第158話 『 追想のトラゲティ.序章 』
……私がT.タツタを脱退してから五日が経過していた。
「……雨、止みませんね」
……昨日から降り続いていた雨は激しさを増し、窓を叩きつける雨音がこの部屋を支配していた。
「……タツタ様……もういませんよね」
流石に五日間もの間、ずっと待っていられるとは思えなかった。
――ずっとずっと待ってるからな!
「……」
……待っていませんよね。
私は魔王城の窓から曇天の空を見上げ、自身に言い聞かせた。
「……でも、タツタ様もどうして私なんかに拘るのでしょうか」
〝白絵〟様の言う通り、私はパーティーの中で少し浮いていた。
隠し事も沢山していた。
そんな私をどうして仲間と呼んでくれるのであろうか。
私にはわからなかった。
「……私は皆様のように真っ直ぐに生きられない」
……だって、私は二人の父親を殺してしまったのだから。
「……」
私は黒く淀んだ雨空を見上げた。
……あの日の雨空に似ていると思った。
……………………。
…………。
……。
……父ちゃんが私の父親になってから三年の月日が経っていた。
深い森の中で父ちゃんと私はのんびりと暮らしていた。
だいたい、父ちゃんが魚や魔物を狩り、私が木の実採集や家庭菜園を育てて生計を立てていた。
私に木の実の知識や畑の技術はなかったけれど、物知りなお父様が教えてくれたのでどうにかなっていた。
木の実採集や家庭菜園をしている時間以外は自作の秘密基地に足を運んだり、住処周辺の探索をしたりして時間を潰していた。
父ちゃんが暇なときは、背中に乗せてもらって空を飛んだり、お父様も暇があれば私に勉強を教えてくれた。
お父様はこの周辺をまとめるリーダーのような存在で、父ちゃんも直にその役目を継ぐとかなんだとか。
ただ、父ちゃんがリーダーになってしまうと背中に乗って空を飛ぶ時間も少なくなってしまうので私は反対だった。
そんな感じに私は退屈ながらも平穏な毎日を過ごしていた。
……ただ、リーダー候補の父ちゃんを妬む魔物は数匹いて、当時の私はそれに気づくことができなかったのであった。
特に父ちゃんの弟である、ヨルムガントにはもっと気をつけておくべきであったのだった、と今でも後悔していた。
「 わあ、いい風ー 」
……その日の飛行は天気が良くて、絶好の飛行日和だった。
『お前は本当に空を飛ぶのが好きだな』
「うん、大好き!」
風の強い日の飛行も、天気の良い日の飛行も、雨上がりの虹を眺めながらの飛行も、一面の紅葉や桜を見下ろしながらの飛行もそれぞれ違った楽しさがあった。
『……俺もだよ』
「……? 父ちゃんも空飛ぶの好きなの?」
『いや、ドロシーを乗せて空を飛ぶのが好きだな』
「えへへー、父ちゃん大好きー!」
その日は一面の花畑に降ろしてくれた。
『俺はここで休んでいるから、お前はその辺で遊んでおいで』
「はーい」
日向ぼっこをしながら遊ぶ私を眺める父ちゃんとお花を眺めたり、集めたりする私。
穏やかな日射しの下、穏やかな時間が流れた。
それから一時間、私は花畑を駆け回り、父ちゃんは暖かな陽光の下、うたた寝をしていた。
「父ちゃん! 父ちゃん!」
私は眠っていた父ちゃんを起こす。
『どうした? 芋虫でもいたか?』
「今更、芋虫に恐がったりしないよーだ」
私は子供扱いをする父ちゃんにいーだ、と白い歯を見せた。
「これ、父ちゃんにプレゼント!」
私は背中に隠していた花で編んだ冠を父ちゃんの頭に乗せた。
『……これ、手作りか?』
「うん、手作りだよ。上手でしょ」
『ああ、上手いもんだ。俺の大きな手じゃ作れないからな』
「えへへー、やったー!」
プレゼントに成功した私は万歳しながら、花畑の上を跳ね回った。
『ドロシー』
「何? 父ちゃん」
喜ぶ私に父ちゃんが穏やかな笑みで呼んだ。
『こんなこと直接言うのも気恥ずかしいが、俺、幸せだよ』
「うん、わたしも幸せだよ」
『お前が娘で良かったよ』
「わたしも父ちゃんが父ちゃんで良かった」
『何だ、一緒だな』
「お揃いだねー♪」
……幸せだった。
……当時の私はとても幸せだった。
……そんな幸せがいつまでも続けばいいと思っていた。
……しかし、当時の私は気づくことができなかった。
……その幸せは有限で、
……三日後には無くなってしまう、そんな時間であることに。




