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 第161話 『 追想のトラゲティ.終劇 』



 「……」


 ……私は父ちゃんとお父さんの墓標の前から動けずにいた。


 『……帰らないのかい?』


 お父様がいてまでも墓標の前から動かない私に優しく訊ねた。


 「……………………帰らない」


 私は体育座りをしたまま返事をした。


 『……服、濡れたままだろ。着替えたらどうだ』

 「……後でいい」

 『……』


 意固地にその場から動かない私に、お父様は困った顔をした。


 『風邪を引いてしまうよ』

 「……別にいい」


 私は石のようにその場に座り続けた。


 『風邪を引いてしまったらフェンリルが悲しんでしまう、それは嫌じゃないのかい?』

 「……ウソだ、父ちゃんはもう死んじゃったから悲しんだりもしない」

 『……』

 「……父ちゃんはもう死んだんだ、もう二度と会えないんだ」

 『……』

 「……父ちゃん……会いたいよ……会いたいよぉ」

 『……』


 膝を抱えて泣きじゃくる私をお父様は静かに見守り続けた。


 『……ドロシー』


 お父様が泣きじゃくる私の前まで歩み寄った。


 『……こっちへおいで』

 「……お父様?」


 お父様は膝を着き、私を呼んだ。


 『私には今の君を励ますことはできない。だが、胸を貸すことぐらいはできるさ』


 お父様の微笑みはとても優しげだった。


 『ほら、おいで』

 「……」


 私はお父さんの広い胸元に顔を埋めた。


 「…………ぅ…………うっ」


 私はすぐに嗚咽を漏らした。


 「うああーんっ! うわぁーん……!」


 そして、大きな声で泣いた。


 「あぁーん! 父ちゃん! 死んじゃ嫌だよ、父ちゃん!」


 私は大きな声で泣いた。


 『……ドロシー、ドロシー』


 そんな私をお父様は優しく抱き締めてくれた。


 「あーん! あーん! 父ちゃんに会いたいよー!」


 ……それから、しばらくの間、お父様の胸の中で泣き続けた。



 『……起きているかい、ドロシー』

 「……うん、起きてるよ」


 ……しばらく泣いて、泣き疲れた私をお父様の胸の中でうとうととしていた。


 『旅をしないかい?』

 「……旅?」

 『そう、旅』


 お父様は楽しそうに笑った。


 『色んな国や色んな大陸を回るんだ。そして、色んな食べ物を食べて、色んな人と話すんだ』


 ……それは私が思い描いていた夢に似ていた。


 『それで最終的にはドロシーが幸せでいられる場所を探して、一緒に暮らそう』

 「……」

 『大丈夫、きっとドロシーを大切に思ってくれて、ドロシーにとっても大切な人に巡り会えるさ』

 「……うん」

 『素敵だと思わないかい?』

 「……うんっ」


 私は静かに笑った。その目元はほんのりと赤かった。


 『わたしが君を命に代えても守る……君はわたしにとっても大切な娘だから』

 「……お父様、ありがとう」


 ……こうして、私とお父様の旅が始まったのであった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――それから五年の月日が流れていた。


 ……私は旅の途中で〝白絵〟様に目を掛けられ、〝白絵〟様の専属のメイド兼〝魔将十絵〟の一人となった。そこに拒否権は無かった。

 又、しばらくして私は〝白絵〟様の命にてタツタ様のパーティーに参加し、それから半年間、共に旅をした。

 そして、現在。私は〝白絵〟様の命にてタツタ様の下を離れ、再び〝魔将十絵〟の〝写火〟に戻ったのであった。


 ……今の私の姿を見たら、父ちゃんはどう思うのだろう。


 私はそんな感想を抱いた。

 あれから、生き残る為にとはいえ多くの魔物や人の命を奪ってきた。

 仲間にも自分を偽り、一言も語らず離れてしまった。

 ふと、鏡に目をやる。


 ――そこには、冷たい眼差しの女がいた。


 無論、私である。

 私は父ちゃんが言うような強くて優しい人間にはなれなかった。

 〝白絵〟様に支配され、保身の為に多くの命を奪ってきた。

 これが、父ちゃんがなってほしいと思った娘の姿なのだろうか?


 「……こんな、私を仲間だと認めてくれる人なんている訳ありません」


 私は独りでに呟いた。


 ――ずっとずっと待ってるからな!


 ……呟きとは裏腹に、私は五日前のタツタ様の姿が頭から離れなかった。


 「……いる訳ないんです」


 ……気づけば、私は魔王城から飛び出していた。



 「……はあっ……はあっ」


 ……私は傘も差さずに、深い森を駆け抜けた。

 酷い胸騒ぎがしたのだ。


 「いる訳ないんですっ」


 私は独り呟きながら暗くて深い森を横断した。


 「私は裏切り者なんですっ」


 激しい風雨が全身に叩きつけられ、それだけ体力を奪われた。


 「信じられる人なんていないんですっ」


 メイド服が雨で肌に張り付き、走りずらかった。


 「……信じられる人なんて」


 五日前、タツタ様と別れた林で私は歩調を緩めた。


 「……信じられる……人なんて」


 そして、私は目の前の光景に言葉を失った。


 「……」


 信じられない光景だった。

 タツタ様と別れてから五日が経っていた。

 昨日からどしゃ降りの雨と激しい風に曝されていた。



 「 よう、遅かったな 」



 ……しかし、彼は五日前と同じ場所であぐらをかいて座っていた。



 「 来てくれると、信じてたぜ 」



 ……そう、空上龍太がそこにいたのだ。


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