第131話 『 因縁発動 』
満月の夜。
南の大陸。
……僕は一人、高い樹の頂上で月を眺めていた。
「……〝空門〟さん、どこに行ったのかなー」
そんな僕の呟きに答えてくれる者はいない。何故なら、僕の他には虫や夜鳥しかいないからだ。彼らは語らない。
僕らは〝空龍〟。〝空門〟さんをリーダーとした流浪集団で、自由をモットーに大陸中を旅していた。
でも、その〝空門〟さんは一年近く姿を眩ませていて、〝空龍〟は現在、副リーダーの雷轟さんがまとめていた。
「早く会いたいなー」
〝空門〟さんの魔力はこの一年間、何度か察知したけど、察知してもすぐに消えるから僕らは〝空門〟さんに会うことはなかった。
それでも、時々感じる〝空門〟さんの魔力は紛れもない本物で、〝空門〟さんがどこかで生きていることは確かだと思う。
「ふーふふ、ふーん♪」
僕は不意に鼻唄を溢した。
……そのときだ。
――ざわっ
……風がざわついた。
「あれ? 珍しいですね、僕にお客さんだなんて」
僕は笑みを崩さずに、向かいの高い樹の頂上の方を見た。
「何の用ですか?」
その人は漆黒のマントと純白の長髪をなびかせ、悠然と僕を見下ろしていた。
「 少し話をしようと思ってね 」
……僕はこの人を知っていた。
なんせ、彼はこの世界で一番の有名人だからだ。
「八雲」
「構いませんよ、〝白絵〟さん」
そう、魔王――〝白絵〟が僕の目の前にいた。
「お前、今人探しをしているんじゃないのか?」
「――」
……鋭いなぁ。まるでずっと見ていたようだ。
「会わせてやろうか?」
「できるんですか?」
彼の申し出に、間髪入れずに切り返す。
「勿論♪」
〝白絵〟は屈託の無い笑みを浮かべて、即答した。
「 空上龍太という男を知っているか? 」
……空上龍太? 知らないなぁ。
「知らないようだね。だったら、〝空門〟と瓜二つの人物を見たことは?」
「そんな人は――……」
……そのとき、僕は一年近く前のある夕暮れを思い出した。
「――いた」
「そいつが空上龍太だよ」
〝白絵〟は愉しげに笑んだ。
「空上龍太は〝空門〟の身体を借りている。つまり、今、〝空門〟の身体には〝空門〟と空上龍太、二つの精神が入り交じっているんだよ」
「……」
〝白絵〟の語りに、僕は静聴した。
「故に、〝空門〟はまだ生きている。ただ眠っているだけなんだよ」
……〝白絵〟は嘘を吐いてはいない。僕は直感的にそう思った。
「お前が時折感じていた〝空門〟の魔力は、空上龍太の精神が不安定になって、〝空門〟と精神が逆転したときのものなんだよ」
――全部、本当の話だ。
……僕の脳味噌がそう言っていた。
「これからお前には空上龍太の精神を殺して、〝空門〟の精神を甦らせるやり方を教えてやる」
「……」
「信じる信じないはお前の自由だけど……まあ、信じるだろうね」
……「僕の〝White‐Canvas〟に掛かればね」、と〝白絵〟は小さく呟いた。
「 〝極・闇黒染占〟を使わせろ。ただ、それだけで空上龍太の人格は死ぬ 」
……〝極・闇黒染占〟?
「そうすれば〝空門〟さんは甦るんですか?」
「勿論♪」
――〝白絵〟は又も即答した。
「さあ、どうするんだい?」
「……」
沈黙していた僕に、〝白絵〟が催促した。
「やるのかい? やらないのかい?」
「……愚問ですね」
正直、〝極・闇黒染占〟がどんなものなのか見当も付かなかった。
それでも、〝空門〟さんは僕の全てなんだ。だから、どんなものよりも優先しなければならないんだ。
「やります」
僕は鞘から一本の脇差しを抜き、静かに薙いだ。
「 空上龍太は殺します 」
――スパッ、宙を舞い落ちる一枚の葉っぱが綺麗に等分された。
「 この僕の手で――…… 」
……それが僕の答えだった。
「うん、最高の返事だよ」
〝白絵〟は満足げに頷いた。
「その覚悟、忘れるなよ」
それだけ言って、〝白絵〟はその場から姿を消した。
「……」
一人残された僕はさっきまで〝白絵〟がいた場所を見つめ、ゆっくりと唇を開いた。
「 やっと会えるんですね、〝空門〟さん 」
――チンッ、僕は脇差しを静かに納刀した。




