第13話 『 フレイ 』
……俺は持てる力の全てを出し切って、〝迷宮砂漠〟の王――〝FG〟を討伐した。
「……勝った」
俺はとてつもない達成感に浸っていた。
ボスキャラである〝FG〟をギルドの力を借りずに倒したのだ。これが嬉しくない筈がなかった。
……フラッ。
「……あり?」
やばっ、脚に力入らねェ。〝FG〟との戦いは俺が思ってる以上に苛烈で、俺の体は満身創痍のようであった。
「……やばっ……倒れる?」
俺は疲労感に身を委ね、地面に向かってダイブした。
「タツタさん……!」
ギルドが叫んだ。しかし、俺はそれに応えることができない。
次第に意識は遠退き、やがて真っ暗になった。
……………………。
…………。
……。
ミーン、ミーン、ミーン
『 今年の夏の甲子園もいよいよ終盤です 』
ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン
「 お母さん、プールに行こう 」
カンッ、カンッ、カンッ
『 今年の夏は過去最高の暑さであり、熱中症には充分に注意して――…… 』
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ
「 夏期講習だるー 」
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ、カンッ
「 ……あのー 」
カンッ、カンッ、カンッ
「 ……顔色悪そうですが、大丈夫ですか? 」
パッパァーーーーーーーーーンッ
ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン、ミーン
「お目覚めですか、タツタさん」
……覚醒した意識の中、ギルドの声が聴こえた。
ふと、瞼を開ける。そこには――おっきなおっぱいがあった。
しかも、頭の下にはむちむちで温かい何かが敷かれていた。
……ああ、これが膝枕か。確かに心地いいな、これ。
「おはよう、ギルド」
「はい、お疲れ様です♪」
ギルドの労いの笑顔で、俺は改めて死闘の終わりを実感した。
「本当に今でも信じられませんよ、たった一人で〝FG〟に勝ってしまわれるなんて」
「……いや、一人だから勝てたんだ」
「……? どういうことですか?」
ギルドの疑問に俺は答えた。
「俺の〝特異能力〟――〝極黒の侵略者〟はタイマン以外じゃ使えない制約があるんだ。だから、ギルドと二人で戦ってもこの〝特異能力〟は発動できないんだ」
「そうなんですか?」
首を傾げるギルドに俺はそういうものなんだ、と念を押した。
「でも、Lv.5100って凄いですよ。わたしだってもう敵わないんですから」
「あっ、それ実は嘘なんだ」
「……………………えっ? どういうことですか?」
ギルドは訳がわからないという顔をした。
「俺の〝特異能力〟――〝極黒の侵略者〟は〝傷つけば傷つくほどに強くなる能力〟、それは嘘なんだ」
「それでは?」
「ああ、〝極黒の侵略者〟の本当の能力は〝黒く塗り潰し、書き換える力〟……それが〝極黒の侵略者〟の本当の能力だ」
「――!? ……と言われてもよくわかりません」
……だよな。
俺は小石を一つ拾った。
「〝極黒の侵略者〟は万物を黒く塗り潰すことができるんだ。この力があれば、石も海も空で現象でさえも黒く染めることができるんだ」
俺は手元の小石を黒く染めた。
「プラス、新たに黒い筆で書き加えることができる」
俺は空気にニコちゃんマークを描いた。
この能力で【Lv.100】に【5】を書き加えて【Lv.5100】に書き換えたのだ。
「しかも、タイマン以外の制約として一個体に対して一回しか使えない……一度解除してもう一回やるってんなら話は別だけど」
まとめると……。
【 極黒の侵略者 】
能力Ⅰ……万物を黒く染める。
能力Ⅱ……万物に落書きをする。
制約Ⅰ……味方がいる状態では発動できない。
制約Ⅱ……一個体に対して一度に発動できるのは一回だけ(解除後再使用は可)。
……こんな感じである。
「……」
沈黙するギルド。
「……何と言いますか、思っていたよりもショボいスキルですね。制約も面倒臭いですし」
……はっきり言うなよ。
「でも、結果的に言えば俺はこの〝極黒の侵略者〟で〝FG〟を下したんだ」
……最初に善戦し、
……傷だらけになったところで嘘スキルとLv.5100のブラフで〝FG〟を動揺させ、
……隙だらけになったところを叩き斬ったのだ。
「勝てば正義だ」
「そうですね」
俺が笑って、ギルドも笑い返した。
「……ところでだ」
「……何です?」
俺は大事なことを思い出した。
「火の精霊――〝フレイチェル〟はどこなんだ?」
「……あっ、すっかり忘れてましたね☆」
……そんなわけで二人で〝フレイチェル〟が幽閉されているであろう、宝物庫へと向かった。
「……いた」
……宝物庫に入ってすぐ、その部屋のど真ん中にそいつはいた。
〝フレイチェル〟は檻の中に閉じ込められていた。
〝フレイチェル〟は幼稚園児くらいの子供のような体格で、民族的な衣装を身に纏っていた。
何より目を惹くのは綺麗な赤髪とルビーのような赤眼であった。
「……誰ですか?」
〝フレイチェル〟が俺とギルドに気がついて訊ねた。
「俺は空上龍太、コイツはギルド。二人で旅をしているんだ」
〝フレイチェル〟は人見知りしているのかどこか挙動不審であった。
「では、ここの主である〝FG〟は?」
「倒したよ」
「……そうですか」
「……?」
自分を監禁していた〝FG〟がやられたってのにあまり嬉しそうではなかった。
「それで、わたしに何の用でしょうか?」
「単刀直入に言えば、助けてやるから仲間になってほしい」
「嫌です」
……フラれた。もの凄い早さでフラれた。
「……勘違いしないでください。別に仲間になるのが嫌というわけではありません」
「じゃあ、何で?」
「 恐いんです 」
……恐い?
「わたしはもう何年もこの檻から出ていないんです。ですので、今外の世界がどうなっているのかわからないんです」
〝フレイチェル〟は泣きそうな顔で淡々と呟いた。
「外には恐い魔物がいるんですよね? 悪いことを企む人間もいますよね? もの凄い雨風や灼熱の日射し、凍えるような豪雪といった自然の脅威もありますよね?」
「……」
〝フレイチェル〟の言い分を俺は黙って傾聴した。
「そんな恐い世界に踏み込むくらいなら、わたしはずっとこの檻の中で暮らしていたいんです。だからわたしのことは放っておいてください」
「それは困る」
……〝フレイチェル〟の言い分を聞いた俺は即答した。
「俺は強くならなければならないんだ。その為にはお前の力が必要なんだ」
俺は超勝手な理論をぶちまけた。
〝フレイチェル〟の気持ちがわからないわけじゃない。
そうさ、俺だってちょっと前までは引きこもりでニートだったんだ。
だから、外の世界に飛び込むことの恐さは知っているし、どれだけ勇気がいるのかも少しは知っているつもりだ。
ただ、俺と〝フレイチェル〟とで大きく違うところは一つ。
誰にも必要とされていなかった俺とは違ってコイツは誰かに、少なくとも俺には必要とされていた。
だから、どうこう言うつもりは無い。〝フレイチェル〟が嫌だというのであればどんな理論も意味をなさないであろう。
少年漫画の主人公であればこんなときになんて言うんだろう?
君には外の世界の素晴らしさを知ってほしいんだ!
……とかかな。
残念ながら、俺にはそんな押しつけがましい善意を吐き捨てる度胸は無かった。
「倒さなきゃならない奴がいるんだ」
だから、やるなら真っ向勝負だ。
「ギルドに会わせたい人がいるんだ」
嘘偽りは無い。綺麗事は言わない。ただありのままを、俺の我が儘を伝えた。
「それに君だって、いつまでもここには居られないってわかってるんだろ」
「……」
俺の言葉に〝フレイチェル〟が俯いた。
「君の唯一の話し相手である〝FG〟は俺が殺したんだ。君はこれから死ぬまで孤独になるんだよ」
「……」
……〝FG〟にとって〝フレイチェル〟はただのコレクションの一つに過ぎなかった。
だが、〝フレイチェル〟にとって〝FG〟は唯一の話し相手――友達だったのだ。
……だがら、この子は俺に冷たかったんだ。俺が唯一の友達を殺した張本人だからだ。
「精霊の君はきっと飢えで死ぬことは無いかもしれない。でも、君はきっと〝孤独〟に押し潰されて飢えより辛い思いをすると思うよ」
「……」
俺と〝フレイチェル〟は自分の世界に引きこもった同類だ。
でも、〝フレイチェル〟には必要としてくれている人がいて、俺にはネットを通して話し相手がいた。
……だから、和解は無理だ。
「もう一度言うよ」
俺は真っ直ぐと〝フレイチェル〟の方を見据えた。
「〝フレイチェル〟、俺たちの仲間になろう……!」
和解は無理だ。
説得も無理だ。
綺麗事も言えない。
だけど、一緒にいる。ただ、それだけならできる筈だ。
「 不愉快です 」
……フレイは静かに呟いた。
「……わたしは、わたしの世界を壊したあなたを許しません」
〝フレイチェル〟が俯いた顔を上げた。
「それでも孤独は嫌ですし」
真っ直ぐと俺の方を睨みつけた。
「一人で外に出るのも恐いです」
〝フレイチェル〟は肩を震わせ涙ぐんでいた。
「こんな身勝手で我が儘を言うわたしですが……」
俺は〝SOC〟を抜刀した。
「 ……わたしも……仲間に入れて……ください 」
「喜んで」
――ガキンッ、俺は〝SOC〟を薙いで、檻の鍵を壊した。
「……」
ギギィ……、檻が鈍い音と共に開き、〝フレイチェル〟は顔を俯かせ、無言で出てきた。
「身勝手や我が儘なのはこっちの方だ。まあ、仲良くやろうぜ、〝フレイ〟」
俺は笑って、フレイの頭を撫でた。
……パシンッ、腕を弾かれた。
「不潔です。気安く触らないでください、あと、フレイとか馴れ馴れしいです」
そう言ってフレイはギルドの方へと行ってしまった。
……えっ?
……何というか、フレイは思っていたよりもクソガキだった。
「……まっ、これでようやく精霊一人目か」
色々あったが俺の冒険は確実に前進していた。
敵は強大。
俺は雑魚。
パーティーはバラバラ。
それでもやるしか無い。
「さて、次はどこに行こうかな」
……更なる冒険が俺を待っているのだから。