第154話 『 侍女の事情 』
――私は、一人暗い森の中を歩いていた。
「……」
話す言葉は何も無い、話す相手もいないからである。
沈黙の中、思い返すのはタツタ様達と共に旅をした日々であった。
――よろしくな
……見ず知らずの私を、元魔王の侍女である私を快く受け入れた笑顔はとても優しかった。
――T.タツタは今日を以て解散する
……あのときのタツタ様の背中はとても悲しげで、当時の私では支えてることができなかった。
――わたし、タツタさんを呼んでくる。だから、二人はちょっとの間だけ待っててね
……そう言って、タツタ様を連れ戻しに駆け出したギルド様。タツタ様とギルド様の間には強くて深い絆があって、時々、私はそれを羨ましく思うことがあった。
――可愛いと思うよ
――マッサージも上手だし、周りによく気を回せてると思う。あとは少し内罰的なところがあるかな、今みたいに
――これが俺の中のお前だよ
……満月の夜、嘘を吐き続けることに疲れていた私にタツタ様はそのままでいいと言ってくれた。その言葉に私はとても救われた。
――ああ、大事にするよ
……皆で泳いだ海はとても楽しかった。あのとき、皆様に渡したマリンサンゴのネックレスは今も私の首に掛けられていた。
――ハッピーバースディ!!! ドロシー……!!!
……誕生日を祝ってもらうなんていつ振りだったのだろうか。あんなに嬉しい誕生日は初めてだった。
「……やっぱり駄目ですね」
……暗い森の中、私は独り呟いた。
「……皆様のこと、忘れられません」
……深い森や雪原を駆け抜けた日々。
……晴れの日も雨の日も雪の日もあった。
……沢山の強敵と戦った。
……温泉や海水浴・ショッピングも楽しかった。
――つぅ、一筋の涙が頬を伝い、落ちた。
「……涙、止まりません」
……皆様と出会ったから始まったこの半年間は本当に楽しかった。
……でも、楽しい時間は終わってしまう。
……仕方なかった。
……それしか選択肢がなかった。
「……さよなら、皆様」
……私は泣いた。
「……さよならっ」
暗い森の中、私は独り泣いた。
「 よう、遅かったな 」
――声が聴こえた。それは聞き覚えのある男の声であった。
「あら、お久し振りですね」
私は涙を拭い、声の主の方へ頭を向ける。
「 〝水由〟様 」
――〝水由〟。その男は〝魔将十絵〟の一人、〝写火〟の〝水由〟であった。
「お前が帰ってくるのを待っていた」
〝水由〟は黒のロングコートをなびかせ、その目はゴーグルを掛けているせいで窺うことはできなかった。
「なんせ〝写火〟は俺と――……」
……私にはもう一つの名前があった。
「 ドロシー=ローレンス、二人で一つの名だからな 」
……そう、〝写火〟の〝水由〟。それが私の二つ名であった。




