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 第143話 『 ギルドVSアーク 』



 「……ここまで離れれば都に被害は無いでしょ」


 ……現在、わたしとアークはパールの都から幾分か離れた荒野で対峙していた。


 「それじゃあ、いいよ。いつでも来なよ」


 距離があるとはいえ、アークは悠然と構えていた。


 「うん、行くよ」


 ――わたしは一挙に間合いを詰めた。


 「やる気満々だね。だったらまずは――……」


 ――ゾクッッッ……! アークの威圧感にわたしの心臓が跳ね上がった。


 「 10パーセントで行くよ 」


 ――ズザザザザザザッ……! わたしは思わず急停止した。


 「……」


 ……危険だ。これ以上近づくのは危険だ。


 「……あれ? 来ないの?」

 「……」


 そう、相手は魔王軍No.2――アークウィザード=ペトロギヌスなのだ。迂闊に近づきすぎるのは危険過ぎる。


 「じゃあ、あたしから」


 ――アークの背中から巨大で醜い、赤黒い肉の片翼が生えた。


 「 逝こ   か 」

      う


挿絵(By みてみん)


 ――圧倒的な加速でアークが迫ってくる。


 「……っ!?」


 更にとんでもないことが起きる。


 ――肉の翼は巨大な腕に形を変えた。


 ( 来る……! )


 ――わたしは咄嗟に跳躍した。


 ――アークが巨大な腕を振り下ろす。







 ――轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!



 ……まるで大爆発だった。

 振り下ろされたアークの肉の翼は荒野に巨大なクレーターをつくり、暴風と多量の土と礫を巻き上げた。


 (とんでもない威力――……)


 そこでわたしの思考は途絶えた。


 ……アークが目の前に迫っていたからだ。


 (――まずい! 空中じゃ避けきれない!)


 ――わたしは咄嗟に腕を虚空に投げ出す。


 ――アークが翼の拳を繰り出す。



 炸  裂  す  る  右  手



 ――わたしは右手を爆発させ、その反動でアークの拳撃を回避した。


 「 捉えた☆ 」


 ――ズザザザザザザッ、そのまま着地したわたしは笑った。何故?


 「嵌めたね、お姉ちゃん」


 ……アークの真上に巨大な魔方陣が展開されていた。


 そう、わたしは見越していたのだ……アークの二撃目が空中にいるわたしを狙うと。

 この距離ならかわせない筈だ!




  終   焉   の   光




 ――圧倒的な熱量を秘めた特大の光線がアークに直撃した。


 「……」


 わたしは特大の光線を前に沈黙する。


 「……うん、駄目ね」


 やがて、光線は消え、アークの姿が露になる。


 「やっぱり、この程度じゃ通用しないか」

 「今のが全力?」


 そう、アークは肉の翼を傘に、〝終焉の光〟を防いでいたのだ。無論、アークもアークの翼も無傷であった。


 「興醒め」


 ――アークの肉の翼がまるでタコの脚のように八つに裂けた。


 「 ね 」


 ――八つの肉の鞭が一挙に襲い掛かってきた。


 ……速い!


 ( しかも! )


 ――八つの肉の鞭は全て精細に制御されており、わたしの動きの先回りするように襲い掛かってきていた。


 (これは――かわしきれない!)


 ――ゴッッッッッッッ……! 肉の鞭の一本がわたしに叩き込まれた。


 否、わたしは肉の鞭が届くよりも先に太陽の杖でガードしていた。


 ( あっ )


 ……これは耐えきれない。


 次 の 瞬 間 。



 ――わたしはその威力に耐えきれず、弾丸のように弾かれた。



 「――かはっ!」


 吹っ飛ばされたわたしは荒野を転がり、やがて静止する。

 たった一撃受けただけなのに、一瞬にして疲労感が襲った。

 とはいえ、いつまでもこんなところに立ち止まっている訳にはいかない。


 ――何故?


 「 ほら 」


 ア ー ク が 二 撃 目 を 放 っ て い た か ら だ 。


 「 余所見する暇無いよ 」


 ――アークの背中から肉の鞭が繰り出される。


 「 ―― 」


 ……うん、この距離で繰り出されたらかわせない。


 「 まっ 」


 〝わたし〟の身体は――肉の鞭をすり抜ける。


 「 かわす必要もないけど☆ 」


 「 蜃気楼!? 」


 「 うん、正解☆ 」


 ――本物のわたしはアークの目の前に立っていた。


 「 死なないでね、アーク 」




     カル     




 「 これ、わたしの取って置きだから 」


 ――わたしは右手にありったけの熱量を凝縮して、アークの懐にに叩き込んだ。


 「……」

 「――ッ」


 ――〝終焔〟。


 ……右手に僅か数秒のみの間、ありったけの炎を凝縮し、叩き込む、わたしの近接系最強魔術である。

 その一撃は〝終焉の光〟を遥かに上回る火力であった。

 これで通用しないなら――……。



 「 ふーん、で? 」



 ……あっ、これ、駄目だ。


 ――ドッッッッッッ……! わたしの土手っ腹に肉の鞭が叩き込まれた。


 「ッッッッッッッッッッ……!」


 わたしは為す術もなく吹っ飛ばされる。

 しかし、すぐに空中で姿勢を直し、着地した。


 「――ッ」


 ――ガクッ、わたしは堪らず膝を着いた。


 (……ダメ、身体に力入らない)


 ……たったの一撃だ。たったの一撃受けただけで全身の体力という体力が抜け落ちてしまったようであった。


 (……やっぱり強い、圧倒的な実力さね)


 これが魔王軍No.2、これこそがアークウィザード=ペトロギヌスだ。


 (ちょっとくらい強くなったって簡単には埋まらない圧倒的な力の差)


 「 何、勝手に諦めているの? 」


 ――脳天に肉の鞭が叩き込まれ、わたしは勢いよく地面に叩きつけられた。


 「 まだ、終わってないんだけ 」


 ――ガシッ、わたしの足首に肉の鞭が絡み付いた。


 「 ど 」


 ――ブンッッッ、そのままわたしは勢いよくぶん投げられた。


 「――ッア!」


 わたしは荒野を二度三度とバウンドして、やがて静止する。


 「……」


 ……身体がピクリとも動かなかった。


 激しい痛みと疲労感に支配されたわたしの身体はもう使い物にならなかった。


 ――敗北。


 ……それが結論だ。

 しかし、アークはそれを許してはくれなかった。


 「まだ、足りない」


 アークの瞳はどこまでも暗く、淀んでいた。


 「足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない」


 ……そして、変化が始まった。


    り     い 」

 「 足   な


 ――アークの右手が歪で禍々しい形に姿を変えたのだ。


 「収まらないんだよ……!」


 ――アークが飛び出した。


 「 怒りが……! 」


 ――わたしは動けない。


 「 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ……! 」


 ――アークが歪な拳を振り抜く。


 ……そのとき、わたしは悟った。



 あ っ 、 わ た し 、 死 ぬ ん だ 。



 ……そして、拳が振り下ろされた。













 「 駄目だよ、アーク 」



 ……声が聴こえた。


 ……それはまるで晴れた日の湖のように静かな囁きだった。


 「……タツタ、さん?」


 ……逆光でよく見えなかったが、その後ろ姿はタツタさんによく似ていた。


 「 いや、違うよ。ギルド 」


 ……その背中はわたしの言葉を否定した。


 「 僕はタツタじゃない 」


 ……その男は長くて白い髪と漆黒のマントをなびかせ、又、風に流される柳のように掴み所の無い笑みを浮かべていた。

 そう、彼は――……。



 「 〝白絵〟……! 」



 ……だった。


 「うん、危機一髪だったね」


 〝白絵〟の視線が右に逸れる。わたしもそれに倣う。


 「あと一歩遅かったら消し飛んでたよ」


 ……そこには大きく抉れた地面しかなかった。それ以外にはやけに開けた地平線と夕焼けしかなかった。


 「……」


 ……格が違う。

 恐らくアークは二割程度しか力を使っていない。しかし、それでもわたしはまったく歯が立たなかった。


 「邪魔しないでください、〝白絵〟様……!」


 アークが立ちはだかる〝白絵〟に吼えた。


 「 アーク、少し黙れ 」


 ―― 一瞬、空気が凍りついた。


 「 ―― 」


 〝白絵〟の一言にアークが言葉を失った。


 「僕だって、駄々っ子の我が儘を聞いてやるほど暇じゃないんだよ」


 〝白絵〟の声は優しかった。しかし、それ以上に威圧的であった。


 「これ以上やろうってなら僕が相手をしてやるよ」

 「……」

 「それでもやる?」

 「……」


 アークは〝白絵〟の問い掛けに沈黙した。しかし、少し考えて答えを出した。


 「……申し訳けございませんでした、〝白絵〟様」


 〝白絵〟の威圧感に気圧され、アークは冷静になっていた。


 「うん、いい子だね」


 〝白絵〟はそう笑うと今度はわたしの方を向いた。


 「ギルド、君は強くなったね」

 「……」

 「でも、僕達を相手にするなら全然足りていないね」

 「……」


 ……そんなことは痛いぐらいに知っていた。


 わたしは悔しさに下唇を噛み締めた。


 「 強くなるなら急いだ方がいいよ 」


 ――〝白絵〟が笑った。


 「 あと、一年 」


 ……それは予告だ。


 「 今日から丁度一年後に祭が始まる 」


 ……それは絶対に覆らない未来だ。



 「 皆逃れよう無く♪ 」



 ……そう、絶対予告だ。


 「帰ろうか、アーク」

 「はいっ」


 それだけ言って〝白絵〟はわたしに背を向け、歩き出した。アークもその背中を追った。


 「……」


 ……わたしは何もできなかった。


 ……手を伸ばすことも、


 ……アークを呼び止めることも、


 ……何もできなかった。


 「……」


 ……気づけば、荒野にはわたし一人になっていた。


 「……遠いなぁ、ほんと」


 わたしは荒野の上、呟いた。


 ――ギルド=ペトロギヌスは弱い。


 ……それが事実であった。


 「……悔しいなぁ……悔しいなぁ」



 ……荒野の上、わたしは一人泣いた。夕暮れの風が少しだけ肌寒かった。


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