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 第140話 『 葛藤 』



 「 ここならゆっくり話せるね 」


 ……〝白絵〟がのんびりとした口調で呟いた。


 「僕はお前とゆっくり話したくないんだけど」


 僕は棘のある言葉で返す。


 「それはどうかな? たぶん、僕の話を聞いたら続きを聞かずにはいられなくなると思うけど」

 「……」


 大層な自信であった。


 「じゃあ、言うよ」


 ……危機逃さずによぉーく聞くんだよ、と〝白絵〟が念押しして、本題を語った。 




 「 お前の父親――ゲイン=スカーレットは生きているよ 」




 「 ―― 」


 ――心臓が鼓動した。


 「 ぼっ 」


 ――僕は反射的に〝白絵〟に銃口を向けた。


 「僕を馬鹿にしているのか……!」


 ……確かに僕は見たんだ。父さんがバラバラに引き裂かれて死んで、母さんは首を切られて死んで、アメリアが灰になって死んだところをこの目で間違いなく見たんだ。


 「父さんも母さんもアメリアも死んだ!」


 僕は怒りに身を任せて吼える。


 「お前に殺されて死んだ!」


 ……吼える。


 「 〝white‐canvas〟は完全無欠 」


 ――〝白絵〟が歌う様に答えた。


 「 できないことは何一つない 」


 ……〝白絵〟は腕をスッと挙げた。


 「 そう、それがたとえ、死者蘇生だとしてもね♪ 」


 ――パチンッ、指を鳴らした。



 「 御呼びでしょうか、〝白絵〟様 」



 ――声は背後から聴こえた。


 (いつの間に!? いや、それよりもこの声は――……)



 「 よう、でかくなったな――カノン 」



 僕は振り向く。そこには――……。



 「 ……父……さん? 」



 ……そう、僕の父――ゲイン=スカーレットがいたのだ。


 とはいえ、全く同じという訳ではない。

 以前までだらしなく伸ばしていた無精髭は綺麗に剃られており、服や帽子はどこかの民族のものを身につけていた。

 何より、魔力量に関しては以前とは比べ物にならない程に強大なものになっていた。


 「父さん、どうしてこんなところに?」

 「ああ、話せば少し長くなるが」


 ……僅かに曇る空。

 ……どこからか涼しい風が流れてくる。

 ……そして、父さんはこれまでの経緯を語った。


 「……そんな、父さんは〝白絵〟の力で蘇生したの?」

 「そうだ」


 僕の言葉に父さんは頷いた。


 「俺は〝白絵〟様に殺され、そして、〝白絵〟様によって蘇らせられたんだよ」


 ……「有難いことに強靭な肉体と膨大な魔力を上乗せしてくれてな」と続けて父さんは呟いた。


 「にしても良かったよ」

 「……」


 父さんが僕の頭を撫でながら笑った。


 「元気そうじゃないか」

 「……うん」


 ……久し振りに僕の頭を撫でてくれた父さんの手は大きくて温かかった。

 ただ撫でられているだけで頭の中がぼんやりとした。何というか幸せな感じだった。

 ずっとこうしていたい。そう思った。


 だ け ど 。


 ……僕には一つ父さんに確認しないといけないことがあった。


 「――ねえ、父さん」


 ……一瞬の緊張感。



 「 どうして、〝白絵〟なんかの仲間になっているの? 」



 「――」


 ……父さんから笑みが消えた。


 「……聞きたいのか」

 「……うん」


 父さんが真っ直ぐに僕の瞳を見つめた。


 「 俺は〝白絵〟様を崇拝し、あの方に忠誠を誓っている 」


 「 ―― 」


 ……聞かなきゃよかった。そう思った――次の瞬間。



 ――父さんの拳が僕の頬に触れていた。



 「それと〝白絵〟じゃなくて、〝白絵〟様だ馬鹿息子」


 「――ッ!」


 ――ゴッッッッッ……! 僕は為す術もなく吹っ飛び、地面を転がった。


 「例え、息子であろうと、〝白絵〟様を愚弄する奴を赦すわけにはいかないんだよ」

 「……………………父さん?」


 ……訳がわからなかった。


 死んでいた筈の父さんは〝白絵〟によって蘇生し、そのお父さんは〝白絵〟の部下になっていて、そして――僕を殴った。


 「……どうして? 何で?」

 「聞こえなかったか? お前が〝白絵〟様を侮辱したからだよ」

 「でも!」


 僕は吼えた。


 「〝白絵〟は家族を殺したんだよ! 父さんも〝白絵〟に殺されたじゃないか! なのに、どうして〝白絵〟の仲間になっているんだよ!」


 「 〝白絵〟様がこの世の何よりも強いからだ 」


 ……駄目だ。聞き間違えでも冗談でもない、紛れもない、父さんの本心だ。


 「父さんは悔しくないの! 母さんやアメリアを殺されたんだよ! なのにどうして、〝白絵〟の味方をするんだよ!」


 「 まったく 」


 ――父さんは即答した。


 「所詮、この世は弱肉強食だ。そして、〝白絵〟様はこの世の何よりも強い――ならば仕えるしかないだろう」

 「じゃあ、二人が死んだのは仕方なかったって父さんは言うの!」

 「ああ……母さんやアメリアは弱かった。だから死んだ。ただ、それだけの話だ」


 ……嘘だ。


 父さんがこんな酷いことを言う筈がない!

 そうだ、これは悪い夢なんだ!

 ただの夢なんだ……!


 「 いや、現実だよ 」


 ――現実逃避する僕を、〝白絵〟は容赦なく現実を突き付けた。


 「お前の父親が俺の配下になったのも、昔の優しかった父親が変わってしまったのも、全部現実の話だ」

 「……」


 ……黙れ。


 「そして、お前は復讐者だ。いつか僕を殺しに来るだろう」

 「……」


 ……黙れ。


 「その時が楽しみだね。何せ、お前は自分の父親と殺し合うことになるんだからね♪」


 「 黙れェェェェェェェェェェェッッッ……! 」


 ――僕は激情に身を任せて、〝火音〟を抜き出し――引き金を引いた。








 ……まるで大砲のような特大な銃声が響き渡った。


 「……ちくしょう……何でだよ」


 ……〝破王砲〟は〝白絵〟に届いていなかった。


 「……何で、邪魔をするんだ」


 ……地面は大きく抉れ、大きな手に掴まれた〝火音〟の銃口は地面を向いていた。


 「 父さん……! 」


 ……僕と〝白絵〟の間に割り込んだ父さんが〝火音〟の銃口を握り、無理矢理軌道をズラしたのだ。


 「 〝火音〟、それは俺が初めてお前にやった銃だな 」


 「……」


 ……そう、父さんの言う通り、〝火音〟は父さんが初めて僕にくれた銃だ。


 「その銃の名前、どうしてお前と同じ名前なのか。お前は知っているか」

 「……」


 父さんの質問に対して、僕は無言で返した。


 「まあ、いいだろう。いつかはわかるさ」


 父さんが〝火音〟から手を離す。


 「お前が〝白絵〟様と戦うにはまだ早い。俺の足元にも及ばない今のお前じゃな」

 「……」


 ……図星だった。〝火音〟を抜いたもののどうすれば〝白絵〟を殺せるかだなんて、一ミリも思い浮かばなかったのだ。


 「今日は立ち去れ、カノン。今のお前じゃあ何もできはしない」


 父さんが諭すように言った。


 「だが、お前がもし〝白絵〟様にも届きうる牙を手に入れたときは俺がお前を殺す」


 父さんに殺すと言われ、僕の胸は張り裂けそうになった。



 「 〝魔将十絵〟の一人――〝希釈きしゃく〟の〝渡照としょう〟としてな 」



 ――〝希釈〟の〝渡照〟。


 ……それが今の父さんの名前だった。


 「〝渡照〟、帰るよ」

 「御意」


 〝白絵〟の一声に父さんは頷き、一瞬にして〝白絵〟の隣に立っていた。


 「それじゃあ、カノン――バイバイ♪」


 ……それだけ言って〝白絵〟は姿を消し、父さんもその後についていく。


 「……」


 残された僕は虚空を見つめ沈黙した。


 「……」


 ……僕の敵は〝白絵〟。

 ……僕の父は〝白絵〟の仲間。

 ……それじゃあ、父さんと戦うしかないじゃないか。


 「……一体……どうしろって言うんだよっ」



 ……僕は一人、悩み、呟いた。答えなんて簡単に出る筈がなかった。


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