した。
「そうですか? ほら、ここのデザイン、可愛くないですか?」
そう言ってギルドはスカートをヒラヒラする。
エッロ~~~~~~ッッッ……!!!
……何だ、これ! 可愛いじゃなくてエロいだよ! 視覚的暴力だよ!
「いいんじゃないか、なあ、フレイもそう思うだろ」
俺は興味ない振りをして、フレイに話を振った。
……チラッ……チラッ……チラッ、チラッ。
駄目だ! 思わずギルドの方をチラ見してしまう!
「……(じぃー)」
そんな俺を無言でガン見するフレイ。
「不潔です、大人は不潔です」
……違うんだ、フレイ! これは不可抗力なんだ!
「……あっ!」
ギルドが俺の方を見て、すっとんきょうな声を漏らした。
たりー……。
「タツタさん! 血っ! 鼻血出てます!」
「うえぇー……」
……フレイが俺をゴミ虫を見るような目で見るのであった。
「……あっ、わたしだけお着替えするのもあれなので、フレイちゃんもお着替えしよっか」
「えぇー、わたし、オシャレとか詳しくないですよ」
「だから、今日からお勉強しましょう! 大丈夫! さっき、フレイちゃんに似合いそうな服があったから!」
「うえぇー」
ギルドのお姉ちゃんパワーにより、フレイは半強制的に試着室に引きずり込まれた。
「……」
フレイが着せ替えさせられている間、俺は一人スクワットをして時間を潰した。
オシャレ下級者の俺にとって、服屋は居心地のいいものではなかった。
しばらくスクワットをやっていると、試着室の中から「準備OKですよー」とギルドがカーテンを開いた。
「……おぉ」
カーテンが開かれた先の光景に俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「可愛いじゃないか」
「でしょー! って、何で汗だく!?」
……スクワットしたので。
「……うぅ、恥ずかしいですぅ」
……フレイは天使のコスプレをしていた。
「いやいや、似合ってるぜ」
「むぅ、あんまりジロジロ見ないでください」
恥ずかしいのか、いつものフレイに比べて毒がなかった。
――ピコーン、閃いた。
「あっ、フレイ」
「なっ、何ですか」
俺は一つ提案する。
「スウィートラブリーエンジェル、フレイでーす♡ あなたのハートを癒します♡ ……とか、言ってくれないか?」
「はっ? 調子乗らないでください」
「……すみません」
……マジの真顔で返され、俺は思わず謝った。
……ギルドが新しい服を買ったので、次はフレイの要望である甘いもの……の前に、昼飯にすることにした。
「はぅー! やっぱりスライム料理は最高ですぅ~☆」
「……よく食うなぁ」
昼飯はギルドの要望により、スライム料理専門店で済ませることにしたのだ。
「特にこのピンクスライムのエキスを隠し味に使ったこのドリアが最高です」
「まあ、美味いよな。俺はオレンジスライムのスタミナ定食だが、一口食べるだけで力がみなぎってくるよ」
確か、オレンジスライムには滋養増強や精力アップの効果があるんだっけ?
「……」
……ん?
……滋養増強?
……精力アップ?
「……っ!?」
そこで俺は下半身の違和感に気がついた。
(……嘘だろ)
俺は目の前の光景に唖然とした。
(……おっ、俺のおいなりさん)
――ギンギンやないかァーーーッ!
……そう、俺の股間は大変なことになっていた。
「 じゃあ、全員食べ終わったことですし、お会計にしましょうか 」
ギルドが財布を出して立ち上がった。
「……えっ?」
……気づけば、全員が完食していた。
(まずい! 今、立ったら大変なことになるぞ! いや、もう勃ってるけど! クソ、ややこしいな!)
俺は追い詰められていた。
「ちょっと待て!」
「……どうかされましたか?」
(ええーと、何かテキトーな理由は――……)
「 ウンコ漏らした 」
……いや、これは違うな。流石にウンコはやりすぎだ。
そう、正解は――……。
「すまん、ぎっくり腰になった」
「……えっ?」
間違えたーーーッ! テキトー言い過ぎたーーーッ!
「大変です! とにかく回復魔法で治さないと!」
……おお、信じてくれた。
「……」
……ん? 回復魔法で治す?
「 それじゃあ、治療しますねー☆ 」
ギルドが俺の隣に座って、俺の服に手を掛けた。
うわああああああああああああああああああああああああああッッッ……! ミスったァァァァァァァァ……!
テキトーなことを言い過ぎて、逆にギルドを接近させてしまったぞ!
「すぐに治しますよー――……あっ」
……あっ、気づかれた。
「……」
ギルドの顔がみるみる赤くなった。
(……おっ)
終わった。変態確定だ。
「……あの、タツタさん」
しかし、ギルドは引くどころか俺の耳元に顔を寄せて、小声で囁いた。
「 スッキリさせましょうか♡ 」
「……」
「男の人って出さないと収まらないんですよね♡」
「……」
ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ……!?
……驚愕のあまりに俺は禿げるかと思った。
(あっえーとスッキリってえーとえーと……駄目だ、思考がまとまらねェ!)
「……」
……チラッ、俺はギルドの方を見た。
ちくしょう! エロ可愛いよ!
(……どうしよう、こっちもオレンジスライム食ったせいで収まらねェぞ)
腹をくくろうとした俺であるがふとフレイの方を見た。
「……不潔です」
……めっちゃドン引きしていた。
「……あっ」
気がついたらオレンジスライムの効力も落ち着いていた。
「……ぎっくり腰、治ったわ」
俺はギルドの誘惑を振り払い、立ち上がった。
……ちなみに、ギルドの様子がおかしかったのは媚薬にも使われるピンクスライムのせいであったので、しばらくしたら落ち着いていた。ちょっとだけ残念だった、ちょっとだけな!
……少し歩き、俺達は小洒落たパンケーキ屋に入った。
「……」
「……」
パンケーキ専門店を訪れ、食事を始めること一時間、俺とギルドは唖然としていた。
「……ん? わたしの顔に何か付いてますか?」
俺とギルドの視線に気がついたフレイがパンケーキを食べる手を止め、真ん丸な目で俺たちを見つめた。
「ああ、ほっぺにクリームが付いてるが」
「ひゃわっ……!」
……いや、言いたいことはそれじゃないんだよ!
だって、そうだろ? フレイは小学校低学年くらいのチビッ子だ。なのに! なのにィ!
――フレイの目の前には幾重にも重ねられた皿が積み重ねられていた。
……何でそんなに食えるんだーーー!
「……よく、食うな」
「そうですか?」
「だって、ここに来るまでそんなに食べてなかったじゃんか」
「えーと、おやつは別腹なんです」
……にしても限度があるだろ。
「あっ、おかわりいいですか?」
まだ食うんか!?
それから、俺とギルドはフレイが食べる姿を眺める作業を続けた。まあ、フレイが可愛かったからいいけど。
……………………。
…………。
……。
「あー、そろそろ宿に行くか」
……夕暮れ、やることを終えた俺たちは宿に向かっていた。
「そうですねー」
「ふわぁぁ」
二人とも疲れていたり、眠そうだったりした。
「まあ、今日は楽しかったよ」
「わたしもですー、また行きたいですー」
「……まあ、うん」
皆、楽しかったようなので今日のデートは成功と言えよう。
「……ん?」
「どうかしましたか?」
少し離れた路地裏で一人の少年が何人かのおっさんに絡まれていた。
少年は線の細い体つきに童顔で、腰には一本の脇差しを差し、着物っぽい格好をしていた。
「……ちょっと、様子見してくるわ」
「お気を付けてください」
俺はギルドとフレイを残して、問題の現場へ駆け出した。
……この世界に来る前の俺からは想像のできない勇敢さである。まあ、強くなったので傲慢になったとも言えるが。
「どうかしたのか?」
俺は一行に歩み寄り、状況を確認した。
「あっ、お前誰だよ」
「ただの旅人だ。通行人が何事かと騒いでいる、何かあったのか?」
「何だよ、他所者が口出しすんなよ」
……一理あるが柄悪いなぁ。
「 あー、〝空門〟さんじゃないですか♪ 」
――そう言ったのは囲まれていた少年だった。
……てか、〝空門〟? 前もギルドが似たようなこと言ってたな。
「いやぁ、僕、困ってたんですよー。ちょっと肩がぶつかっただけでこの人達絡んできたんです」
少年はどうやら俺を〝空門〟とかいう人物と勘違いしているようだ。
「……お前、誰だよ」
「えっ、僕です。八雲ですよ。仲間のことを忘れちゃうなんて酷いなー」
「……いや、知らねェし」
……本当にな。
「おい、お前! 俺たちを無視してんじゃ!」
「 煩いなぁ 」
……ぼそっ、八雲が小さく呟いた。
――バキッッッ! 次の瞬間、おっさんの腕が折れた。
「――あっ」
「いやあ、もしかして他人の空似だったりします?」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
「確かに魔力も全然違いますね」
腕を折られたおっさんが吼えるも、八雲は一切気にする素振りは無かった。
「うわあ、僕、恥ずかしいなぁ。すみません、人違いでした」
「……おっ、おう」
「それでは失礼します♪」
八雲はそれだけ言って、一瞬にしてその場から姿を消した。
……まるで、見えなかった。とんでもない速さだな。
そして、残された俺と男たちはその場に残されたのであった。
「……何だ、これ?」
……そんな俺の呟きは都市の夕焼けに溶けていったのであった。