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 第165話 『 心臓の音が聴こえない。 』



 ――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!


 ……その業火は全てを呑み込み、全てを焼き払った。


 圧倒的な熱量と光に、私は目を開けることがてきなかった。


 「……っ」


 その炎は周囲一帯の酸素を奪い、私は息苦しさに胸を抑える。

 襲い掛かる熱風のせいで汗が止まらない。

 しかし、そんな灼熱の時間もやがて終わりを迎えた。

 炎は降り注ぐ雨によって鎮まり、どこからか酸素も流れ込んできた。

 そうなってやっと私は目を開けることができた。


 「……っ!」


 そして、思わず絶句した。

 目の前に広がるのは焼け野原と曇り空だけであった。

 木々が焼けた臭いと煙が漂い、消えかかった残り火が点々と揺らめいていた。

 そこに、〝水由〟様とお父様の姿は見当たらなかった。

 しかし、たった一人、私の前に立つ人物がいた。


 「タツタ様……!」


 ……そう、タツタ様が私の前に立っていた。

 とはいえ、タツタ様の容態は酷いものであった。

 全身の火傷に、お父様や〝水由〟様から受けたダメージ、更には〝闇黒染占〟のリバウンド……正直、立っているだけでも異常なくらいであった。


 「……よう、怪我はねェか」


 タツタ様が炭だらけの顔をこちらに向けた。


 「何を言っているのですか!」


 私は思わず怒鳴り付けてしまう。


 「傷だらけなのはタツタ様じゃないですか! そんなにボロボロになって、死んでしまったらどうするのですか!」


 本当は「ありがとうございます」と言いたかったけど、罵倒の言葉しか出てこなかった。



 「……そうか、良かった」



 ……何を、


 「それだけ怒鳴れるなら元気な証だ」


 ……何を言っているのだ、この男は。


 「ふざけないでください! どうして、貴方はいつもそうなのですか!」


 私は今日何度目かの罵倒を吐き出した。


 「誰かの為に平気で自分の命を投げ捨て! いつもいつもボロボロになって! それなのに平気な顔で笑って、皆を不安にさせないようにする!」


 そんなタツタ様は格好いいけど、それ以上に私は怖かった。


 「どうして、そんなに優しいのですかっ……私にはわからないのです」


 いつか、その優しさがタツタ様を殺してしまうのではないかと、怖くて仕方がなかった。


 「別に優しかねーよ」


 タツタ様が私の言葉を否定した。


 「ただ、守りたい奴等が命を懸けたいと思えるほどに大好きなだけだよ」


 タツタ様は覚束ない足取りで私の方へと歩み出す。


 「……そんな言葉、私は言ってもらえる資格がありません」


 私は歩み寄るタツタ様と目を合わせることができなかった。


 「私は皆様にずっと嘘を吐き続けておりましたし、何度も戦えない振りをしておりました」


 きっと、タツタ様は優しい顔をしていて、私はその優しさに甘えてしまうからだ。


 「……私は卑怯者です。こんな私、大好きだなんて言ってもらう資格、どこにあると言うのですか」


 だから、もう私のことは放っておいて――……。



 「 大好きだ、ドロシー 」



 ……タツタ様がそっと私を抱き締めた。


 「時々見せる優しげな笑顔が好きだ、皆の好きな味で皆の健康を気遣った優しい料理が好きだ」


 ……まるで、時間が止まったかのような錯覚に陥った。


 「ネックレスを造ったり、マッサージをする細くて器用な手も、時々弱々しく落ち込む背中も大好きだ」


 ……タツタ様の体温は温かくて、それだけで私の凍りついた心が溶けてしまいそうだった。


 「お前がどれだけ自分を嫌いになったって、俺や皆はお前のことが大好きだ」


 ――つぅ、涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。


 「……だから、もう一人にならなくてもいいんだ」


 ……タツタ様の腕が静かに落ちる。


 「……お前には俺達がいる」


 ……タツタの体重が私にのし掛かる。


 「……大好きだ……ドロシー……………………」


 ……そして、タツタ様は瞼を閉じた。


 「……タツタ、様?」


 私は目を閉じたタツタ様の肩を揺らす。


 「……」


 しかし、タツタ様は目覚めなかった。


 ……嫌な予感がした。


 私はすぐにタツタ様の胸に耳を当てた。


 「……………………そんなっ」


 普段は聴こえるであろう音が聴こえなかった。


 「……嘘……ですよね」


 私は思わず、目の前の現実から目を逸らしてしまう。

 しかし、その現実は正真正銘の事実であった。


 「……いや……そんなの嫌だっ」


 ……そう、聴こえなかった。


 「タツタ様っ……!」



 ……タツタ様の心臓の音が聴こえなかったのだ。


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