第149話 『 激闘の果てに……。 』
……僕は目の前の光景を固唾を呑んで見守った。
「……〝空門〟さん」
目の前で戦っている人は僕の恩師で、流浪集団――〝空龍〟のリーダーだ。
そして、その〝空門〟さんと戦っている赤眼の青年は、〝七つの大罪〟の一人――〝憤怒〟のグレゴリウス=アルデミーであった。
……そして、二人は今、殺し合っている。
――〝空門〟さんが飛び出す。
――グレゴリウスが飛び出す。
……決着の刻は近かった。
「……勝ってください、〝空門〟さん!」
――〝空門〟さんとグレゴリウスの拳が衝突した。
そ し て 。
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!!
……暴風が吹き荒れた。
大地が割れた。
家も家畜も礫も吹き飛んだ。
その暴風は雲すらも吹き飛ばした。
(……これが〝空門〟さん)
正直、吹き飛ばされないよう踏ん張るので一杯一杯だった。
(……これが〝七つの大罪〟)
……格が違い過ぎる。
こんなの人間の領域を遥かに凌駕していた。
僕は愛刀――〝愛夜姫〟を地面に突き刺し、暴風に堪えた。
「負けないでください! 〝空門〟さん……!」
暴風に負けないよう、僕は大声で〝空門〟さんを応援した。
――〝空門〟さんが笑った気がした。
次 の 瞬 間 。
――バチィィィィンッッッ……! 〝空門〟さんの拳がグレゴリウスの拳を弾いた!
「 ―― 」
「 悪いな、〝憤怒〟 」
〝空門〟さんの鋭い眼光がグレゴリウスを捉える。
「 仲間の前で格好悪い姿は見せられないんだよ……! 」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 〝空門〟さんの鉄拳がグレゴリウスの頬に叩き込まれた。
「――ッッッッッッッッ……!」
――グレゴリウスが数百メートルと吹っ飛び、時計塔に衝突して、時計塔の瓦礫と共に落下した。
「……」
……風は止み、パールの都に静寂が訪れる。
「……勝った?」
そう、〝空門〟さんが勝ったのだ!
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
……何の音? そう思った次の瞬間。
――〝空門〟さんすぐ横に時計塔の頭の部分が落下した。
「……まだ終わってないよん♪」
……そう、グレゴリウスだ。グレゴリウスが〝空門〟さんの目の前に立ちはだかっていた。
なんて丈夫な人なんだ。あれだけ〝空門〟さんの拳を受けてなお立っていられるなんて。
「……まったく、呆れた丈夫さだな」
溜め息を溢す〝空門〟さんの右腕は血塗れで、見るからに骨折していた。
「丈夫さは〝紅牙族〟の専売特許だからね♪」
グレゴリウスも笑ってはいるものの、その足取りはどこか覚束なかった。
「じゃあ、続きやる?」
「そうだな」
「 そこまでだ! グレゴリウス=アルデミーッ! 」
――パールの都に制止の声が響いた。
僕と二人は声のする方へ視線を傾ける。そこには――……。
「 雷轟さん!? 」
……そう、そこには現〝空龍〟のリーダー、雷轟さんがいた。
続いて月姫さんや虹麗さん・日輪さん・七星さんも集結する。
〝空龍〟総出陣であった。
「おい、雷轟!」
しかし、〝空門〟さんは雷轟さんを罵倒した。
「今、折角いいとこなんだよ! 邪魔してんじゃね――……」
――そこで〝空門〟さんは倒れる。
あれほどの死闘を繰り広げたのだ。無理もないだろう。
「……クソッ、まだ暴れ足りないんだよ……クソッ……クソ」
〝空門〟さんは何度も苛立ちの言葉を反芻し、やがて眠りについた。
「……」
雷轟さんは〝空門〟さんからグレゴリウスの方へと視線を傾ける。
「悪いがあんたは帰ってもらおうか」
雷轟さんがグレゴリウスと対峙した。
「何? あんた俺に勝てるつもり?」
「そのつもりだが」
「……」
「……」
睨み合う二人。
「 やーめた 」
……先に視線を外したのはグレゴリウスであった。
「あんたらには興味無いし、俺も結構疲れたしね」
グレゴリウスは雷轟さんに背を向けて、歩き出した。
「それに今回は見逃してあげるよ、楽しみはまた今度に取っておこう」
〝空龍〟もグレゴリウスを深追いしなかった。グレゴリウスの実力は語らずとも、この都の惨状が物語っていたからだ。
「……生まれて初めてだよ」
グレゴリウスが呟いた。
「 決着を先伸ばししたいと思った相手と会ったのはね…… 」
……それだけ言って、グレゴリウスはその場を立ち去った。
『……』
僕達は遠退くグレゴリウスの背中を見送った。
「俺達も帰るか」
雷轟さんが呟く。
「おい、誰か〝空門〟さんを回収しろ」
「了解ッス」
雷轟さんの指示で虹麗さんが〝空門〟さんを回収しようとした。
……その時だった。
――紫電が走る。
「 悪いけど 」
―― 一人の青年が〝空門〟さんを抱えていた。
「 タツタくんは渡さないよ 」
――虹麗さんと七星さんが手を伸ばす。
( 速い!? )
――しかし、その手は空を切った。
気づけば、〝空門〟さんと青年は遥か向こうと遠ざかっていた。
「追うッスか?」
「いや、あの速度を追っても無駄だろう」
追い掛けようとした虹麗さんを雷轟さんが制止した。
「今回は〝空門〟さんの生存をこの目で確認できた。それで充分だ」
雷轟さんは既に見えなくなった〝空門〟さんの方を見つめ、呟く。
「だが、次見つけたときは必ず取り戻す」
……必ずな。と雷轟さんは呟いた。
(……〝空門〟さん)
僕はすっかり暮れてしまった星空を見上げ、彼の人を思う。
(今度会ったらお話してくれますか?)
僕は荒れ果てた地面を撫でる。ここに〝空門〟さんは確かにいたんだ。
(話したいこととか沢山あるんです)
星空がとても綺麗だった。〝空門〟さんはこの星空の続く先にいるのだろう。
(……早く会いたいなぁ)
……彼の人ととの再会を願い、僕は静かに笑んだ。




