第166話 『 再動 』
……タツタ様の心臓が止まっていた。
「タツタ様っ! タツタ様ぁ……!」
私は横たわるタツタ様の肩を揺らしながら、何度もその名前を呼んだ。
「……」
しかし、タツタ様が目を開けることはなかった。
タツタ様が死んだ?
「……そんなっ……嘘だ」
もう二度と目を覚まさない?
「……嘘だ……嘘だっ」
私は横たわるタツタ様の胸に胸骨圧迫をした。
「死なないでっ、死なないでくださいっ……!」
私は絶え間なく胸骨圧迫をし続けた。
「約束したじゃないですか!」
私はタツタの唇に自分の唇を重ねて、呼気を吹き込む。
「俺も生き残る、って言ったじゃないですか!」
再び胸骨圧迫を繰り返す。
「目を開けてください、タツタ様……!」
何度も何度も、その名前を叫び続ける。
「 タツタ様……! 」
ド ン
ク ッ
―― 一瞬、ほんの一瞬だけタツタ様の心臓が鼓動した。
「……っ!」
私はすぐにタツタ様の胸に耳を当てた。
…………トクンッ……トクンッ……トクンッ――……。
「……………………生きてる」
……確かに、タツタ様の鼓動であった。
「……タツタ様……生きてる……まだ、生きてた……生きているんだ」
弱々しいけど、呼吸もしていた。
「……良かった」
私は感極まって大粒の涙を溢した。
「……生きてて……ほんとに良かった」
空上龍太が生きている。ただその事実が嬉しかった。
「 ……ドロシー、ちゃん? 」
――足音と共に名前を呼ばれた。
「……ギルド、様」
……そう、ギルド様がそこにいた。
「大きな爆発音が聴こえたから駆けつけたけど、これは一体何事かい」
ギルド様だけではなくカノン様やヤナギ様、T.タツタの面々が揃い踏みだった。
「それにタツタくんも死にかけているし、説明してもらってもいいかな、ドロシーさん」
カノン様が現状と過程を言及した。
「……まずは、タツタ様を雨の当たらない場所に移してから。その後に話します、これまでの全てを」
……瀕死の状態での体温低下は命に関わる。皆様は頷き、タツタ様を背負い、場所を移した。
……ボゥッ、焚き火が暗闇の中、ゆらゆらと揺らめいた。
私達は近くの洞穴まで移動し、中には嘗て誰かが使ったであろう薪を集め、ギルド様の火炎魔法で火を灯したのだ。
「……ただ今、話した内容がことの顛末です」
私は、私が失踪してからタツタ様が倒れるまでの話を事細かに説明した。
「……ドロシーちゃんはどうしたいの?」
話を聞き終えたギルド様が私に問い質す。
「ドロシーちゃんには帰れない理由と話せない理由があることは、話を聞いていればわかったけど」
ギルド様が一瞬だけタツタ様の方を見て、再びこちらへ向き直る。
「でも、こんな姿になってまで諦めなかったタツタさんの気持ちを無下にできるような人でもないよね?」
「……」
ギルド様が意地悪な笑みを浮かべた。
「……」
しかし、私はギルド様の問いに答えることができなかった。何故なら、それは〝白絵〟様の命令違反になってしまうからだ。
「……答えられない、か」
「……」
沈黙を通す私にギルド様がふぅ、と小さな溜め息を溢した。
「ドロシーちゃん、ドロシーちゃんは私がタツタさんのようには甘くはないってことは知っているよね?」
「……」
ギルド様の鋭い眼光が私を捉えた。
「答えられないのなら仕方がないけど。ただ、こちらから幾つか質問をするけどいいかな?」
「……はい」
「ドロシーちゃんは私の質問に答えるも沈黙するも自由、異論はないかな?」
「いえ、特には」
では、とギルド様は質問を切り込む。
「ドロシーちゃんはT.タツタに戻りたい?」
「……………………はい」
これは答えてもいい内容だったので素直に答えた。
「では、続いて質問その2。ドロシーちゃんは誰かを人質に捕られている?」
「……」
「……」
「……」
「……沈黙、か」
ギルド様は不敵に笑み、質問その3に移行する。
「質問その3。人質を吹っ掛けてきたのは〝白絵〟もしくはその部下?」
「……」
……何故?
私は疑問に思った。
(……私は何も話していないのに、ギルド様は核心を捉えているのだろうか?)
仲間ながら、ギルド様の底知れない器に私は戦慄した。
「……これも沈黙」
「……」
ギルド様は予定調和と言わんばかりに、質問その4へと移行する。
「それでは最後の質問」
「……」
「 ドロシーちゃんはわたし達に助けてほしい? 」
――ドクンッ、ギルド様の質問に私の心臓は僅かに跳ねた。
「……それは」
私は返答に窮した。
「……それはっ」
確かに、私は追い詰められていた。T.タツタには入れず、お父様は〝水由〟様に奪われてしまっていた。
とはいえ、簡単に助けを求めるほどに浅はかでもない。
きっと私が助けを求めれば、優しい彼らは命を懸けて私を助けに来るからだ。
しかし、それは危険なことである。なんせ、〝魔将十絵〟、〝写火〟の〝水由〟は間違いなく強敵で、その〝水由〟に炎熱系最強の魔物であるお父様が服従しているのだ。正直、勝率は絶望的なものと言えよう。
だから、私は助けを求めてはいけないのだ。
「……それ……はっ」
私は否定しようと口を開いた。
――つぅ……、一筋の涙が溢れ落ちた。
……感情が溢れだしてしまったのだ。
「……あれ? どうして?」
私はずっと抱え込んで生きていたのに、本当の自分を偽って生きてきた筈なのに、この涙腺を支配することができなかった。
「……涙……溢れ――……」
――ぎゅっ、ギルド様が私を抱き締めてくれた。
「もう、いいからっ」
……ギルド様の体温は、タツタ様に似てとても温かかった。
「今まで、ずっと一人で頑張ってきたんだよね」
……その声はどこまでも優しく、私の心に突き刺さり、まろやかに溶けていった。
「……そんな、こと」
――さもなくば、お前のお父様だけじゃなくてお前の大事な仲間も皆殺しにするよ
「……そんな……こと」
――諦めろ、例え来たとしてもお前は仲間を受け入れられないんだからな
「……………………ぅっ」
……一瞬の静寂。
「うああああああっ、うわぁぁぁぁぁぁぁんっ……!」
……私は大声を出して泣いた。
……今まで苦しみがはち切れてしまったのだ。
皆様と一緒にいたい。
また、海で遊びたい。
ショッピングもお誕生日会もしたい。
温泉にも入りたい。
――だけど、それは叶わない。その事実がただひたすらに辛かった。
……ずっと、我慢していたのだ。
本当は大声で泣きたかった。
本当は誰かに助けを求めたかった。
「 ずっと、ずっと、一緒にいたかったっ……! 」
……それが私の願いだった。
「 任せて 」
――ギルド様がそう小さく答えた。
「必ず、また皆で旅ができるようにする。大丈夫、何とかなる……皆でそれを叶えるから」
ギルド様が優しげに笑う。
「当然♪」
「頼ってください、ドロシーさん」
「へへっ、ドロシー姉ちゃんの為なら力を惜しまないよ」
「……わたし、頑張る」
『キューッ!』
皆様がそれに呼応した。
「……皆……さまっ」
私は胸の中が一杯になった。
私は一人じゃない!
仲間がいる! 信頼できる仲間がいる!
「ありがとう、ございますっ……!」
……それがただ嬉しくて、私は泣いた。子供の頃から抱え込んでいた涙を解き放つように、沢山泣いた。




