第162話 『 ドロシーの本音 』
「 来てくれると信じてたぜ、ドロシー 」
……タツタ様は五日間、ずっとこの場所で待っていのだ。
「……ずっと待っていたんですか?」
「ああ」
タツタは酷くげっそりとしていた。
「……食事は摂られていなかったのですか?」
「ああ」
「……どうして?」
「だって、ウチの料理係はドロシー、お前だろ」
そうじゃない!
私が訊いているのはそういうことではない!
「ふざけないでくださいっ!」
私はタツタ様に怒鳴り付けた。
「何度も! 何度も言わせないでください!」
私は憤っていた。
「もう私に関わらないでください! もう私の前に姿を見せないでください!」
嬉しかった。
「私は皆様と一緒にいられないんです! いてはいけないんです!」
でも、それ以上に胸が張り裂けそうなほどに痛かった。
「私は皆様とは違うんです! 皆様みたいに幸せにはなれないんです!」
……私は人の世界では生きられない。
……私は魔物の世界でも生きられない。
「……私は皆様のようには戦えませんっ」
〝鎖威〟様との戦いでも、〝むかで〟との戦いでも、グレゴリウスとの戦いでも、私は役立たずだった。
「……私は皆様に本当のことを話せませんっ」
仲間になってから半年間、私はずっと自分を偽り続けていた。
「……私は魔物を引き付ける体質がありますっ」
それは旅をするに当たって障害以外の何物でもなかった。
「……私は……わからないんです」
怒鳴る気力も無くなった私は地面に膝を着き、力なく俯いた。
「……こんな役立たずな私に、何故、タツタ様は拘るのか」
タツタ様に身を退いてもらいたい一心で、私は言葉を紡いだ。
「……どうして……五日間も私を待っていてくれたのか」
……これだけ言ったのだ。
「……私にはわからないんです」
これだけ言えばタツタ様もきっと、引き下がってくれ――……。
「 お前が泣いていたからだ 」
……しかし、タツタ様は一歩も退かなかった。
「五日前、必死で捜しだしたとき、お前の目元が赤く腫れていた」
やはり、タツタ様は頑固だった。
「お前が自ら望んで俺達の下を離れた訳じゃないことぐらい知ってるよ」
タツタ様は真っ直ぐに私を見つめていた。その真摯な瞳から私は視線を逸らすことができなかった。
「このマリンサンゴのネックレス、お前が造ってくれたものだよな」
そう言って、タツタ様はマリンサンゴのネックレスを首から外した。
「これも紛い物だって言うのかよ、今までの笑顔も、今日まで過ごした時間も全部作り物だって言うのかよ」
「……っ」
「答えろ! ドロシー=ローレンス……!」
雨風が二人を叩きつける。
頬を流れる滴が、雨なのか涙なのか、もうわかる由もなかった。
「……作り物な訳……ないじゃないですか」
私は力なく呟いた。
「……皆様と一緒にいた時間が楽しくなかっただなんて、言える訳ないじゃないですか」
それが私の本音だった。
「だったら――……」
「だけど!」
私は強い口調でタツタ様の言葉を遮った。
「私は皆様と一緒にはいられませんっ」
……それは仕方のないことなのだ。
「一緒にいられない理由も話せませんっ」
……そうしなければ皆、〝白絵〟様に殺されてしまうのだ。
「だから、私のことは諦めてくださいっ」
「 嫌だ 」
……やはり、タツタ様は折れてはくれなかった。
「……どうして、ですかっ」
「お前が一緒にいたいと言ったからだ」
「……」
……駄目だ。
……タツタ様は折れてくれない。
……私も揺らぎそうになってしまう。
……タツタ様の優しさに甘えてしまう。
――否ッッッ……! それは許されないことだ。
「……私……どうすればいいのかわからないんです」
……お父様が死んでしまうなんて嫌だ。
「……これ以上……耐えられないんです」
……皆様が殺されてしまうなんて耐えられない。
「……私……死んだ方がいいんです」
……私は呪われた女なんだ。
『 聞くに耐えないな 』
――ピシッ、何もない空間に亀裂が走った。
「――」
「……お父様?」
――パリンッ、空間が割れた。
『 空上龍太 』
――ゴッッッッッ……! 空間の破れ目から巨大な岩の拳がタツタ様に叩き込まれた。
『 ご退場願おうか 』
タツタ様は勢いよく吹っ飛ばされ、一本木に叩きつけられる。
「――ぐっ」
「タツタ様ッ!」
空間の破れ目からお父様が出てくる。
『君の存在はドロシーを苦しめる』
炎の巨人の姿をしたお父様が冷たい眼差しでタツタ様を見下ろした。
『帰れ。さもなくば――……』
お父様が拳を振り上げる。
『 力づくで捩じ伏せる 』
――そして、タツタ様目掛けて振り下ろした。
「……俺は今、ドロシーと話している」
タツタ様が拳を構えた。
闇 黒 染 占
――轟ッッッッッッッッッッッッ……! タツタ様とお父様の拳が衝突し、突風が吹き抜けた。
「 帰るのはてめェだ! ウルトラ親バカ野郎……! 」
……タツタ様が力強く啖呵を切った。




